第21話「どうして君を・・」

「マジで?」


俺は圭子の目や話ぶりから、圭子が妊娠していたのは冗談ではないと思っていたが、願いも込めて聞き返した。最低な男だ。


「うん、マジだよ。」


相変わらず、圭子は落ち着いた感じで答えた。


「ごめん・・。知らなかった・・。」


「しょうがないよ。お母さん以外誰にも言ってないし。ただ司には知っておいて欲しかったから・・。子供に会ってくれる?」


(…産んだのか)


正直俺はそう思った。

つくづく最低な男だ。


「うん…」


断れるわけがない俺はそう答えた。


そして圭子に連れられて、5年ぶりに圭子の部屋の前に立った。


(男の子と女の子、どっちだろう?)


そんなことを思いながら、俺は部屋に入った。


*****


圭子が部屋の明かりをつけたが、部屋には俺と圭子の他に誰もいる様子がない。


(からかわれたのか?)


俺は都合のいい結末を期待した。


「この子だよ。」


圭子の指差した先にいたのは、キティのぬいぐるみだった。


(やっぱりからかわれたんだ)


俺は少しホッとしたが、その安堵感は圭子の次の言葉ですぐに葬られた。


「この子を堕ろした子だと思って、毎日話しかけてるんだ…」


一瞬、俺は背筋が凍るような思いがした。


「供養みたいなこと?」


「うん。司も手を合わせてくれる?」


「ああ…」


「キッちゃん、パパが来たよ。」


ぬいぐるみはキッちゃんという名前らしい。


俺はキッちゃんの前で正座して手を合わせた。


「ごめん…」


まだ現実を受け止めきれない俺はそれしか言えなかった…


*****


「何でわかった時に俺に言ってくれなかったの?」


俺たちは手を合わせた後、ベッドに腰掛けて当時のことを話していた。


「だって、あの写真見ちゃってたから言えなかったよ。」


「あの写真?」


「…海岸で司と真美がキスしてる写真が黒板にはられてたじゃん。」


武井が撮った写真だ。


その写真は花火大会の日より1ヶ月程前、高校野球が終わった次の日に撮られた写真だったが、圭子は花火大会の日に俺が圭子の部屋を出ていった後の写真だと思っていたらしい。


確かに圭子は海岸へ真美を迎えに行けと言った張本人だから、あの写真を見たら圭子の部屋を出た後、俺と真美がうまくいったと勘違いしても仕方がない。


「でも、言ってほしかったよ。」


「付き合ってもないアタシたちだから、話しても結論は一緒でしょ。」


「…何もできなかったかも知れないけど、一緒に背負いたかった。」


「…そう。ゴメン。」


「いや、謝るのは俺の方だよ。今まで圭子一人に背負わせてごめん…。これからは、俺も一緒に背負っていくよ。」


俺は隣に座る圭子の震える肩を抱き寄せた。


圭子は俺の方を見て、そっと瞼を閉じた。


俺はやっと現実を受け入れた。


もし許されるなら、傷つけた目の前の彼女を愛して生きようと…。


俺は優しく彼女の唇に自分の唇を重ねた。


窓の向こうから、またあの時と同じ満月が俺たちを見ていた…。


この時の俺には圭子のついた嘘を見抜くことはできなかった…。


*****


この年の最後の真夏日を記録した9月の下旬に一枚のハガキが届いた。


それは真美と樋口の結婚式の招待状だった。


俺は欠席に印をして返送した。


圭子にも気兼ねしたし、何より自分自身が祝福できる気がしなかった。


だが、紅葉が見頃を迎えた結婚式の当日、俺は式場のチャペルにいた。


本当に真美が結婚するのか、本当に幸せなのかを確かめたくなったからだ。


誰にも会わないように細心の注意を払い、遠くから真美たちが祝福されている姿を見つめていた。


真美のウェディングドレス姿はとても綺麗で、俺の腐った期待を裏切って最高に幸せそうだ。


昔見た「卒業」という映画のダスティンホフマンのように花嫁を奪い去る勇気も自信もない俺は、その場に立ちすくむだけだった…



初めて会ったその日からずっと好きだった


どうして君を好きになってしまったんだろう?


君の隣にいるはずだったのに…


二人で一本道を歩いていきたかったけど…


君が選んだのは違う道…


でも…


どんなに寂しくて辛くても…


君が幸せであることを願ってる…


さよなら、真美…


愛していたよ…




第一部 完




挿入歌

東方神起

「どうして君を好きになったんだろう?」

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