第10話「一本道」

花火大会が開催される海岸に早めに着いた俺は、既に沢山の人が場所取りをしてる中、二人分の場所を探した。


歩き回って何とか二人分の場所を見つけ、背負ってきたデイバックを降ろし、家から持ってきた凍らせた真美の好きな紅茶のペットボトル2本と二人用の小さめのレジャーシートを取り出して、ペットボトルを重しに場所を確保した。


俺は、なるべく知り合いに見つからないように、海岸に抜けるあまり人の通らない舗装されていない林の一本道の先を待ち合わせ場所にしていて、ゆっくりそこへ向かった。


待ち合わせの時間まで、まだ30分位あったので、一応持ってきてた英単語帳を開いた。



[………] [………] [………] [………] [Honesty][正直.誠実]


俺は真美に対しての誠実さや気持ちだけは唯一自信を持っていたはずなのに、あの海での圭子に対する不確かで不実な感情を未だ処理できずにいた。


英単語に集中できなくなった俺は、早々に英単語帳と目を閉じて今日真美に話す俺の決意を頭の中で復習した。


(名古屋の大学に受かったら真剣に付き合ってほしいと伝えよう…。そしてゆくゆくはプロポーズ…なんてまだ考えるの早いか…)


「朝ですよー。」


目を開けるといつの間にか目の前に笑顔の真美が立っていた。


「寝てないよ、ちょっと考え事してただけだよ。」


「そっか良かった~。だって寝ながら眉間にシワよせたりニヤけたりする人怖いもん。起きてても怖いけどギリセーフ!」


「・・・。」


泣きながら浜辺を歩いてた1ヶ月前が懐かしい・・


「そんな前からいるならすぐ声かけろよ。」


「だって人の妄想を邪魔するやつは豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえっていうでしょ。」


「言わねーよ!」


そんな漫才みたいな掛け合いの後、海岸へ抜ける一本道を二人で歩いた。


「名古屋はどうだった?」


「暑い!こっちの倍暑い!」


「オーバーだな。それだけ?」


「う~ん、ちょっと高いけど、ひつまぶしはやっぱり美味しいね。あとは山ちゃんの手羽先で一杯やるのがたまらないね。まっ、一杯って言っても紅茶だけどね。」


「ふーん、じゃあすぐ馴染めそうだね。」


俺は馴染めそうになくて、名古屋に行きたくないっていう回答を少し期待していたが、どうやら暑さ以外は問題なさそうだ。


「あとは司がいないからつまんないってこと位かな。」


(えっ?)


「なーんてね。そういえば甲子園見てた?」


俺の決意を話す絶好のチャンスだったが、間髪入れずに話を変えられてしまった。


(まあ、まだ時間は沢山あるし、タイミングのいいところで切り出そう)


「いや、ほとんど見てないよ。」


「本当に?浦田君いいピッチングしてたけど一回戦で負けちゃったんだよね。」


そう、うちの野球部が負けた相手チームがそのまま県予選を勝ち抜き甲子園に出場した。


本当はその試合だけテレビで見てたが、あまりその話をしたくないので、俺は見てない振りをした。


浦田のチームは一回戦で二塁手のエラーをきっかけに負けてしまった。


俺は敗因となった二塁手の気持ちが痛い程わかるので、取り返しのつかない高校野球はその後の人生でもあまり見なくなった。


「でも浦田君はきっとプロに行くね。なんたって司が空振りしたんだから。あーサイン貰っとけばよかったなー。」


と真美は続けた。


俺はわざとらしく不機嫌な顔をして


「あのー、まだその傷、ナマ乾きなんですけど・・」


と言って、甲子園の話題を変えようとした。


「間接的に誉めて慰めたつもりだったのに。」


「慰めてくれなんて頼んでないよ。」


「こんな時浅倉南だったら、とか言ってたくせに。」


と真美は怒った顔を作って舌を出した。


「・・・。」


口では真美に敵わない。いや、敵うものなど泳げることくらいしかない。


「はいはい、慰めていただいてすみませんでしたねー。」


と俺は真美と同じ顔を作って舌を出した。


俺は中高の思春期の間に知らず知らずできてしまった真美との距離がこの夏で急速に縮まっていくのを感じていた。


特に真美が野球部のマネージャーになってからは、かえって話さなくなっていった。


真美がマネージャーになってすぐに部員の一人が真美に告白して、それまでの何人もの奴らと同じように玉砕して野球部を去った。


そしてしばらく真美が練習に来なくなったので、俺たちの中で真美へのアタック禁止が暗黙のルールとなった。


だから近くにいても話せずにいて、昔はいつも隣にいた真美が手の届かない高嶺の花のような存在になっていった。


*****


ほどなくして一本道を抜け、俺たちは海岸の防波堤に着いた。


「浜辺に場所取ってあるから、出店で何か買ってから行こう。」


と俺が言うと、


「準備いいじゃん!けど出店はどうせ全部見た挙げ句の焼きそばでしょ。」


と真美は笑顔で言った。


きっと真美は俺以上に俺のことを知っているだろう。


「お好み焼きかもしれないじゃん。とにかく見に行こうよ。」


結局、焼きそばの出店に並び、二人分の焼きそばとフランクフルトを買った。


そして場所取りしたところへ行こうとした時、俺の名を呼ぶ声がした。


「おー、司じゃん!」


花火大会に一緒に行くのを断った彼らだ。樋口も一緒にいた。


ここで彼らに会わなければ俺の人生はだいぶ変わっていたと思う。


その後、何度も真っ直ぐ焼きそばだけ買ってさっさと浜辺に行っておけば良かったと後悔した。


しかしそれも運命だったのだろうか。


とにかくここから俺の描いた未来は大きく狂いはじめていった・・

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