第19話「最後の花火」
「ヒュ~・・・ドーン」
最初の花火が打ち上がり、観客から歓声と拍手が湧く。
俺と武井とアッコはたわいもない昔話をしながら次々と打ち上がる花火を見上げていた。
しかし、俺の心の中は花火でも昔話でもなく、ポケットに入れたメモの事でいっぱいだった。
連絡先の書かれているこのメモは、まさに俺が待っていた真美からの「許し」であり贖罪の証ような気がしていた。
結ばれない運命なんだとぼんやり自分の心を誤魔化していたが、線香花火のような細くて激しい光が俺の心を照らしていた。
(まだこの番号の家にいるだろうか…。とにかく花火が終わったら電話しよう…)
*****
花火大会も中盤に差し掛かり、ひときわ大きい花火が連続で上がった。
俺は武井とアッコが花火に夢中な隙を見て、本当の目的である宛のない人探しをしていた。
(いるわけないよな…。それにしても恋人同士はみんな幸せそうだ…)
ひがみにも似た感情で諦めながら浜辺を見渡していると、大きな花火がその人の横顔を照らし出した。
俺の心臓は激しく高鳴った。
俺の視線の先には紺色の浴衣を着た真美がいた。
(参ったな…5年もこの時を待っていたのに話すことに迷うな…)
宝くじでも買うような気持ちで真美を探していたから、いざ真美を見つけた俺は戸惑った。
落ち着いてもう一度見ると真美の隣には真美パパもいた。
真美パパは真美が名古屋に引っ越した後、入れ違いにこの九十九里の家に戻っていた。
(最後の花火が上がったら真美の所へ行こう…)
そう心に決めて、俺は真美と同じ空を見上げていた。
*****
その日一番の大きな花火が柳のようにしだれ、最後の花火であることを観衆に告げた。
俺は何だか気恥ずかしくて、真美が来ていることを武井とアッコに言えずにいた。
「じゃあ、おふたりさんは素敵な夜を!」
と俺は最後の花火のしだれの余韻に浸ることなく武井とアッコに言った。
「なんだよ、ここから毎年恒例のカラオケだろ。」
と武井は俺を引き留めようとしたが、
「そんなに野暮じゃないよ。」
と言って俺は半ば強引にその場から立ち去った。
俺はもう真美を見失うわけにはいかなかった。
*****
人波をかき分けて俺は真美のいる方へ向かった。
真美はまだ空を見上げていた。
子供の頃のように、次の花火を待っているようだった。
視線に気付いた真美がこっちを向いた。
「司・・」
真美は小さく呟いた。
「真美・・。久しぶりだね。」
「・・・。」
「おー、司君かあ、久しぶりだね。」
黙っている真美に代わって真美パパが俺に声を掛けてくれた。
「ご無沙汰してます。」
「すっかり大人っぽくなったねえ。」
俺は答える代わりに照れ笑いをしながら頭をかいた。
「元気そうだね。」
真美もようやく笑顔になって俺に言葉を掛けた。
「ああ、真美も元気そうだね。」
「うん、元気だよ。司は東京で働いて独り暮らししてるんだってね。羨ましいな。」
「寂しいだけでそんないいもんじゃないよ。真美こそ有名なオーケストラの楽団に入ったんだって?好きなことを仕事にできるなんて、そっちの方が羨ましいよ。」
「まあ、大変だけど充実はしてるかな。こっちには夏休みで帰って来たの?」
「うん、さっきまで武井とアッコと一緒に花火見てたんだけど、あいつらいつの間にか付き合ってて、邪魔者の俺が退散したとこだよ。真美も夏休み?」
「・・私はパパに報告があって来たの。」
「報告?」
「私ね・・。樋口君と結婚するんだ。」
俺の心の中の線香花火はポトリと落ちて消えた。
そしてこの年が、俺が見る九十九里の最後の花火大会になった・・
*****
「おかわり。」
俺は5年ぶりに「スナック圭子」のカウンターに座っていた。
俺は真美の報告を聞いた後、逃げるようにその場を立ち去った。
俺には真美と世間話をする心の余裕がなかった。
5年ぶりの再会は、ものの5分で終わった。
あまり酒は好きではなかったが、この時は全て忘れてしまうくらい飲みたかった。
独りで飲みに行ったことのない俺は、どこに行こうか迷っていたが、ふと圭子のスナックを思い出し、気付いたら店の前に立っていた。
しかし、店の扉には「本日貸し切り」の貼り紙があり、明かりも点いてなかった。
(そう言えば毎年花火大会の日は常連さんの二次会って前に言ってたな。)
俺は諦めて帰ろうとした時、浴衣姿の圭子に呼び止められた。
「司?久しぶりだね。」
*****
「ペース早くない?何かあったの?」
圭子は二次会の準備をするために花火大会から一足早く帰って来て、俺を店に入れてくれた。
「真美、結婚するんだってさ。」
俺は、これまでのいきさつを圭子に話した。
「そうなんだ・・。あの夏の花火大会の後に真美に会いに行って、てっきりうまくいったんだって思ってたよ。」
「そっちこそ、家垣とはどうなったんだよ。急に高校退学して。」
俺がそう尋ねると圭子は俯いて考えた後、何か言い掛けたが、同時に常連さん10人位の団体が店に入ってきた。
「お帰りなさい。お待ちしてましたよー。」
圭子は俺と話す声より1オクターブ上げて常連さんを出迎えた。
「後で話があるから、まだ帰らないでね。今日はカウンターは使わないからゆっくりしていって。」
と圭子は俺にだけ聞こえるような小声でまた1オクターブ下げて言った。
*****
「ごめんなさいね、うるさくて。ウイスキーの水割りよね。」
独りでカウンターで飲んでる俺にスナック圭子のママである圭子の母親が声を掛けた。
「すいません、貸し切りなのにお邪魔しちゃって。」
「いいの、いいの、おじさんばっかりじゃつまんないから。」
圭子の母親はニコッと笑って、グラスの汗をそっと拭きながら俺の前に水割りを作って置いた。
もちろん、「おじさんばっかり」のところはかすれるくらいの小声だった。
「ありがとうございます。」
圭子の母親は、圭子と並んでも姉妹に見えるくらい若々しくて、品があって綺麗だった。
それに俺のグラスが空になる寸前にスッと寄ってくるあたり目配りが利いている。
さすが常連客が離れないわけだ。
「あなた、佐竹司君でしょ。」
「はい。圭子さんとは高校まで一緒で・・」
「知ってるわよ。圭子のこと海で助けてくれたんでしょ。命の恩人ね。」
「そんな大袈裟なことじゃないですけど。」
「それでうちの店で飲むの二回目よね」
「えっ、いや・・」
圭子がどこまで話してるか知らない俺は戸惑った。
「圭子が海で溺れた年の花火大会の後、司君の名前の書いてある自転車が店の前に停まってたから」
圭子の母親はそう言ってニコッと笑ったが、目の奥は笑ってないように感じた。
俺は、圭子との初体験も知られているようで急に怖くなった。
「すみませんでした・・」
俺は誤魔化すように謝った。
「司君は・・。知らないのね。」
「・・何をですか?」
「なら、いいわ。ゆっくりしていってね。」
圭子の母親はそう言い残して常連客の方へ戻っていった。
(圭子といい、俺に含みのある言い方をして一体何なんだ?)
俺は自分の知らない事実があることを確信して、言い知れない不安を抱えていた。
挿入歌
「若者たちのすべて」フジファブリック
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