第17話「第一志望」
「奇跡が起こりましたー!」
ストーブをつけても寒い真冬の教室で、中年の担任の男の先生が、帰りのホームルームで大袈裟に叫んだ。
「なんと佐竹君が××大学に受かりましたー!」
と担任は手を叩いた。
(えっ?ああ、奇跡って俺のことか。てか奇跡は失礼だろ!)
と思いながらもクラスのみんなからも拍手されてまんざらでもなかった。
そう、俺はこの高校ではほんの一握りしか行けない第一志望の東京の某有名大学に合格した。
合格発表のあったこの日、現地からまずは家に電話して母親に報告した。ダメ元で受けた大学だったので、すごくビックリしていて初めは信じてもらえなかった。
そして昼休みに学校に戻り、結果を担任に伝えた。
担任も驚きつつも、宝くじでも当たったかのように喜んでくれた。
だが、教室に戻ると俺は報告する人がいなかった。
相変わらず俺はクラスで孤立していて、クラスで唯一話せる武井もこの日は合格発表で学校に来ていなかった。
ホームルームが終わるとクラスメイトの何人かが俺に声をかけた。
「スゲーな、佐竹。」
「マジで受かったのかよ。」
俺はこの日から徐々にクラスメイトと話すようになっていった。
*****
「夕飯はいらないよ。」
と母親に言って、俺は林先生のいる塾へ向かった。
自転車をこいでる間、林先生がどんだけ驚くかを想像して俺はニヤけた。
俺はこの半年間、自分でもよくやれたと思うほど一心不乱に勉強した。
学校で孤立している状況もかえって勉強には良かった。休み時間も勉強できたし、放課後に俺を誘うやつもいなかった。
武井はもともとクソ真面目な性格で家で「必勝」のハチマキを巻いて勉強しているようなタイプだったから、受験勉強中に話はしても一緒に遊ぶことはなかった。
圭子は理由はわからないが、2学期半ばで退学していた。
言い変えれば、俺はこの半年間、受験勉強しかやることがなかった。
林先生に教わってからは数字に限らず、勉強のコツみたいなものがわかったから、やはり林先生に会ってなかったら、間違いなくこの結果は生まれなかっただろう。
外はこの冬一番の寒さだったが、俺は自転車を飛ばした。
ラーメンを食べるには絶好の日和のはずだった・・。
*****
「林先生はいますか?」
俺は塾に着いて、受付の女の人に尋ねた。
その受付の女の人からは予想だにしない衝撃的な言葉が返ってきた。
「・・林先生はつい先日お亡くなりになりました。」
「えっ?」
俺はしばらく言葉の意味が脳内で処理できず、その場に立ち尽くしていた・・。
*****
「塩ラーメン2つ下さい。」
俺は林先生と行ったあのラーメン屋のカウンターに座り、あの時と同じマスターに注文した。
俺は塾で言い渋る受付の人にしつこく林先生のことを聞いた。
林先生は真冬の夜の九十九里の海に身を投げて自殺したとのことだった。
林先生には婚約者がいて、その婚約者が冬の初めに交通事故で亡くなって、あとを追ったらしい。
先日、林先生はこの年の受験のための講義を全て終えると「あー、やっと終わった」と呟いたそうだ。
それを聞いた受付の人は、やっぱり講義は大変なんだなと、その時は思ったらしいが意味が違ったようだ。
林先生は自分の責任を果たして旅立ったのだ。
大概の人は林先生の選んだ道を否定するかも知れないが、俺は林先生の気持ちがわかるような気がした。
林先生は半年前に俺がなりたかったマリンスノーになったのだ。
俺との違いは、また会える希望があるかないかだけだ。
俺は絶望というのはどんな立派な大人にも耐え難い感情なのだということを知った。
「へい、お待ち。」
マスターが塩ラーメンを俺の席と空いている隣の席に1つずつ置いた。
「お兄ちゃん、先生と夏に来た子だね。」
「・・はい。」
「先生、最後にうちの塩ラーメン食べに来てくれたんだよ。」
マスターも林先生が亡くなったのを知っているようだ。
「・・そうなんですか。」
そしてマスターは先生の席に瓶ビールを一本置いた。
「これと君の分のラーメンは俺のおごりだよ。」
と言ってマスターはグラスを3つ出してそのうち2つのグラスを泡で満たした。
「一口位なら大丈夫だろ。先生の分は君が注いで。」
「ありがとうございます。」
俺は見えない林先生にお酌した。
初めてだったから上手くできずにビールの半分は泡になった。
「先生、お疲れ様。」
と言ってマスターはグラスのビールを飲み干した。
俺は何て言っていいのかわからず、黙って飲み干した。
「いつもじゃないけど、たまにこうやって先生飲んでたんだよ。」
マスターは遠くをみるような目で寂しそうに言った。
(林先生、俺、頑張ったよね?
誉めて欲しかったなあ
ラーメン、旨いって言ってくれてるかな…
俺はまた泣いてるから味がしないよ… )
*****
俺はラーメン屋を出た後、真っ直ぐ家に帰れずに浜辺に行った。
自分でもよくわからなかったが、まだ林先生と話し足りなかったのかもしれない。
しかし、浜辺には先客がいた。
「何してんだよ、武井。学校にも来ないで。」
先客は武井だった。
「・・大学落ちた。」
武井はポツリと呟いた。
この日武井も第一志望の芸術系大学の合格発表だった。
「・・そうか。でも死ぬよりマシだよ…」
俺は林先生の話をした。
「くよくよするなよ。大事なのはどこの大学行くかじゃなくて、大学行って何するかだろ。」
と俺は続け、3年前に真美が言った言葉の受け売りで武井を励ました。
「・・その林先生は第二志望の女の人を見つける気がなかったんだね。」
と武井は俺の受け売りは聞き流して、俺の真意じゃない解釈をして納得していた。
武井はその後、一浪して見事第一志望の大学へ行った。
俺は何浪すれば、どれだけ待てば第一志望の人に再び会えるのだろうか・・。
俺もまた第二志望の人を見つける気にはなれなかった・・。
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