第11話「GAME OVER」

「真美ちゃんも一緒?樋口も司も野球が終わった途端ソッコーだな。」


と自転車通学メンバーの一人である佐久間が言った。


「樋口?」


俺は何でそこで樋口の名前が出るのかわからなかった。


「樋口は俺たちの海に行く約束を蹴って、帰省してる真美ちゃんに会いに名古屋に行ったんだぜ。」


と不思議そうな顔をしている俺に向かって佐久間が教えてくれた。


「・・会いに行ったというより、謝りに行ったんだ。」


寡黙な樋口が口を開いた。


(謝り?)


俺には何が何だかわからなかった。


「謝るって何をだよ。」


俺が聞きたいことを佐久間が聞いた。

佐久間たちもそこまでは聞いてないらしい。


「いや・・その・・」


樋口が言い辛そうにしていると、もう一人の当事者の真美が口を開いた。


「もういいでしょ、花火が始まっちゃうよ。」


「よくないでしょ。樋口、真美に何を謝ったんだよ。」


俺は樋口を問いただした。


「・・・。」


黙っている樋口にかわって、真美が小さなため息を一つついたあとに話し始めた。


「最後の慰労会のあと、樋口君が私に抱きついてきたの…。でも試合に負けたショックでどうかしてただけだよね、樋口君・・。大丈夫、こないだ名古屋に来てくれた時も言ったけど、怒ってないから気にしないでね。」


「ごめん・・。でも、どうかしてたわけじゃないよ。それに抱きついただけじゃなく無理矢理キスも・・。真美のことがずっと好きだったから・・。」


俺は樋口の告白を聞いた瞬間、全身の血が沸騰し、持っていた二人分の焼きそばを地面に叩きつけて全員に背を向けて歩きだした。


本当は樋口に殴りかかりたい衝動にかられていたが、俺は真美と付き合ってるわけではないし、当然そんな権利もないので、その衝動を真美と未来を語りながら食べるはずだった焼きそばにぶつけるしかなかった。


「司!」


背中に真美が呼ぶ声が聞こえたが、怒りに任せて歩きだした俺は振り返ることができなかった。


そして俺は歩きながら心では真美が追いかけてきてくれるのを期待していた。


しかし、真美が追いかけてくることはなく、歩きながらはっきりわかったことがあった。


俺は、樋口が昔から真美のことを好きなのを心のどこかでわかっていたから、樋口とウマが合わなかったんだと。


樋口もきっとそうだろう。


*****


俺は乗ってきた自転車をゆっくり押しながら、それでも真美が追いかけてきてくれるのを待っていたが、ようやく追いかけてこないとわかると自転車にまたがりこぎ始めた。


俺の背中の向こうから花火が上がる音が聞こえたが、それを樋口たち三人と真美が仲良く見ていると思うと悔しくて振り返って見ることはできなかった・・。


*****


花火大会に行くと言って家を出た手前、真っ直ぐ帰るわけにもいかず駅前をフラフラして、花火の音も聞こえないゲームセンターに入った。


そして苛立ちをシューティングゲームにぶつけていた。


(無理矢理キスだと?ふざけんな!)


樋口の言葉が頭から離れず、花火大会と真美が気になる。


(レジャーシートと紅茶を置きっぱなしだったな。やっぱり取りに戻って真美を探そう。)


と戻る言い訳を考えながら、ゲームの敵キャラに攻められて残り一基になった時、後ろから肩を叩かれた。


俺は真美だと思って勢いよく振り返ると、そこに立っていたのは、高校生らしくない化粧をした圭子だった。


「何してんの?佐竹。」


「何してんのって、あっ!」


俺がゲームの画面に視線を戻すと画面には(GAME OVER)の文字が点滅していた。


「あ~あ、ヘタクソだなー。」


「うるせーな。てか、そっちこそ何してんだよ。」


見たところ一人の圭子こそ、化粧して女一人でここにいる理由がわからない。


「花火の音がむかつくからさ。」


(俺と同じような理由だな・・)


