第9話「夏の日のビキニ」
花火大会当日、テレビの天気予報では真夏のピークが去り、今晩から涼しくなると言っていた。
夕方5時の子供の帰宅を促すチャイムが鳴る頃になると、確かに昨日までの蒸し暑さが和らぎ、ひぐらしの鳴き声とともに夏の終わりが近いことを感じさせた。
俺は1ヶ月前に買ってから着倒して少しヨレ始めたTシャツを、その時とは逆にシワをのばしてから着て、少し早めに家を出た。
*****
この夏の俺のイベントと言えば、野球部の連中と約束してた九十九里の海へお盆前に行ったのと、今日の花火大会だけだった。
海に行ったのは短期講習が終わった次の日で、行くのをやめて勉強しようとも思ったが、ジュースをおごる約束から逃げたと思われるのが嫌だったし、何より俺自身が息抜きしたいと思ったので、林先生のおかげで思いのほか進んだ受験勉強の貯金をすぐさま少し使ってしまった。
海には用事があって来れないらしい樋口以外の元野球部3年生が久しぶりに集まった。
久しぶりと行っても2週間ちょっとぶりだったが、これまでほぼ毎日会っていたので、やけに懐かしく感じた。
まだ髪の毛の伸びきらない坊主頭集団が男だけで海に入った後、ビーチバレーをしていた姿は周りからは距離を置く存在だったに違いない。
だから、海には沢山の女の子がいたが、俺達のほとんどは浜辺の貝のように自分たちの殻に閉じこもり、本当は殻を破りたかったはずだが、結局は自分たちの殻の中だけで楽しんだ。
何人かは果敢に浜辺の女の子に声をかけていたが、慣れてないので、ほどなく玉砕し、殻に戻った。
俺は他の女の子を見ること自体が真美に対して不誠実な気がして、誰よりも固い殻の中にいた。
その日、浜辺には同じ学校の男女のグループやカップルも何組か来ていて、男だらけ10人程の俺達は初めは少し恥ずかしかったが、意外にジュースを賭けたビーチバレーに夢中になっていったので気にならなくなっていった。
特に俺は、既に約束通りみんなにジュースを一本おごっていて、これ以上の出費を避けるため、誰よりも真剣だった。
そしてその浜辺のカップルの中には小学生から一緒の圭子と言う同級生もいた。
圭子は小学生の頃から、真美とは違う色気みたいなものがあって、真美とともに男子から人気があった。
圭子は気が多く、中1くらいから彼氏がいて、しかもしょっちゅう相手はかわった。
俺も小学生の時、同じクラスになったことがあり、「クラスで7番目に好き」と言われたことがあった。
クラスに男子は20人位いたから半分より上だが、喜んでいいのかよくわからなかったし、何番まで順位つけてんだろうと思ったが、その頃から俺には上にも下にも真美しかいなかったから、圭子の考え方や生き方は別世界に感じていた。
しかし、俺は圭子のそのスタイルを否定するというよりも新鮮に感じていた。
小学生の頃は、特に女子はふとしたことで無視や仲間外れが始まるものだが、圭子も小5の頃に男子人気が妬まれたのか、男子から見ても明らかに仲間外れにされてる時期があった。
俺は見かねて圭子のいないところで仲間外れにしている女子のリーダー格の子に「みんなで無視して性格悪いなって家垣が言ってたぞ」と吹き込んだ。
家垣は同じクラスの男子で勉強はできなかったがスポーツ万能で、学年で1、2の人気がある奴だった。
そのリーダー格の女子も家垣を好きなことは周知の事実だったので、実際には家垣は何も言ってないが、あまりクラスの女子に影響力のない俺は虎の威を借りてそう言った。
何でそんなお節介なことしたのか自分でもよくわからないが、それから3年位前の俺が引っ越してきた当初に真美が俺にしてくれたことを思い出したからかも知れない。
やり方はセコかったが・・。
