第4話「十年愛」
小学生の時は真美ともよく遊んで仲が良かった。
「年下いじめてカッコ悪い!」の真美の一喝以降、俺は徐々に近所の年長生や同級生たちと打ち解けていき、小学生の間は野球をしたり、真美を含めて毎年恒例の夏の花火大会や、真美が好きだった夜の月や星をよく一緒に見に行ってた。
真美は読書も好きで夏の暑さや冬の寒さが厳しいときは外で遊ばず、図書館にもよく行った。
真美と俺以外の他の子たちは読書よりも無料のお茶と快適なエアコンが目的で、俺も初めはそうだったが、赤川次郎、司馬遼太郎の両先生の本に出会ってからは、本来の目的で図書館に行くようになった。
しかし、中学生になると俺は野球部に、真美はブラスバンド部に入り、近所の仲間と連れだって遊ぶことはなくなった。
それに真美はどんどん綺麗になって、生徒会長などもやるようになり、相変わらず何でも中くらいの俺は、真美を遠い存在に感じるとともに、真美と親しく話せば学校中の真美ファンを敵に回すことを引っ越し当初の体験として学習していたので、挨拶程度しか話さなくなっていった。
だが、そうして真美と会ったり話したりする機会がなくなっていくのに、俺の真美への想いはなくなるどころか、日増しに大きくなっていった…
真美は勉強も学年で1、2を争うほどできたが、高校は公立で偏差値でいうと中の上くらいの俺と同じ高校に進学した。受験直前まで真美は県内トップの私立の進学校を受けると噂されてたので、みんながビックリした。
さすがに俺も真美が俺と同じ中の上の高校に行くのは不思議に思って、まさか俺と同じ高校に行くため?と宇宙の塵ほどの希望を持って聞いてみたが、
「近くて自転車で行けるし、大事なのはどこの高校行くかじゃなくて高校で何をするかでしょ。勉強ならどこの高校でもできるよ」
と中学生とは思えない回答が返ってきた。
俺は感心するとともに、俺の中の希望である宇宙の塵が、星になる前に宇宙の藻屑となって静かに消えた…
さらに驚いたのは、高校に入って早々に俺は野球部に入部したが、野球にあまり関心のなさそうな真美が、その野球部のマネージャーになったことだ。
俺の望むマネージャーになった理由など、聞く前から宇宙の藻屑となり既にブラックホールに飲み込まれてるので、普通に理由を聞いたら
「目標浅倉南!私を甲子園に連れてってね!」
と当時大人気だったアニメのヒロインのセリフを真似て冗談交じりに笑顔で返された。俺はその理由を聞いた時、心の中で
(大事なのは高校で何やるかでしょって偉そうに言ったくせに浅倉南かよ!)
とツッコミを入れたが、こんな願ってもない話を機嫌を損ねて逃してはなるまいと、口に出すのはグッとこらえた。
さらに、「浅倉南」以外の理由として
「また司がイジメられたら助けてあげなきゃいけないでしょ。」
といたずらっぽい笑顔で真美は言った。
これも俺は心の中で
(そうなったのはお前が一緒に謝りに家に呼んで余計な嫉妬を買ったからだろ!)
とツッコんだが、それもグッとこらえたのは言うまでもない。
その時俺は開き直って「どうかその時は宜しくお願いします。」と心でアッカンベーをしながら答えた。
そして真美は本当に浅倉南よろしく、ブラスバンド部と兼任でマネージャーとなり、期待するほど試合や練習には来ず、野球部員の中でもレアキャラとなった。
だからこそ、たまに練習来ると、皆あからさまに張り切ってチラチラ真美を見た。
(子供も高校生も変わらないな)
と昔の記憶がよみがえり一人でにやけてた。
俺は真美が練習に来ても、できるだけ冷静を装った。それは照れ臭さもあるが、それより他のみんなと一緒になるのが嫌だったからだ。
(こちとら十年モンなんだから一緒にはしゃいでたまるか!)
そんな風に思って、周りには真美が隣に住んでるのは知られてたが、「別に妹みたいな感じだよ」とうそぶいていた。
実際のところは俺が弟みたいな扱いを受けていたが・・。
また同じ野球部に幼なじみの樋口も入部していた。
そう、あの悪夢の空振りで二塁タッチアウトになった「蜃気楼樋口」だ。
樋口は同級生で、俺が初めて九十九里に来たとき広場で野球をしていたメンバーの一人だったが、その後の年長生による「スケベ」とか「女たらし」とかいう俺へのからかいには参加しなかった。
そもそも、性格は真面目で寡黙なやつで、中学の野球部でも一緒だったが、どうも馬があわずそんなに親しくはなれなかった。
中学では俺は辛うじてレギュラーになれたが、樋口は控えのピッチャーで球速が俺より遅く、試合で投げることはあまりなかった。
高校に入っても相変わらず球は遅かったが、寡黙にひたすらランニングをして足腰を鍛え、球速も足もそんなに速くならなかったが、抜群の制球力(コントロール)を身に付け、我が野球部のエースを勝ち取った。
(よく考えたら俺より樋口の方が真美との付き合い長いんだな)
子供の頃から樋口と真美が特別仲良く話すのをあまり見たことがなかったから、考えもしなかったが、真美は樋口を追ってマネージャーになったのかもしれないと一瞬そう思ったことがあった。
しかし、
(いやいや、釣り合わないって)
と自分のことは棚に上げて笑いながら首を振って打ち消した。
*****
「ミーン、ミーン、ミ~」
「ミーン、ミーン、ミ~」
(いつの間にか寝てたか…それにしてもセミ増えてないか?)
そんなヨダレをたらしながら、まだウトウトしているところに自宅の電話が鳴った。
「はい、佐竹ですけど」
と俺が言い終わらない内に電話口からハイテンションな声で
「やっぱりいたよー、超ヒマ人!」
と聞き慣れた声で、見ていたかのように電話の主は言った。
真美だ。
「うるせーな、受験勉強してたんだよ!」
と俺は強がると、
「まあ、そーゆーことにしといてやるか。」
と真美は電話でもニヤけてるのがわかるくらい楽しそうに言った。
続けて真美は
「お忙しいとこ悪いんですけど、今日の夜お時間ありますか?」
とこれまた楽しそうに敬語とは裏腹の小馬鹿にした口調で俺に尋ねた。
「別に大丈夫だけど。」
と高鳴る高揚感を極限まで抑えて、できるだけ素っ気ない芝居をして答えた。
真美はそんな三文芝居はスルーしてこう続けた。
「なんか天気予報によると明日の朝まで曇一つない天気らしいから、久しぶりに海岸に星でも見に行く?誰かさんは昨日の綺麗な星も涙でかすんで見えなかったろうからさ。」
全く一言余計だが、面倒なのでそこはスルーして
「わかった、勉強の息抜きに行ってみるか。」
と俺はくだらない三文芝居を続けた。
その後、時間と待ち合わせ場所を決めて電話を切った。
俺は野球を失ってぽっかり空いた心が急速に埋められていくのを感じていた。
そして俺は一番大事なものが野球ではないことが、この時はっきりわかった。
(今日の夜、十年続けた三文芝居をやめて素直な真美への想いをつたえよう。)
そう心に誓い、今日の夜に備えて、一生懸命ブラックホールに吸い込まれた塵をかき集めて自分を励ましていた。
しかし、このあと夜の海岸で予想外の出来事が待ち受けているのを、この時の俺は知るよしもなかった…
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