「何でだよ。家垣はどうしたんだよ。」


「ついさっき、花火行く前に喧嘩して別れてきた。」


「・・そうなんだ。」


正直、圭子のくっついただの別れただの話は噂でしょっちゅう聞いてたから特に驚きはしなかった。


「あんたこそ何でこんな時間にこんなとこいんの?」


「まあ、大川と似たようなもんだよ。」


大川は圭子の名字だ。


「へー坊主もいっちょ前に失恋するんだね」


と言って圭子はその化粧した顔の下に明らかに悲しい顔があるのがわかるくらいぎこちなく笑った。


「失恋なのか何だかわかんないけど、今からかったら本気で怒るよ。」


普段なら笑って受け流せるが、この時の俺にはそんな心の余裕がなかった。


「悪い、悪い。あっ、晩御飯は食べた?食べてないならお詫びにご馳走してあげるよ。」


「食べてないけど、そんな詫びるほどのことを大川はまだ言ってないよ。」


「まあ、お詫びというかお礼に…」


「お礼?」


「こないだ海で助けてくれたのあんたでしょ?」


「まあ助けたのはライフセーバーだけど、知ってたんだ?」


「だって海に浮かびながらすごくハキハキとライフセーバーと話してるから、こっちは死にそうなのにちょっとウケたよ。」


「悪かったな、死にかけてるのに笑わせちゃって。で、その後は大丈夫だったの?」


俺は圭子の方を振り向いた瞬間からそれを聞こうと思ってたが、彼女が俺がその場にいたことを知らないのなら、そっとしておこうと思い直していた。


しかし、知っているなら気になってたことも聞こうと思った。


「大丈夫、大丈夫。何ともなかったのに救急車で運ばれて恥ずかしかったー。」


と言って圭子は両手で顔を隠した。


圭子は昔から態度も口も悪かったが、時折かわいい仕草をすることがあった。


「何であんな沖までたった一人で泳いでたんだよ。」


俺は一番聞きたかったことを聞いた。


「・・何か夢中で泳いでたら、いつのまにか遠くまで行ってて帰ろうとしたら足がつっちゃったんだよね。」


と圭子は答えたが、俺はそれが半分は嘘だとすぐわかった。


圭子はそんなに海で夢中で泳ぐようなタイプではなく、むしろ冷やかな目で見るようなタイプで、小学生の時の水泳の授業も、真美よりましだが、ほとんど泳げないグループにグループ分けされていたからだ。


でも本当の理由を言いたくないのなら、それ以上は聞かないことにした。


「運動不足の運動音痴が海でたまに張り切ったらそりゃ溺れるだろ。」


と俺は圭子の嘘に乗って毒ついた。


圭子はすぐに反撃して


「勉強不足のゲーム音痴がたまにゲーセンで張り切ってもボスキャラまでいけるわけないだろ。」


とGAME OVERと点滅してるゲーム画面を見ながら、してやったり顔で言い返してきた。


「てか、シューティングゲームしてる最中に話しかけるか、フツー。」


「あっ、今自分が下手なのアタシのせいにしたでしょ、サイテー。」


「はっ?」


「アタシのせいにしたお詫びにご飯つきあいなよ。」


*****


完全に因縁をつけらる形で晩御飯につきあうことになったが、圭子なりに海での借りをどうしても返したかったんだろう。


それに俺も腹ペコだった。


二人でゲーセンを出て、俺は近くのバーガーチェーンかファミレスに行くのかと思ったが、圭子は駅前の中心から少し離れた路地に入って、一軒の明かりの点いてないスナックの前に立った。


そして圭子は持っていたポーチから鍵を取り出しそのスナックの扉を開けた。


暗い入り口の看板には「スナック圭子」と書いてあった。


ここで思い直して、その扉の向こうに行かずに、海岸へ戻れば運命を変えられたのかも知れない。


しかし、この時の俺はその扉の向こうの誘惑に勝てなかった。


扉を開けたら[GAME OVER]になることも知らずに…

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