第16話「三日月」

真美の手紙を貰ってからの俺は何も手につかず、夕飯を食べたら武井の家で勉強すると嘘をついて海岸へ行った。


もちろん武井とは始業式の日から目も合わせていない。


真美は手紙と一緒に、俺が置いていったレジャーシートも俺宛に届けていた。


俺は浜辺で花火大会の時と同じ場所辺りにそのレジャーシートを広げ、海と星空を見ながら、時折真美の手紙を読み返してはただただ真美のことを想っていた。


(隙間なく場所取りされた浜辺の中で真美はきっと誰もいない紅茶のペットボトルが置かれたレジャーシートを見て、ここが俺の取った俺と真美の居場所だとわかってここで待ってたんだろうな。それなのに俺は・・)


深海にプランクトンの死骸が降り積もり、あたかも海底で雪が降っているように見えるのをマリンスノーと言うらしい。


俺は目の前の海へ身を投げ出し、そのマリンスノーのひとひらとなって沈んでいきたいと思うほど無気力になっていた。


俺は生まれて初めて生きることの意味を考えた。


子供の頃からそばにいたからわからなかったが、間違いなくこれまでの生き甲斐は真美だったことに気付いた。


俺は想い出の重さで次の場所へ泳げないでいた・・。


*****


そんな風に1週間位過ごしたある日、浜辺にいつも通り座っていると、後ろから俺を呼ぶ声がした。


「司、探したぞ!」


声の主は「覗き魔」武井だ。


「何してんだよ、こんな所で。」


「ほっとけよ、変態覗き野郎。」


俺は吐き捨てるように言った。


「悪かったよ。でも人の事アリバイに使うなら一言言っといてくれよな。」


「何の事だよ。」


「司のお母さんに駅前でバッタリ会って、毎晩お邪魔してすみませんって頭下げられたよ。」


「・・・。」


武井は何度か俺の家に来ていて、俺の母親とは顔見知りだった。


俺は勉強していると思っている母親に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「一応うまく合わせておいたけど、じゃあ司は夜な夜などこに行ってんだって心配になって探しに来たんだよ。」


「余計なお世話だよ。」


「・・余計なお世話ついでに聞くけど、真美ちゃんとうまくいかなかったのか?」


「それをお前に言われたくねーよ。ぶち壊すような真似しといて。」


「だから悪かったって。」


「・・まあ、その前に自分でぶち壊しちゃったから武井は関係ないんだけどな。てか、何であんな事したんだよ?冗談にしては度が過ぎてるだろ。」


俺はまだ武井を許せないでいた。


「・・俺も真美ちゃん好きだったからさ。」


「えっ?」


「いやいや、そんな重いやつじゃなくて憧れレベルだよ。でもあんまり司が浮かれてるんで、買ったばかりのカメラで二人を撮って、それをネタにからかおうと思ったら、予想以上のスクープ写真が撮れちゃって・・」


「で?」


「みんなに見せたくなった、ごめん。でもあんな噂になると思わなかったんだよ。」


俺は学校であの写真について聞かれても、何も語らなかった。いや、圭子のことを含めた自分の不誠実さを語れなかった。

だから変な噂になった。

具体的には俺が真美にひどいことをして真美は転校したという噂が広がり、俺は学校で孤立していた。


「まあ、噂の半分は本当だから仕方ない。」


俺は、武井の気も知らずに無神経だったことに気付いて、もう心の中では武井を許していた。


俺は内緒にしてと言われた圭子の部屋でのこと以外を武井に話し、持ってきていた真美の手紙も見せた。


「・・じゃあ、今から一緒に樋口をぶん殴りに行こう!俺も一発かましてやるよ。」


と話を聞き終えた武井は興奮しながら、相変わらず役に立たないアドバイスを俺に送った。


「アホか、何でそういう結論になるんだよ。第一誰も得しないだろ。」


武井のせいで俺のセンチメンタルな気持ちが台無しになった。


だが、相変わらず武井のアドバイスは本人も気付かない内に俺を救ってくれた。


俺は役に立たないアドバイスでも味方してくれることが嬉しかった。


それに誰にも言えなかった自分の罪と思っていることを告白したことで少し心が軽くなった。


「あんまりくよくよするなよ。それに同じ月を見てると思って頑張るってのは、月を通じて繋がってるってことじゃないの?」


武井はらしくない一世一代のまともなアドバイスを、役に立たないアドバイスの後に言い、最後にこう付け加えた。


「この話、あの写真を付けた記事にしてまた貼り出していい?フライデーみたいに。」


「この野郎・・。今度やったらこの海に沈めてマリンスノーにしてやる!」


と俺はすぐさま武井にヘッドロックをかけて言った。


「イテテ、何だよ、マリンスノーって。」


「深海魚のエサだよ。」


俺は笑いながら、さらに武井の頭を締め上げたが、本当は少し泣きそうな顔をしてたから、しばらくヘッドロックは外せなかった。


*****


次の日から俺は海岸通いをやめ、受験勉強に復帰した。


何のために勉強するかはわからなかったが、何も言わずに信じてくれてるだろう両親や、いい報告をして塩ラーメンをご馳走すると自分に誓った林先生に報いるため、そして何より今やるべきことを懸命にやることが真美が喜んでくれることだと思って頑張った。


そして息抜きには窓から月を眺めた。


*****


君も見ているだろうか


この消えそうな三日月を


あの日、あの一本道から二つに別れちゃったけど、きっとこの月を見て繋がってるよね


もう君がいなくても泣かないよ


今は何も言える資格はないけれど、俺は強くなって君にふさわしい男になるよ


そうしたら今度は君に降る悲しみから君のことを守ってあげられるよね


そして俺はこう言うんだ


君だけを愛していると・・



挿入歌

「マリンスノウ」スキマスイッチ


「三日月」絢香





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