第4話 少年の話 1-4 騒ぎ

 中学への通学路がいつもより妙に騒がしく感じられた。報道の車やアナウンサーたちが学校の前にぞろぞろと集まっていたからだ。


 俺はできるだけ目を合わせないように校内へ入ったが、校舎も伊藤の話題で持ちきりだった。誰もが伊藤の噂話をしていたし、悲しみの表情を浮かべるわけでもなく、ただ非日常を楽しみ、これからの展開がどうなるか、悪人は誰なのか、その解答を心待ちにしていた。


 この様子を奈々子さんが見たらなんて言うのだろうか。とふと考えた。きっと怒るに違いないと確信した。


「よう、今日は早いじゃん」

 隼斗は手をぷらぷら振った。


「ちょっとな。つーか、今日騒がしくね」

「なんか炎上してるらしいぜ。俺もよくわからねえけど」

「ネットでか」

 そうそ、と隼斗は頭の後ろに腕を組んだ。


「何か実名で晒されてる奴もいるらしいんだと。俺とお前はセーフだったよ、俺が確認したからさ」

「誰か知ってるのか」

「うーん、俺もよくわかんないや。うちの学校の生徒じゃない奴もいたっぽいし」


 伊藤の自殺から話が拡張しすぎて混乱してきた俺はとりあえず、自分のクラスに学生鞄を置くことにした。


 二年の教室は二階にあって、五組は一番端の教室にある。そこにたどり着くまでに、様々な噂がいたるところで飛び交う様子を尻目で見た。


「伊藤の兄ちゃんってバイなんだって」

「虐待を受けてたらしいよ」「三年をボコボコにしたって聞いたけど」「伊藤が二組の山田とヤッてたって」


 本当なのか定かではないろくでもない噂話ばかりだ。


「伊藤って覚せい剤常習犯だったって」

 足はぴたりと止まった。冷や汗が首筋をすっと流れた。


「何か、どこかで吸ってるのをみたことがある人がいたらしいよ。ハイなときは人が変わったようになっていたって」


 声の主は四組の前の廊下の壁にもたれて話していた。

「それ、誰が言ってたの」

 聞くと、一度目を大きく開かせた女子は、しまったという顔をして唸った。


「確か、五組の加藤さんが言ってたよ。仲がいいでしょ、聞いてみたら」

 バレー部の加藤さんのことだろう。俺は軽く礼を言って、すぐに自分の教室へ向かった。



 窓際の端の席に鞄を投げて、教室のドアに近い席にいるバレー部の加藤さんに声をかけた。まずは「おはよう」加藤さんは驚いた顔をして、夏目漱石のこころに落としていた目線を俺に向けた「あ、おはよう。どうしたの、かしこまって」


「伊藤のこと、知ってんの」


「何を?」

 口ごもった。言いたくなかったからだ。


「覚せい剤とか、やってたって聞いたんだけど」

「蓮が伊藤に興味持つなんてどーいう風の吹き回しなの」そう鼻で笑った。

「そんなの、どうだっていいだろ」

 加藤さんは首をひねる。


「ま、私はどうでもいいんだけど。ただ、見ただけよ、バイニンと話して受け取ってるところ」

「売人? って危ない薬を売ってる人のことか?」

「そうそ、しかも伊藤がぺこぺこしてたわけじゃなくて、結構仲良さげに話していたから、不思議でね」

「どうして薬を売っているとかったんだ?」

 加藤さんはしまったと、言いたげな顔をして、「なんとなくよ」と顔をそむけた。

「そんなことより、今日は一時間目から漢字の小テストなんだよ? 私、勉強したいんだけど」

 勉強する気なんて微塵もないくせに、と突っ込みたい気持ちを抑えて、俺は仕方なく退散せざるを得ない状況になった。「ありがと」と一言言ってから自らの席へ戻った。

 

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