第20話「姉妹」

「カランカラン」


貸し切りのはずのスナック圭子の扉が開いた。


しかし、常連客の歌声でその音はかき消された。


「いらっしゃいませ。」


午前0時の訪問者に唯一気付いたのは圭子の母親だった。


「すまない。今日は貸し切りだったね。」


聞き覚えのある声だった。


振り向くと店の入口に所在なさげに立っていたのは真美パパだった。


「あっ・・」



「おお、司君。」


真美パパは俺と同様に驚いた様子だった。


「まあ、お二人はお知り合い?」


圭子の母親は、常連客から離れて真美パパに近寄って言った。


「ああ。司君とはお隣さんなんだよ。1杯だけいいかな?」


「じゃあ、カウンターで仲良く飲んでね。」


話ぶりから真美パパもこの店の常連のようだが、何となく他の常連客と違った関係が真美パパと圭子の母親にはあるような気がした。


「何飲んでるんだい?」


俺の隣に真美パパは座り俺に話しかけた。


「ウイスキーの水割りです。」


「へえ。ビールじゃないんだ。」


「ビールは苦くて。てかあんまりお酒は得意じゃないんですよ。」


俺がそう言うと、真美パパは声をあげて笑った。


「日が変わるまでスナックのカウンターでウイスキー飲んでて、得意じゃないって?」


そう言って真美パパはまた笑った。


「まあ、やけ酒ってやつですよ。」


俺も声を上げて笑った。


俺はこの時すでに、かなり酔いがまわっていた。


「私もそんな気分だよ。よし、今日は男同士トコトン飲もう!」


「何が1杯だけよ。それにこんな美女が二人もいるお店に来ておいて、男同士とかカッコつけちゃって。」


と圭子の母親はいつの間にかやってきて真美パパに注文されるまでもなくビールをついだ。


「じゃあ男同士ごゆっくり~。」


圭子の母親はいたずらっぽい笑顔でそう言い残して常連客のテーブルに戻っていった。


圭子はずっと常連客の相手をしていて、演歌のデュエットも歌ったりしていた。


「じゃあ、真美の結婚に乾杯。」


真美パパは俺の前にグラスを差し出した。


俺は黙ってグラスを合わせた。


とてもじゃないが、真美の結婚に乾杯などとは言えなかった。


「小さい頃はパパのお嫁さんになるって言ってたのになあ。」


「・・・。」


「でも、司君が隣に引っ越してきてからは言われなくなったけどね。だから将来は司君に真美を取られると思ってたよ。」


「・・・。」


俺は失ったものの大きさに改めて気づいて、涙が溢れそうになるのを必死にこらえていた。


そしてグラスを一気に空けた・・。


*****


「おーい、起きろー。」


耳元で叫ぶ圭子の声で、俺は目を開けた。


真美パパと昔話をしているうちに俺は寝てしまったらしい。


「真美のお父さんは?」


「お母さんと出掛けたよ。あの人、お母さんの彼氏だからね。」


「そうなんだ…」


俺は少しそんな気がしてたから、あまり驚かなかった。


目を擦りながら腕時計を見ると夜中の2時をまわっていた。

もう常連客も帰って、店には俺と圭子しかいないようだ。


「それと・・。あの人、アタシの実の父親なんだ・・。」


「えっ?」


なかなか開かなかった俺の目が見開いた。


「実はね・・」


この後、圭子の口からは驚くような事実が語られた。


*****


圭子の母親の良子(りょうこ)は、若い頃千葉で有数の繁華街である栄町のクラブで働いていて、後の真美の父親である国吉弘樹と恋に落ちた。


ナンバーワンホステスと店の客の恋は誰にも内緒だった。


しかし、しばらくして弘樹には別に好きな女性が現れた。それが真美の母親の奈美だ。


弘樹は良子に別れを告げ、すぐに奈美と結婚したが、良子のお腹には圭子が宿っていることを知らなかった。


弘樹は新居を九十九里に構え、良子も同じ土地に今の店を構えた。それがたまたまなのかどうかはわからない。


程なくして二人は九十九里の街中で必然と言うべき偶然で再会したが、言葉は交わさなかった。


弘樹は妻の奈美と生後間もない真美を連れ、良子も圭子を抱えていたからだ。


弘樹はその後、一度だけ開店前のスナック圭子に訪れ、圭子の父親が誰なのかを確認した。


良子は弘樹が父親だと告白し、何もいらないが、近くで圭子の成長を見守ってほしいと言った。


月日は流れ、弘樹は離婚し、寂しさからスナック圭子に通うようになった。


そして良子と寄りが戻り、圭子が二十歳になった時に事実を圭子に告げた。

真美にはこの事実を伝えていないらしい。



大まかに言うと、圭子の話はそんな内容だった。


俺は真美と圭子が腹違いの姉妹であることを知って驚くとともに、不思議と気が合っていた子供の頃の二人を思い出した。


圭子もかなり酔っていたが、落ち着いた感じで俺に話した。


話があると言ったのはこの事で、普段、客の愚痴を聞いてばかりだから、誰かに自分の話を聞いてもらいたかったんだろうと、この時点では思っていた。


しかし、本題はここからだった・・。


「血は争えないよねー。」


圭子は自嘲気味に言った。


「どういうこと?」


「アタシが高校を退学したのは、司の子を妊娠したからなんだ・・」


俺は酔いも眠気も一気に覚めた。


そして返す言葉を探したが、すぐには見つからなかった・・



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