第13話「Honesty 」
「・・おいで。」
圭子は俺の手を引き、店の奥の自宅になっているリビングに連れていった。
リビングの奥には勝手口があり、そこから帰ることもできる。
しかし、俺は圭子の部屋がある2階へ圭子の後について登っていった。
カッコつけて奪ったイニシアチブは完全に奪い返されていた。
そして俺はもう誰のせいでもなく、自分自身の意思で、揺るぎないと思っていた自らの誠実さを裏切った。
その罪は重く、長い罰を受ける覚悟もなく・・
*****
圭子は自分の部屋に入ると、自分であとからつけたような簡単な南京錠を閉め、扇風機をまわした。
「散らかってるから、あんまりみないでね」と言った部屋は、すごく整理されていて、キティのグッズで溢れて予想外にかわいらしい部屋だった。
一階の店の扉が開き、何人もの人が話し、笑いながら入ってくる音が聞こえてきた。
圭子は俺にベッドに座るよう促し、点けたばかりの部屋の電気を消した。
窓の網戸越しにはあの時の満月が俺たちを見ていた・・
俺はカーテンを黙って閉め、ベッドに座り直し、圭子を抱き寄せた。
圭子はキスをしながら俺のジーンズのベルトをゆるめて下ろした。
そしてトランクスの中に手を入れて直接触ってきた。
さっきよりもリアルな圭子の指や手のひらを感じ、他人に初めて触られた俺は、
「もうヤバイよ・・。」
と荒い息づかいとともに言った。
「気持ちいい?」
と、はにかみながら圭子は言った。
「うん・・」
「男はキスだけじゃ済まなくなるでしょ。だから何人かはこうしてあげたの。」
と圭子は言って、トランクスも下ろし、俺に顔を見せないように向こう向きになり、今にも爆発しそうな俺の膨らんだものを優しく口に含んだ。
「・・ああ、気持ちいい。」
その所作はやらしい行為とは思えない上品さが漂い、さっき見た焼きそばの食べ方の上品さを思い出させた。
俺は自分の衝動を抑えられなくなって、着ていたシャツを脱ぎ、圭子の服もすべて脱がせ、想像通りに綺麗な裸体を手と口を使って夢中で愛撫した。
圭子の局部は初めての俺でもわかるくらい濡れていて、入り口を教えてくれた。
「アッ、アッ」
「ハァ、ハァ」
しばらくの間、二人とも汗ばみながら、喘ぎ声と荒い息づかいだけの会話が続いた。
一階の店からは、絶えることなくカラオケで演歌を歌う声が聞こえている。
少しして圭子が耳もとで囁いた。
「本当はそんな気なかったんだけど・・。司ならいいよ・・。」
もうこの時の俺の中に誠実さなんてものは欠片も残ってなく、あるのは本能だけになっていた・・。
*****
「大丈夫?」
「うん、思ってたよりは痛くなかった。早かったしね。」
と言って圭子は俺をからかうように笑った。
圭子の言う通り、俺は散々まごついて圭子の中に入った挙げ句、あっという間に溜まってた色んなものを圭子の中に吐き出して、果てた。
「俺も初めてだったから・・」
と俺はベッドの上に敷いておいたタオルを片付けながら言った。
1階の店からは相変わらずカラオケの歌声が聞こえていたが、演歌に飽きたのか、聞き覚えのある洋楽の歌が聞こえてきた。
♪honesty such a lonely word
everyone is so untrue…
中学の時の英語の授業で、担当の女の先生が毎月自分の好きな英語の歌を授業の一環で生徒に歌わせてたが、その中にこの歌もあった。
確か、ビリーなんとかの「Honesty」と言う歌だ。
当時は歌詞の意味がよく理解できなかったが、この時の俺には胸が痛くなるほどに心に響いた。
(誠実さなんて虚しい言葉だ。皆、都合のいい嘘をつき、自分は誠実でないのに相手には求めてしまう。俺は自分に言い訳して自分の欲望を満たし、今は圭子の横にいる。なんて不実なやつなんだ。)
「この歌、中学の授業で歌ったね。」
と圭子が言った。
「そうだね。」
と俺はそんな気はなかったが、考え事をしながら素っ気なく答えた。
(俺はともかく、真美が俺がいないのに樋口たちと楽しく花火を見るだろうか。いや、きっと真美はそんなことしないだろう。しばらくは俺を待っていたはずだ。まったく俺はガキで大バカ野郎だ!)
