第18話「STAY」

あの日と同じように、夕方5時のチャイムがこの町に優しく鳴り響いた。


(そろそろ出掛ける支度するか)


*****


俺は大学を卒業して、社会に出て2年目の夏を迎えていた。


大学生の間は実家から大学に通って真美からの便りを待っていたが、その期待は虚しく外れた。


卒業後、本が好きだった俺は、東京の出版会社に就職し、実家を出て会社の寮で独り暮らしを始めた。


だが、地元九十九里の花火大会の日には実家に帰って花火を見に行っていた。


誰にも言わずに小さな期待をしながら・・。


*****


「もしもし、また先に行って花火の場所取っておくから着いたら電話してよ。」


俺はここ数年で瞬く間に普及した携帯電話から武井に電話した。


毎年俺が先に行って花火の場所取りをするのが、恒例になっていた。


武井は俺より一年遅く大学を卒業した後、カメラマンを目指して大手広告代理店に就職していた。


武井は「一流のカメラマンになったら、世に出した最初の写真は司と真美ちゃんの写真になるから大事にしろよ」と悪びれもせず、たまに一緒に酒を飲むと必ず言っていた。


武井が一流のカメラマンになるかはともかく、黒板から剥ぎ取ったその写真は今も大事にとってある。


虚しい話だが、俺はその写真で時折自分を慰めていた。


「今日、彼女連れていっていい?」


「ああ、いいよ。」


相手が誰だか知らないが、武井には付き合いたての彼女がいた。


「そう言えば、こないだ言ってた司の彼女は来ないの?」


「彼女じゃないけど、もうお別れしたよ。」


俺は大学に入ってしばらくして真美からの便りが来ない現実をようやく受け止め、これまでの間に同じ大学やバイト先、ついこないだまでは取引先の女性など何人かの人と付き合ったり、仲良くなったりした。


しかし、どの人も長続きしなかった。


俺の心にはいつも真美がいて、真美以上に他の誰かを好きになることはなかった。


「またかよ、何か司に欠陥があるんじゃないの?」


と武井は電話口でも半笑いなのがわかる口調で冗談混じりに言った。


俺も欠陥があるのはわかってる。


体ではなく心に・・


「うるせーな、とにかく先に行ってるから。」


俺は携帯電話を切って、デイバックにレジャーシートとうちわを入れた。


*****


高校時代、すごく好きだった彼女と来た花火大会。


だが、一緒に見ることはできなかった・・


そんな青春の切なく苦い思い出は、過去の思い出として前に進むべきだろうが、俺の心はまだこの場所にとどまったままだった。


俺がレジャーシートと紅茶のペットボトルで取った二人の居場所・・


俺は浜辺であの夏と同じ辺りに場所を取った。


待ち合わせも約束もできないから、俺は毎年ここにいた・・


*****


落ちそうで落ちない夏の夕日を浴びながらレジャーシートの上に寝転んでうちわを扇いでいると、武井が後ろから声を掛けてきた。


「お待たせ。」


「おう、よく場所わかったな。」


「だって毎年同じ場所じゃん。このワンパターン男。」


「ここからの角度がいいんだよ。」


俺は未練がましいと思われるのと、その未練に付き合わせてると思われるのが嫌で、ワンパターンの本当の理由を武井に言えないでいた。


「ジャジャーン!」


武井の後ろから飛びだしてきた女は自分で効果音をつけて登場した。


(何か見たことあるような・・)