あとは正直なところ、7番目でも好きと言ってくれた女の子を守りたいという気持ちがあったのだと思う。
*****
ビキニ姿の圭子を誰かが浜辺で見つけてはしゃいだ時、俺は固く閉ざしていたはずの貝殻を少しだけ開けてその方向を見た。
圭子は隣にいる彼氏らしき男を見ずに、遠く水平線を見ているように見えたが、一瞬俺の視線に気付き、哀しげな笑みを浮かべてすぐまた遠くを見つめた。
隣にいた男はよく見ると、中卒で寿司屋の板前修行をしていると噂の家垣だった。
俺もすぐ視線を外したが、何だかいけないことをしたように感じた。
*****
海の家名物の焼きそばを食べて、各々が日に焼いたり、海で水遊びしてるなか、俺は久しぶりに遊泳禁止のギリギリまでクロールで本気で泳いでみた。
昔とった杵柄か、思ったより体は覚えていて嬉しかった。
帰りはゆっくり平泳ぎで帰ろうと元の浜辺に向かって泳ぎ出した瞬間、監視員らしき人が笛を吹いた。
俺は自分が知らない間に遊泳禁止区域に入ってしまったのかと思ったが、次の瞬間、目の前10m先位に明らかに溺れてる女の人が見えた。
ライフセーバーが浜辺から勢いよく海に飛び込んで来るのが見えたが、どう見ても俺の方が近い。
俺は平泳ぎをやめてクロールでその溺れてる女の人のところまで全力で泳ぎ、その女の人を抱き上げ、海面に沈みかけてる顔を海面上に上げた。
溺れてる女は圭子だった。
「ゲホッ、ゲホッ」
圭子が必死に水を吐き、息を吸う音が聞こえた。
(良かった、大丈夫みたいだ)
ライフセーバーの人も到着し、圭子に声をかける。
「大丈夫ですか」
「はい・・カホッ」
と圭子は弱々しく水を吐きながら返事をした。
「あなたは大丈夫ですか?」
とライフセーバーの人が俺にも声をかけた。
「はい、大丈夫です」
「一人で戻れますか」
「はい、戻れます」
と俺はライフセーバーのお荷物にならないようにできるだけはっきり答えた。
俺は平泳ぎで、大騒ぎになっている元の浜辺から少し離れた浜辺にゆっくり遠回りして戻った。
浜辺に上がった俺は、不謹慎だが、海で圭子の体を抱き上げた時の素肌の柔らかさと、制服の上からは計れないプロポーションの感触がまだ両手に残っていて、少しの間離れた浜辺でボーっとしていた。
*****
ほどなく元の浜辺に戻った俺は、他の連中から圭子は無事だったようだが念のため救急車で病院に運ばれたことを聞いた。
そして圭子を運んだライフセーバーが救急車から再び浜辺に戻った時に拍手喝采で迎えられ、はじめに圭子を抱き上げた俺の存在は遠すぎて誰にも気付かれてなかったことを知った。
そのライフセーバーが、圭子をはじめに抱え上げた人、つまり俺を探していたらしいのだが、まあ周りに見られてないなら余計なことを言って束の間の息抜きの時間を無駄に使うことないと思い、俺は何も言わなかった。
騒ぎが収まった後、俺たちはビーチバレーの第2ラウンドを始めたが、俺は点数を取ることより、別の事を考えていた。
(圭子は何であんな沖までたった一人で泳いでいったんだろう)
*****
集中力の欠けた俺のいるチームはビーチバレーに負け、結局また余計な出費をするハメになり、そのジュースを飲んで俺たちは浜から上がった。
帰りはいつもの樋口を除いた自転車通学のメンバーの3人で帰り、そこで花火大会の話になったが、俺は「多分、塾だから無理かな」と嘘をついて断った。
そして花火大会当日に彼らに会いませんようにと、心の中で祈ったが、そんな身勝手な祈りは神様は聞いてくれなかった・・
挿入歌
「夏の日の1993」
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