酔いがさめ、欲望と苛立ちを吐き出した俺は急に冷静になって自分の浅はかさに焦りだした。
「司の失恋の相手って真美でしょ。」
「えっ、何で?」
「そんなの昔から知ってたよ。小学生の時、司にクラスで何番目かに好きって言った時に、俺は一番しかないけどな、って真美の方見てたじゃん。わかりやすすぎだって。」
と言って圭子は笑った。
(そんなこと言ったっけか。)
圭子が言った内容はその順位まで覚えてたが、自分が言ったことは忘れていた。
「あと、あからさまに後悔してる顔、やめてくれる?」
と圭子は続けて、俺の頬をつねった。
(真美にもひと月前につねられたな。俺の頬はそんなにつねりやすいのかな)
俺は思い出して笑ったが、何故だか目は潤んでいた。
「ごめん、だけど圭子のことを後悔したわけじゃないよ。」
「そう・・。で、真美と何があったの?」
俺は圭子にひと月前からのいきさつを話した。
「・・真美は全然悪くないじゃん。」
圭子と真美は、高校までに何度か同じクラスになっていて、特別仲良くはなさそうだったが、俺には何となくお互いを認めてるような関係に見えていた。
「うん、わかってる。だから、花火会場から逃げたことは後悔してる。」
俺は本当に圭子のことは後悔してなかった。
さっき俺は間違いなく圭子に惹かれ、傷ついてる圭子を抱きしめたいと思った。
そして俺も抱きしめられたいと・・。
ただ、俺は自分で思ってる程、誠実な人間ではなく弱い人間だっただけだ。
「アタシ思うんだけど・・。まだ真美は浜辺にいるんじゃないかな。」
「・・もう花火終わって1時間以上経ってるから、とっくに帰ってるでしょ。」
「本当に女心がわかんないやつだなー、佐竹は。いいからレジャーシート取りにでもいいから、行ってこいって。」
圭子は完全に普段の圭子に戻っていた。
「それにうちの店が閉まってからじゃお母さんに見つかるでしょ。」
俺は追い出されるように一階の勝手口から外に出た。
でも、それが圭子の優しさだってことはこんな俺でも理解できた。
俺は店の前に停めた自転車をそっと出して、店から離れると全力でこぎだした。
ひと月前は希望に満ち溢れた未来へ向かって自転車を全力でこいでいたが、この時は取り返したい過去に向かって全力でこいでいた。
*****
海岸に着いた俺は、自転車を停めて海岸沿いを走った。
若者を中心にいくらかの人達がまだ浜辺で花火の余韻を楽しんでいた。
そんな中、俺はやっと真美を見つけた。
しかし、声を掛けることができなかった。
真美の隣には樋口がいた・・。
二人は浜辺に座って海を眺めていた。
圭子とのことがなければ、樋口がいようがいまいが声を掛けられたと思う。
だが、その時の俺は真美に対する後ろめたさで、真美を見つけた防波堤の上から前に進むことができなかった。
それに・・
俺は誠実さで樋口に負けたと思った。
樋口は俺よりも前から真美を想い、そして野球が終わるや否や、いつもは鈍足のくせにこの時ばかりは韋駄天の如き速さで真美に想いを告げた。
そして、今日は海岸でひとりぼっちにされた真美のそばにずっといたんだろう。
真美のことを考えずに、自分の感情だけで真美を置き去りにして、他の女を抱いた俺が今さら二人に何を言えるのだろう。
俺は防波堤に打ちつける波のようにその先へ進めなかった。
そして真美と来た誰もいない林の一本道を通って自転車を押しながら帰った。
俺は一本道に入った途端、数時間前に真美と漫才みたいに楽しく話し、そしてその時の笑顔を思い出して涙が溢れてきた。
誰にも見られてないと思っていたが、見せたくない素顔を見られたあの満月だけが仕返しのようにこの夜の素顔の俺を見ていた・・
挿入歌
「Honesty」Billy joel
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