第6話「抱きしめて離さない」

予報外れの雨

予想外のキス…

そして予定外の覗き魔…


覗き魔は別にして、想定外の出来事ばかりのこの天体観測を俺はようやく受け止め、俺の予定してた行動をついに始動した。


静かに深呼吸して、頭の中で何度も練習した言葉を、雨音にかき消されないようはっきりと力強く、この宇宙の片隅に置いた。


「・・真美、初めて会った時から真美のことがずっと好きだった。これからは男として俺と付き合ってくれないかな。」


俺はさっきのキスもあったので、俺の中の希望は、十年分の宇宙の塵が大集合して希望に満ちた輝ける星になりつつあり、誰が見ても「今でしょ」っていうこのタイミングで真美に告白した。


しかし…


真美は目をつむり、少しの無言の後、重たそうに目と口を開いた。


「それは無理・・」


と嬉しさと悲しさが混ざったような複雑な表情で、今にもこぼれ落ちそうな涙をこらえてポツリと言った。


雨はポツポツから完全なスコールに変わり、脳ミソがショートして涙も出ない俺の代わりに泣いてくれているようだった・・


*****


予報外れの雨に打たれて小刻みに震える真美の手を握り、俺と真美は一旦話を中断して浜辺の奥にある大きな屋根のついたベンチに避難した。


ベンチに向かう間、手を握っている俺の横で真美は精一杯声を出さないように泣いていた。


俺は聞こえていたが、雨の音で聞こえない振りをして真美の手を引き浜辺を歩いた。


(泣きたいのはこっちだけどな…)


そう思いながらも、ベンチに着いて五分刈りの頭や腕についた雨を手で払いながら、真美の泣き顔に気付かない得意の三文芝居を続けた。


少しして泣き止んだ真美が口を開いた。


「私ね、高校卒業したら名古屋に引っ越すの」


「えっ?」


俺の今日もう何度目かわからない驚きがおさまるのを待たずに真美は続けた。


「大学も推薦で向こうの大学に行く予定なの」


「…マジかよ」


「うん、マジだよ…」


「…じゃあ俺もそっちの大学行くよ!」


俺は自分の学力や後先も考えずに真美と居れる安易で独りよがりな方法を口走った。


「…そんなの駄目だよ、司が名古屋の大学に行く理由なんてないし、仮に来てもお金出すのは司の両親なんだよ」


「…名古屋に行く理由は真美とずっと居たいからで十分だろ。お金はバイトでも何でもするよ。てか進学しないで名古屋で就職してもいいし!」


大人になって考えれば、それが真美にとってどんなに重荷で大学生活にプレッシャーをかけるかを考えられたかも知れないが、その時の青二才にも届かないガキんちょだった俺は、真美の辛さも親不孝も考えることができなかった。


「本当バカだね…。でもありがとう。本当はそう言ってくれてすごく嬉しいよ…。だけど、やっぱり司の両親に申し訳ないし、司も先のことはどうなるかわからないでしょ。」


俺の青くさい情熱を真美は大人びた正論で打ち消そうとする。


「…もし俺が名古屋に行けなくても、遠距離じゃだめなの?」


俺は食い下がって女々しく反論した。


「それは絶対無理…」


真美は小さな声だが、そこだけは強く言い切った。


「実はね……」


真美は引っ越しの理由を話し始めた。


*****


真美の父親は俺も知らなかったが、2年前位から転勤で仙台に行っているそうで、確かに最近見ないなとは思っていた。


子供の頃は真美の父親を「真美パパ」と呼んで、ごくたまにだったが真美をかたわらにキャッチボールをしてもらった。


その時は真美はパパを俺に取られて不機嫌そうだったが、俺は楽しかった。真美パパはいつも俺を「球が速い」とか「フォームがいい」などと誉めてくれたからだ。


自分の父親ともよくキャッチボールをしたが、暴投したらボールを取りに行かされたり、あまり誉められることはなかったので、なおさら真美パパとのキャッチボールは楽しかった。


真美パパは野球が好きで、本当は男の子が欲しかったのかもしれない。


俺も真美パパの子だったらもっと野球が上手くなってたかも知れないと、自分のセンスと努力の足りなさを棚に上げて思ったこともあった。


真美が幼い頃のテレビチャンネルの優先権は真美にあったそうだが、一度だけ真美パパがファンのプロ野球チームの日本シリーズ優勝決定の試合の時、その優先権を真美パパが真美から奪ったそうだ。


その時真美が見たかった番組は、はじめに真美パパが一緒に見ようと言った日曜夜の道徳的要素のある続きもののアニメ番組だったらしい。


結局その時は真美が「パパも野球も大嫌い!」と言って自分の部屋に引きこもろうとしたので、その一瞬奪った優先権を真美パパはすぐに真美に返したとのことだ。


この話は真美のいないところで真美パパが俺に頭を掻きながら何かの話のついでに話してくれた。


真美の話によると、そんな真美パパが転勤先の仙台で女をつくり、すったもんだの末、真美パパは真美ママと離婚することになったとのことだった…


しかもそれが真美ママと真美が、パパを驚かそうと、高2の終わりの春休みに予定より1日早く仙台に遊びに行って、相手の女性と鉢合わせて発覚したってことだから、真美ママと真美のショックは相当なものだったろう。


さらに、その相手の女性は見てすぐわかる位の大きなお腹に新しい命を宿していたそうだ。


真美ママの実家は名古屋から少しのところにあり、真美の祖母が独りで住んでいて、その祖母の体調が悪いこともあって、真美の卒業を待ってその実家に住むことになるというのが、真美から聞いた引っ越しの理由だった。


俺はあの優しくて真美思いの真美パパがそんなことするとは思えなかったが、今宵の月と同じように離れた場所からではわからないことが、この世界では沢山あることを知った。


そんな苦い経験をした真美が、両親の離婚の原因にもなった遠距離の関係を強く否定するのは仕方のないことかもしれない…。


真美は話しながら、もう泣き顔は隠さずに泣いていた…


俺は次にかける言葉を探しながら、再び真美が泣き止むのを待った。


やり場のない目線を上げると、空は真美より一足早く泣き止んで雲は切れていった…


「真美に降る悲しみなんか全部俺が晴らしてやる。…だから一緒に居よう」


雲をかき分けて再び現れた月に見えない力をもらったのか、俺は頭で考えていなかった言葉を口にしていた。


俺には、夜半の月が太陽の化粧を満面に施したその一番美しい今の顔を見せたいがために、雲を晴らしたように思えた。


真美は何も答えなかったが、俺はまた見えない力に突き動かされて真美を強引に抱きしめた。


そして今度は真美を受け身にして覚えたてのキスをした。


真美は抵抗することなく俺に身を委ねた。


もう夜中の12時近くになり、海の向こうから明日の波音が聞こえてきていたが、俺は聞こえない振りをして、真美を抱きしめて離さなかった…








挿入歌



「天体観測」

BUNP OF CHICKEN


「ボクノート」

スキマスイッチ


「ミエナイチカラ」

B'z

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