第7話「全力少年」

「で、どうやって私の悲しみを晴らしてくれるの?」


と泣き止んで完全復活した真美は、抱きしめられていた俺の体を少し離し、憎たらしくも愛らしい笑顔を浮かべながら俺を困らせて笑っていた。


俺は黙ったまま、離れたばかりの真美の体を今度は優しく抱き寄せた。


(もうこのまま離したくない…)


俺はそう心で思いながら、もう次の言葉を探そうとはしなかった。


少しして真美が口を開いた。


「きっと私のお母さんも司の両親も今頃心配してるね。そろそろ帰ろうか」


親不孝な俺は両親の心配なんて少しも考えてなく、ただただ真美と一分一秒でも一緒に居たかった。


「…うん、…じゃ帰る前にもう一回…」


俺はそう言って、真美の唇に顔を近づけた。


「ガチッ」


俺が、焦ってキスしようとしたから、歯と歯がぶつかった。


「ヘタクソ…」


真美は、いたずらっぽい笑顔で俺を見た。


そして上手にやり直してくれた…。


俺は真美にキスされて気付いたことが一つあった。


「真美って隠れ出っ歯じゃない?」


何かしらの報復は覚悟していたが、真美は俺が言い終わった瞬間に、睨みながら力強く俺の頬つねった。


「いやー、バレちゃったか、パパしか気付いてなかったのに。でも隠れ出っ歯とは失礼な!隠してないし!」


と真美は怒りながら笑い、その後パパのことを思い出したのか、まだ俺をつねり続けている指の力は弱くなり少し寂しそうな顔になった。


「ほろほろ、ほっへたはなひてくへる?」


俺はオーバーにつねられて喋りにくそうにして、目の前の寂しい顔を消し去ろうとし、そのあとの笑顔を待った。


しかし、俺に待っていたのは真美の笑顔ではなかった。


真美は寂しげな顔のまま、


「最後だよ」


と言ってつねってた俺の頬を触りながら、優しく唇を重ねた…


(真美もキスするの初めてなんだよね?)


と一瞬、口に出しそうになったが、さらに激しい報復攻撃が容易に予想できたので、言葉を喉の手前で引っ込めた。


俺は最後の「隠れ出っ歯」を含めて真美のことを全て知った気になっていたが、真美にはまだ俺に内緒にしている事があることをこの時の俺は知らなかった…。


*****


生まれて初めて午前様で家に帰った俺は、こっぴどく怒られると思ったが、全くそんなことはなく、少し拍子抜けした。


真美は真美ママに俺と海岸へ行って遅くなるかもと言っていたらしく、真美ママは夜10時過ぎ位にうちを訪ね、そのことを伝えていたらしい。


俺は武井と海岸へ行くと言って家を出たため、こっぴどく怒られる代わりにこっぱずかしい思いをした。


真美と真美ママは次の日には名古屋に引っ越しのことも兼ねてしばらく帰省して帰ってこないとのことだったので、海岸からの帰り道に、俺は夏休みの終わり位にある地元で毎年恒例の花火大会に一緒に行く約束だけして別れた。


その花火大会には、小学生までは真美を含めた近所の子供たちと、そのうちの誰かの親同伴で毎年行っていて、それが終わるとたまっている夏休みの宿題にとりかかるというのも毎年恒例の事だった。


だからその花火大会の最後の花火は、楽しかった夏休みの終わりの号砲であるとともに、宿題追い込みスタートの狼煙(のろし)でもあった。


できるだけ長く夏休みを楽しみたい俺は、明らかに大トリらしい花火が打ち上がっても、次の打ち上げを待って夜空を見上げ続けていたものだった。


そんな子供の頃の思い出の一つである花火大会に真美を誘い、初めて二人っきりで行けることになったので、うやむやになった二人の今後についての事は、花火大会までに一緒に居れるベストな方法を考えようと思い、帰り道では触れずに帰った。


*****


次の日からの俺は、名古屋近辺の大学を調べ、大学受験に向けて猛勉強を始めた。


一緒に居る方法として名古屋で就職という方法もあったが、それでは進学を期待している両親が反対するのは分かっていたし、俺もできるだけ親不孝はしたくなかった。

まして真美も喜ばないだろうと思った。


俺は今の学力ではとても入れそうにない偏差値の高い大学に受かれば、それが名古屋であっても両親は納得してくれるだろうと考えた。


そして勉強もバイトも一生懸命頑張って奨学金でも貰えれば、両親の経済的負担も最小限で済むし、真美も喜んでくれるだろうと思った。


だから花火大会までの夏休みはひたすら勉強した。


文系だった俺は、文系でもたいがい必須科目の数学が苦手だったので、両親に頼んで数学だけ塾の夏休みの短期講習に通わせてもらった。


両親は急にやる気になった俺に驚いていたが、名古屋の大学に行くためとはまだ言わずにいた。


自分でも計画通りに両親も納得するような大学に行けるか自信はなかったし、理由を聞かれても真美の同意を得るまで答えられないからだ。


だから花火大会で真美に自分の考えを話し、賛成してもらいたいと思っていた。


俺は真美が自分のそばに居てほしいという自分の願望よりも、真美に降る悲しみから彼女を守ってあげたいという気持ちの方が強くなっていった。


俺の想いはこの夏の間に淡い恋から激しい恋になり、そして初めて愛というものを少し知った気がした。


これぞってモノがなかった俺だったが、真美への気持ちは誰にも負けない自信があったし、この先の人生でこれ以上好きになる人はいないという確信があった。


しかし、夏の終わりの花火大会で、その自信は打ち砕かれ、確信だけが残ることになるとは知らずに、俺は澄みきった視界を全力で駆け出していた。




[挿入歌]


「ボクノート」

「全力少年」

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