「アッコだよ。」


気付かない俺に見かねて武井が俺に言った。


「アッコ?」


「綺麗になってわからなかったんでしょ。」


よく見れば確かに真美の親友の石川亜希子だ。悔しいが、本人の言う通り高校時代に比べてスリムになって大人っぽい化粧をしていて綺麗になっていた。


しかし俺は誉める気がしなかった。


何故なら俺は真美が引っ越した直後に真美の連絡先を教えてくれず、俺を責め立てたアッコに若干逆恨みしているからだ。


「武井と石川が何で?」


俺はアッコの変化には触れずに聞いた。


「うちの会社の受付してたんだよ。」


「私は派遣社員だけどね。」


「そんで昔話しているうちにだんだんとね・・。」


武井はアッコを見ながら照れくさそうに言った。


「運命だよねー。」


アッコは武井を笑顔で見ながら、重たそうな言葉をその辺に落ちてそうに軽く言った。



「そんな偶然あるんだな。」


と俺は言いながらも、武井には申し訳ないが、二人の馴れ初めよりもアッコから真美の近況を聞きたいと思っていた。


「そういえば、あの時はごめんね、真美の連絡先を教えないで。」


「・・いや、仕方ないよ。俺に連絡する資格がなかったんだから。」


「でもコーイチから話を聞いて、すごく真剣なのに悪いことしたなと思って・・。」


孝一は武井の下の名前だ。


「真美は元気にしてるの?」


俺は一番聞きたかったことを聞いた。


「実は最近はあんまり連絡取ってないんだよね。大学卒業して有名なオーケストラの楽団に入るってことは聞いたんだけど。」


「まあまあ、積もる話は後にしてビールとつまみ買いに行こう。腹ペコだし、暑くて喉カラカラだよ。」


額に汗を垂らしながら武井がしびれを切らして言った。


確かに夏の浜辺の砂の上で立ち話はしんどい。


俺はアッコから真美の連絡先を入手しようと思ってたが、後にすることにした。


*****


出店への買い出しは武井たちと別々に行った。


ラブラブそうな二人に気を使ったのと、俺は毎年決まった場所の焼きそばとフランクフルトの出店しか行かないからだ。


俺はあの夏、焼きそばを買うのが決まっているのに、ウロウロして樋口たちに遭遇してしまったのを後悔していて、それ以来この花火大会で余計な出店見物はしなかった。


自分の中でこの場面からやり直そうと毎年同じことを繰り返していた・・。


きっとまたワンパターン男と武井に笑われるに違いない。


出店で3人分の焼きそばとフランクフルトを買って浜辺に戻ろうとしたところに、アッコが一人で俺の前に現れた。


「ちょっといい?」


「いいけど武井は?」


「色々買い出し頼んで遠くの方まで行ってる。」


アッコはいたずらっぽい笑顔で答えた。


俺とアッコは人混みから少し離れた場所に行った。


「これ・・」


アッコは急に真顔になり一枚の少し端が色褪せたメモを俺に渡した。


「何これ?」


俺は二つ折りされたメモを開いて読んだ。


[合格おめでとう!やっぱり司はやればできるね。これご褒美ね☆Chu!!

052-XXX-XXXX 愛しの真美チャンより(^O^)]


紛れもなく懐かしく愛しい真美の字で書かれていた。


照れ隠しか、アッコに見られることを想定してか、イラストも使ってふざけて書いたように見えるが、俺には精一杯で書いた文章であることがよくわかった。


「ごめん・・。高校卒業直前に、友達何人かで真美のいる名古屋に卒業旅行も兼ねて遊びに行ったの。その時、佐竹の大学合格のこと聞いた真美が私にこのメモを預けたんだけど、私は樋口君の相談に乗ってたから、このメモ渡せなかった・・。」


アッコは俯きながら言った。


俺は一瞬頭に血が上ったが、俺がアッコの立場でも、真美を置き去りに圭子の家にいた俺と浜辺で遅くまで真美に寄り添った樋口を比べれば樋口を応援するのは当たり前だろうと思った。


「じゃあ何で今頃?」


「・・実はコーイチにこの花火大会二人で行こうって言ったら、それはできないって言われて。理由を聞いたら司が毎年同じ場所で真美を待ってるから一人にできないって。どっちが大事なんだよって思ったんだけど、まあそこがコーイチのいいところだし・・。」


(アイツ知ってたんだ・・)


「それで、そもそもこのメモを渡さなかったのが原因だと思って、遅すぎるかもしれないけど渡さなきゃって思って・・。真美にも渡したって嘘ついたから、だんだん私が真美に気まずくなって・・。」


アッコは声を詰まらせた。


「わかったよ。アッコは悪くないよ。渡してくれてありがとう。」


俺は初めて石川を愛称で呼んだ。

俺の若干の逆恨みも、もう消えていた。


「コーイチに意地悪な女だと思われたくないから内緒にしてね。」


とアッコは鼻をすすりながら言った。


「言わないよ。それにそんなことで武井はアッコを嫌いになったりしないよ。武井は俺の自慢の友達だからこれからもよろしくね。」


「うん。」


「そろそろ花火始まるから戻ろう。」


ようやく夕日は山の向こうに沈み、空は花火の舞台となる暗幕を上げていた。


*****


「樋口はどうしてんの?」


俺は浜辺に戻る間にアッコに聞いた。


「どこかの大学受かったらしいけど浪人するって言ってた。高校卒業してからは音信不通だよ」


「そうなんだ。そういえば樋口はあの夏休みに真美の名古屋の連絡先をどうやって知ったのか知ってる?」


「お母さん同士がママさんバレーで仲良くて、急に真美のお母さんが辞めることになったから、手続きで必要な連絡先を樋口君のお母さんに教えたらしいよ。」


俺はもしかしたら、真美が樋口にだけ名古屋の連絡先を教えたのかもと思っていたから、何だか少し安心した。


浜辺に戻ると武井は先に缶ビールを開けていた。


「遅いよー。しかも二人揃って怪しいなー。」


武井はもう出来上がってるようだった。


「心配するなよ。オマエはスゲー愛されてるよ。」


と俺は言って5年ぶりに武井にヘッドロックをかけた。


(5年も何も言わずに花火に付き合ってくれてありがとな・・)


俺はヘッドロックをかけながら心でそう呟いた。




挿入歌

「STAY」コブクロ

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