第5話 ランサム破壊命令
極寒の地にあるはずの極北ドームが、炎上していた。
けたたましく鳴るサイレン、避難誘導放送。
「やはり無理だったんだ……オーターニのパワーを制御する事は……!」
研究所所長は自らの罪深さを悔いていた。功名心と技術発展、そして自らの知的好奇心の為に古代遺跡にて発見された野球マシーン“O/TA-NI”(通称オーターニ)を研究してきた。
だが、その結果残ったものは見るも無惨な結果だけ……。地下研究所から地上野球ドームまでを貫く、一筋の破壊跡。
それは、オーターニのたった一発のノックによって出来たものだった。
「フ……フフフ……ハハハハハハ!!」
対象的に、指揮官は笑っていた。
「勝てる、これならランサムに勝てる!!!」
――ツツーミ王国ケーニッヒドーム。
自然豊かで穏やかな気候の中にあるこの球場は、一年中快適さが保たれている。
ドームである為当然の事ながら雨を防ぐが、画期的な点はその風通しの良さ。ドームでありながら壁を取り払い通気性を良くする事で、夏は涼しく冬は温かいまさに理想の球場となったのである。
周辺には豊かな草木や花々が咲き乱れ、近くの湖は透き通る程に清らかな水を湛えている。
美しさ、快適さ、機能性、全てにおいてパーフェクトなドーム。まさに球場史における最高傑作と言っても過言ではなかった。
今日から、このケーニッヒドームにシャウエッセンケンプファーズを迎えての三連戦。
(優勝する為には、もう一戦も落とせない)
ランサムは誰よりも早く球場入りし、素振りに励んでいた。
「ランサム……」
そこへやって来たのは、メガネの少女。蒼のスカートにノースリーブジャージという出で立ちだった。
「君は……確かユーセー。早いじゃないか、まだ試合開始まで十時間もある」
ワインドアップを好むこの少女、ユーセーにとって、袖など邪魔にしかならないのである。
「でも、ランサムの方が早い……」
言われてランサムは、俯いた。
「不安なだけさ……」
「え……」
「プロ野球は厳しい世界、いつ戦力外になるか分からない……自分が必要とされなくなる事が堪らなく怖いんだ」
「ランサム……」
ランサムが不意に見せた弱い部分に、恋など知らなかったユーセーの中の、赤い実が弾けた。
(そうか……ランサムも、同じなんだ……)
チームメイトからはマイペースで飄々としているように見られがちのユーセーも、日々重いプレッシャーと戦っていた。
左の速球派エースとして無二の働きを期待される。勝ち頭として計算される。その期待は重圧となった。
だからこそ、先発の日は誰よりも早く球場入りしていた。
「ファンには聞かせられないな、こんな事」
しかしランサムといると、心地よい気分になる。無用なプレッシャーが軽くなった。胸の中に爽やかな風が吹き抜けるような、なんとも言えぬ安心感に包まれている。
「でもランサム……私には、なんだって言っていいよ」
今日はなんだか、いいピッチングが出来る気がした。
「打ったーーー―! ランサムまたホームラン!!!」
既にランサムの活躍を聞き及んでいたツツーミ王国民達。超満員になっていた球場で、ランサムは期待に背かぬプレーを見せた。
圧倒的な打撃力、軽やかで正確な守備、敬遠で出塁した際には二盗、三盗と足でも魅せた。
そうして試合は終始、ツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊の優勢で進んだ。
シャウエッセンケンプファーズの選手達は、話で聞いていたランサムという男の力が本物である事を目の当たりにさせられた。
5-2、3点リードで五回まで終了。
「今日も勝てそうだな」
アサミラは上機嫌だった。
ランサムは二打数二HR、敬遠一回と相変わらず好調、先発のユーセーも要所を締めるピッチングで球数も少なく上々の出来だった。
「いや、彼等がこれで終わるとは思わない」
「何言ってんだよランサム。ユーセーは完投ペース、そしてお前も抑えられていない。負ける気がしねぇって」
「……」
しかし六回表、異変が起きる。
「代打だって?」
ツーアウトランナー1・3塁の場面だった。シャウエッセンケンプファーズはあろう事か四番に廻った所で代打を告げた。
(確かにあの四番はユーセーの球にタイミングが合っていなかった……。しかしそれでも内野ゴロとは言え打点を挙げているし、タイミングをアジャストすればホームランだって打てる筈。この場面で変える理由は……)
場内アナウンスが流れる。
『バッター、ナーカータに変わりまして、オーターニ』
