第14話「罰の始業式」

花火大会の次の日も、その次の日も真美の家に電話して、家の前でチャイムも押したが誰も出ることはなかった。


俺はあまり深く考えずに、きっと買い物かなんかで出掛けてるんだろうと思って、真美への弁明は直前に迫った2学期にしようと考えた。


弁明と言ってもひたすら謝るつもりでいたが、もうその機会はないことを俺はまだ知らずにいた・・


*****


新学期になり、教室に入ると前の方の黒板の回りに人だかりができていた。


何だろうと思って黒板の方へ行こうとした矢先、


「やるねぇ、司。」


とクラスメイトのひとりにからかうような感じで声を掛けられた。


いやな予感がした。


早足で黒板へ行くと、そこに掲示されていたのは、若い男女が夜の浜辺でキスをしてる写真だった。


夜に撮ったその写真は少しわかりづらかったが、そこに映ってる男女は紛れもなく俺と真美だった。


俺はカッとなって黒板を平手で一度叩き、すぐさまマグネットで張られたその写真を剥がして一旦席についた。


そして冷静になって、頭の中で探偵の如く犯人探しを始めた。


(動機は俺への恨み?だとしたら樋口か?いや、同時に真美を傷つけるようなことを、もしフラれてもアイツはしないだろう。他にいるとしたら圭子?いや、それも違うか。花火大会の日まで家垣と付き合ってて俺なんか眼中になかったんだから。第一そんな陰湿なことや面倒臭いことをする性格じゃない)


俺はきっと鬼のような形相だったのだろう。その後俺に話しかけるやつはいなかった。



(まさか・・。動機はわからないが、状況的に可能なのは武井しかいない。その日、俺と真美が海岸へ行くことを知っていたのは武井と真美ママだけだが、真美ママは論外だ。それに武井の趣味は天体観測とカメラだった。)


俺は犯人を武井と断定した。


人だかりがなくなると、どこからともなく武井が現れて自分の席に座った。


「オマエだろ。」


俺は武井の席に近づき、詰め寄った。


「夜の割にはよく撮れてるでしょ。新型の一眼レフだからね。」


と武井は、赤川次郎の推理小説のようなドンデン返しも、三毛猫ホームズの力を借りる必要もなく、あっさり認めやがった。


「どういうつもりだよ!」


「シャレだよ、シャレ。それに最後にいい記念写真になったでしょ。」


「最後?」


「だって彼女、転校したんでしょ?」


(転校?まさか。卒業まではこっちにいるって言ってたよな・・)


「司、知らなかったのか?今、隣のクラスは突然消えたマドンナに大騒ぎしてるぞ。」


俺は隣の真美のクラスに確かめに行こうとしたが、始業のチャイムが遮った。


「とにかくオマエとは絶交だ!」


と俺は武井に吐き捨てて席に戻った。


ホームルーム後の始業式の合間に隣のクラスの野球部のひとりに確認したところ、真美は急な家庭の事情で転校することになったと担任から説明があったそうだ。


真美の転校は事実だった・・。


始業式が終わった直後、樋口が近づいてきた。


「なんで花火に戻って来なかったんだよ。」


「・・・」


「真美はずっと待ってたんだぞ。」


「樋口の隣で、だろ。」


「戻ったのか?何で声を掛けなかったんだよ?」


「オマエがいたからに決まってんだろ。」


俺は自分の後ろめたさは隠して樋口のせいにした。


「バカか。あそこに真美を独りにさせとけないだろ。何で真美はこんなバカを・・。とにかく元気でねって言ってたぞ。あと受験勉強も頑張れってさ。」


樋口は言い終わると、少し寂しそうな顔をして俺の前から消えた。


俺は真美がいなくなった現実をまだ受け止められず、始業式が行われた体育館の片隅で茫然自失で立ちすくんでいた。


「大丈夫?」


声を掛けてきたのは、やけに明るい顔の圭子だった。


「ちょっといい?」


そして、誰もいない体育館の裏に引っ張られた。


「あの後、真美に会えた?」


「ああ。」


実際は真美を見つけただけだったが、詳しい話をする気力もなかったので、生返事をした。


「そっかあ、よかったね。」


圭子はまだ真美が転校したのを知らないようだった。


「実はアタシもさあ・・。アイツとヨリが戻ったんだよね。」


「マジで?」


俺はあんな別れ話の内容だったので、正直驚いた。


「うん。あの次の日電話掛かってきて、言い過ぎたって謝ってきて。で、アタシがもう処女じゃないって言ったら喜んじゃって。だからあの日の事はアイツに偶然会っても内緒にしといてね。知り合いが相手だとバレたら嫌がるかも知れないから。色々ありがとね。」


相変わらず、ブッ飛んだ話で俺は返す言葉がなかった。


「もう、教室戻らないとね。」


圭子はそう言って笑顔で俺の前から消えた。


(結局、家垣と圭子の思い通りになって、俺はお役御免ってことか。それにしても女心はよくわかんないな・・)


この日は、俺の前から初恋の相手が消え、親友が消え、幼なじみが消え、初体験の相手が消えた。


まるでこの日は、自分の誠実さを裏切った罪に対する「罰の始業式」ようだった・・。


*****


始業式の後、家に帰ると隣の真美の家はガランとしていた。


この日、真美ママだけが戻って引っ越しを済ませたらしい。


そして菓子折りを手にした母親から、俺宛の手紙を渡された。


そこには真美の十年分の思いが書き綴られていた・・。

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