第14話 真実の姿を

「どのようにおっしゃられても、許可などできかねます」


 ピシャリと言われて、サムタンは苦笑した。


「考える余地すらも持ちたくない、というのか? トリオローノ」


「考えるまでもありません。いったい、なにを考えておられるのですか」


「なにをって、言ったばかりだろう。ずいぶん物忘れがはやいな」


「そういう意味ではございません」


 目じりを吊り上げるトリオローノに、サムタンは肩をすくめた。シャルと相談し、湖の底から引き揚げたものを人々の手に返すには、広い場所でいちどきに広げ、思い当たるものを探してもらうのが一番ではないか、という結論に達した。そして仕事場に来てすぐに、サムタンはトリオローノに提案をしたのだ。遺品をこちらに運ぶのではなく、島に人々を連れてきてはどうか、と。


「だが、僕の存在を民に知ってもらい、親しみを持ってもらうことは必要ではないかな」


「なにゆえ、そのようなお考えを持たれたのです」


「ここで生活をするうちに気がついただけだ。僕がいかに領民と遠い存在であったかということに」


 眉をひそめたトリオローノに、サムタンはさみしさをにじませて笑う。


「僕を守りたい気持ちはわかる。でなければ、島の皆の生活が危うくなると言いたいんだろう? だが、時代は変わる。だから僕と民の付き合い方も変えていかなければならない。――いや。変えたいんだ」


 目の奥に力を込めて、サムタンはトリオローノを見つめた。トリオローノがまっすぐに視線を受け止める。


「おまえが島の人々の命を守りたい、生活を安定させていたいと苦心していることを、僕はここに来てはじめて理解できた」


「サムタン様、私は――」


「最後まで聞いてくれ、トリオローノ。僕は、自分の役割を理解していなかった。それは理解をしなくともいられるほど、おまえや周囲の者たちが僕を守ってくれていたからだろう? その結果、僕は領民のことをなにも知らない伯爵に育った。2年前の事故のことも、知っておくべき惨事だったはずだ。その報告を僕は受けていない。領内の経理数値上にすら、それは現れていなかった。……僕が変に感じないように、うまく処理をしたんだろう? トリオローノ」


「お耳に入れるほどの内容ではないと判断いたしましたので」


「領民の多くが、いまだに苦しんでいる事故でさえ、僕の耳に入れなくてもいい情報だと?」


 とがめるサムタンの瞳を、トリオローノは眉ひとつ動かさずに受け止める。強固な鉄壁に似た確固たる彼の信念を突きくずそうと、サムタンは心の底から言葉を紡いだ。


「なあ、トリオローノ。これがほかの貴族なら、どうだったろう。自領の大規模な事故なら、必ず耳に入っているものじゃないのか。いったいどうやって処理をしたんだ。報告がなかったわけじゃないだろう?」


「どのように対処をしたのか、こちらに来て耳目に触れておられるのでは?」


「そういうことを言っているんじゃない!」


 声を荒らげ机をたたいたサムタンは、トリオローノをにらみつけた。


「シャルから聞いた。ほかの街の人々からもだ。レムン伯爵からは見舞金が届いたと。だが、それだけだ。金だけをばらまいて、それで終わりとは冷たい対応だとは思わないか? 領主とはそういうものか。違うだろう」


「いいえ。妥当な対応だったと私は考えております。不必要に人と関わる必要はございません。こちらが用意できる、彼らが必要としているものは金銭。それ以外にはございませんし、できることもそのほかにはないと考えます」


「事務的な対応だ」


「あくまでも事務処理ですから」


「それで彼らは……、シャルはすこしでも救われたと思うのか」


「生活面で不足を感じている遺族や荷主は見受けられません。そのあたりはきちんと調査、対応済みです」


「そういう問題じゃない」


「お言葉ですが、サムタン様」


 トリオローノの瞳が鋭く光る。


「そのほかに、部外者である我々にどのような対応も不可能であると考えます」


 言い返そうとしたサムタンの言葉を強い目の力で遮り、トリオローノは噛んで含めるように告げる。


「いいですか、サムタン様。我々はただの領主と領民、という立場であらねばならないのです。そのために、不要な接触を避けてきました。むろん、それは私のすべき仕事であり、サムタン様のあずかり知らぬところですので、あなた様が気に病む必要のないものです。――中には、民との交流を重んじる貴族の方々もおられます。かつてはレムン家も領民と交流を持っていた時期がございました」


 サムタンは目をまるくした。


「そんな話は、聞いていないぞ」


「お耳に入れないように、お目にも触れないように、すべてを秘匿してまいりましたので」


 うやうやしく浅い会釈に、サムタンは顔をしかめた。


「それで? おまえたちに都合の悪くなりそうな行動を、僕から取り上げてどうするつもりだったんだ」


「どうもこうも……。私の使命はサムタン様の心身の安寧。ただそれだけにございます。ひいてはそれが、我々を守ることにもなる」


「そして僕は暗愚な領主として一生を終える、というのだな」


 棘を含んだサムタンの声にも、トリオローノは動じない。


「誰も暗愚などとは思いません」


「暗愚だろう? 僕はいかに無知な領主であったのか、この数日間でどれほど痛感したかしれない」


「必要なことはなされておりますし、領地は平穏そのものです」


「事故の余韻に傷ついている」


「それはサムタン様の手の届かない問題でしょう」


「どうにかできる可能性だってある」


「それは、あの娘をなぐさめたいということですか」


 ずばりと言い当てられて、サムタンは口をつぐんだ。トリオローノの瞳から険しさが消え、かわりにあきれが浮かび上がる。


「人ならざるものの存在を容認しない娘に、どうしてそれほど固執をなさるのです。あの娘を妻になどと、申されはしないでしょうね」


「妻……?」


 きょとんとしたサムタンに、「そのような考えでないのであれば、一宿一飯の恩を返したいと思われているのですか」とトリオローノが問いを重ねる。


「……妻、か」


 質問よりもその単語に気を取られたサムタンは、顎に手を添え考えた。


(僕の妻……。そうだ、僕はいずれ伯爵家を継ぐものを得なければならない。それはつまり結婚をし、子どもをもうけるということだ)