シャウエッセンケンプファーズベンチ。
「どういう事ですか監督、どうしてこのチャンスで俺に打たせてもらえない!」
ナーカータは、指揮官に詰め寄っていた。
「ベンチに下げたのは、お前を大切に思っているからだ」
「何?」
「お前に何かあってはこの先のリーグ戦を戦えない。お前が塁上にいては……オーターニのパワーを試せないのだ」
指揮官は、ベンチの隅に置かれた冷蔵庫に目を向けた。
だがそれは冷蔵庫ではなく、オーターニ専用に改造された充電ケースであった。そして同時に、溢れ出るフォースを抑え込む封印具でもある。
「古代人の作り上げた大量破壊野球マシーン“オーターニ”のパワーをな……さぁ!お前の出番だ!」
指揮官が、重々しい充電ケースの扉を開いた。そして、中に座っているオーターニにバットを渡す。
ピー、と、甲高い音が響いた。
「メインシステム 戦闘モード 起動シマス」
バットを持って一歩、オーターニは地に降り立った。
ただそれだけの動作で、ナーカータはこのマシンの底知れぬパワーを思い知らされた。
「こ、このプレッシャー……監督! これは一体……!?」
「フフフ……ランサム、貴様もこれで終わりだ!」
(な、なんだろうこの威圧感……)
マウンド上でユーセーは思った。
オーターニがバッターボックスに立った。ただそれだけで、球場全体が重苦しい雰囲気に包まれた。
ユーセーは内野陣を見回した。アサミラは、必死で平静を装っているが足が震えている。
(アサミラさんが恐怖している!)
アサミラだけではない。他の内野陣も同様だった。
ただ一人、ランサムを除いて。
バッターボックスのオーターニ。
頭部CPUが選手達をデータベース化していた。
「ユーセー……戦闘力二千。アサミラ……戦闘力一万四千。ヤマカ=ワーリ……戦闘力二十。ランサム……」
オーターニのメインカメラがランサムを映し出す。すると、数値は著しく上昇していった。
「戦闘力十万……二十万……百万…………測定不能」
オーターニは、野球の為に作られた兵器である。最も強い敵を最も危険視する。
「ラン……サム……」
マウンドのユーセー。呼吸を整えた。ランサムを想えば、恐怖を乗り越えられる。
そして、オーターニに対して初球を投げた。
「……ランサム、補足」
初球スライダー、コースも変化量も完璧だったが、オーターニは容易くタイミングを合わせた。
「!」
快音……というよりはもはや爆発音とも思える打撃音が響いた。打球はライナー性、真っ直ぐに三塁方向ランサムの方向に飛んでいく。
「ランサム避けろぉ!」
アサミラが叫んだ。オーターニの打球はもはやボールではない、エネルギー弾と化しているようにすら見えた。そのスピード、パワーは恐らくエレファント重駆逐戦車の装甲すらも容易く貫くであろう。
だが、ランサムは避けない。グローブを前に突き出し、真っ向から受け止める姿勢でいた。
「無茶ですわランサム様! 死んでしまいますわ!」
キャッチャーシルヴィも叫ぶ。誰が見てもそれは無謀な挑戦。
(止める!!)
ランサムは腰を落とし、足を開く。逃げようなどという考えは毛頭無かった。
たった一つのアウトの為に、命をかけられる男。それがコーディ・ランサムだった。
「ランサム!」
ボールがランサムのグローブに衝突する。同時にランサムを、凄まじい衝撃が襲った。
「な、なんて打球なんだ!」
打球はなおもエネルギーを失わず、ランサムを押し続ける。異常なエネルギー量により、ランサムの足元周囲三メートルにクレーターが発生した。
「ウオオオオオォォォォ!」
ランサムが雄叫びを上げた。同時に、力を入れた全身の筋肉が膨張する。
「オオオオオオ!!!!」
轟音、同時に天にも届くほどの衝撃派。
エネルギーは炎となり、火災旋風と化し、ランサムを中心に燃え上がった。
「ランサムーーー!!」
収まったのは、数十秒後。
球場にいる全員が一瞬、何が起きたかわからなかった。だが。
「アウトォ!」
やがて、コールが響いた。
ランサムはあの絶望的とも言える衝撃の中、ボールを離していなかったのである。
「やった……やったぞランサム!」
内野陣がランサムに駆け寄る。
アサミラは真っ先に声をかけ、ランサムの肩を叩いた。
「流石だなランサム! …………ランサム? ランサム!?」
ランサムは、動かない。
「どうしましたのアサミラさん? ランサム様は?」
「ラ、ランサムが…………死んでいる!!!」
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