「なあ、トリオローノ」


「はい」


「おまえは、僕の妻をどこから選ぶ予定でいたんだ。島内の誰かと僕を妻合めあわせる予定でいたのか」


「いえ。しかるべきところから、しかるべき相手を島にお迎えする算段をしております」


「しかるべきとは、どのような場所でどのような相手だ」


「いきなり、どうなされました」


「おまえのことだから、人ではない、だが人の姿でいられるものを選ぶのだろうな」


「むろん、そのようにいたします。サムタン様の吸血にも耐えうる頑強がんきょうさを併せ持つ方であれば、なおいいと考えて探している次第です」


 すでに行動をしているのかと、サムタンはかぶりを振った。


「おまえはそうやって、僕を自分の考えに添うように操っているのだな」


「操る? とんでもない。導いている、と僭越せんえつながら自負しております」


 そうだろうな、とサムタンは嘆息した。トリオローノは自分の考える最善の方法を取っているにすぎない。だが、あくまでもそれはトリオローノにとっての最善であって、サムタンにとっての最善ではない。


「おまえが決めた相手と僕が合わなければどうするつもりだ」


「サムタン様のお気に召さない相手であれば、別の相手を連れてくるまでです」


「相手が僕を好まなければ?」


「そのような些末さまつなこと、お気になされる必要はございません。貴族の婚姻は元来がそういうものですから」


「僕はそういう考えを好まない」


「では、その場合は候補を幾人か島にお連れして、マッチングをいたしましょう」


「ああ、トリオローノ。僕が言いたいのは、そういうことじゃないんだ。……人と僕たちが寄り添えるように、歩み寄れないかと言いたいんだ」


 トリオローノの鼻の頭にシワが寄り、口の端から牙がのぞいた。


「歩み寄る? そのようなことは不可能であると、再三申し上げているというのに、お分かりになられないのですか。あの娘のように、人ならざる存在を信じていない、伝説上の生き物だと思っている人間が多数の中、どのようにご自身が吸血鬼であると知らしめるおつもりです」


「レムン伯爵は吸血鬼だというウワサはあるじゃないか」


「それは迷信のようなものとして、広まっているだけです。我らが島の中のみで生活している理由を、お忘れですか」


「覚えているさ。迫害されると言うんだろう? だが、それに怯えて行動をしないでいても、いいことはない。なあ、トリオローノ。すべての人に僕たちの存在を認めさせたいわけじゃない。ごく一部の……、そう、ほんの数人だけでいい。真実を知って付き合える相手がいれば、お互いにもっと豊かな生活を送れるんじゃないだろうか。――たとえば今回のように、人ならざる力があればこそ、すべてではないが遺品を回収できた。そういう、互いにできる範囲を提供し合って生きてはいけないだろうか」


「愚かな考えです」


「取り付く島もないな」


 サムタンは肩をすくめた。


「だが、僕の考えは変わらない。遺品は島に領民を招いて引き取ってもらう。城の中には広い部屋がいくつもある。そのうちのひとつに遺品を広げるんだ。これまでどれほどの知恵を絞って、僕を城の中にとどめてきたんだ、トリオローノ? その頭脳を使えば、そのくらい、わけないはずだ」


 話は終わりだとばかりに、サムタンは机に向かった。トリオローノは主の決意が固いと察し、深く腰を折って礼をすると外に出かけた。扉の閉まる音を聞き、サムタンは緊張を解く。


(僕たちの存在を知る人を、ごく一部でもいいから作りたい)


 その願いの発端は、シャルだった。彼女に僕の存在を認められたい。それからどうするか、どうなりたいかは考えの外にあった。ただ、自分を知ってもらいたい。彼女を知りたいという欲とおなじくらい、サムタンは強く願っている。


(僕はシャルに惹かれている。だから、ただ彼女に知ってもらいたい)


 受け入れられるのが一番だが、そうでなくともしかたがないとサムタンは行動をすることに決めた。そのためにまず、シャルを島に連れていきたい。これはそのための提案であり、計画だった。むろん、彼女のほかに理解者が欲しいというのも事実だし、こちらの能力を有効に使いたいという気持ちも真実だった。


「島の者たちはどう思うだろうか」


 トリオローノの意見に同意なのか、サムタンの思想に共鳴するものはいるだろうか。


「なにごとも、やってみなければわからないことだ」


 やらずにいることこそが罪だと、サムタンは思う。行動を起こして、その中でいろいろとつかみ取っていくことこそが大切なはず。人と人ではないものであっても会話はできるのだから、分かり合える相手は必ずいる。――それがシャルならばいいと、僕は願っている。


 サムタンは目を閉じて、シャルのさまざまな表情を思い浮かべた。そしてシャルを通じて出会った人々の姿を思う。


「いきなりじゃなくてもいい。すこしずつ、すこしずつでいいんだ」


 彼女を怖がらせないように、僕の存在を伝えたい。そして、できれば受け入れ、認めてもらいたい。


 サムタンは手のひらをじっと見つめた。


(もう二度と触れられないとしても、ありのままの僕を彼女が理解してくれるなら、それだけで僕は幸せだよ、トリオローノ)

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