18話 お部屋でお茶の時間
ひとまず部屋に戻って手足を洗った後、改めてパトラをお部屋に迎えてお茶を飲むことになった。
ナジャが準備してくれたのは甘めのお茶と、さっぱりしたクッキー。……あらら、あなたも食べたいのね。分かりやすくて助かるわ、ええ。
「ナジャ、あなたもお茶になさいな。お菓子美味しそう、って目が言ってるわよ」
「うは、バレました?」
「顔に出てますよー」
ほら、パトラにも分かるくらいはっきりしてるのよね、あなた。
まあ、いくら空気が変とはいえ、さすがにお屋敷の中では大丈夫でしょう。いざとなったら、私かナジャのどちらかが壁を破ることになるけれど。
「お代わりくらいは自分で淹れられるから、大丈夫よ」
「分かりましたあ。では、控えの間にいますので」
「パトラ様もごゆっくり、ですー」
「はーい」
相変わらず空気を読まない感じの挨拶を残して、ナジャは部屋を出ていった。正確に言えば、控えの間に引っ込んだのだけれど。まあ、1人でお茶とお菓子をのんびり楽しんでちょうだい。
それから私とパトラは、本当にしょうもない話をいろいろした。私のパワーとか、パトラにでれでれする親馬鹿なクロード様のご様子とか。
それで、ふと私は気になったことを口にした。パトラが、どこから来られたのか。
「パトラは、閣下に引き取られるまでどこで暮らしていらっしゃったの?」
「え」
彼女からしたら、突然の質問だったわね。一瞬目を丸くして、そうして私をじっと見つめる。……まずいことを、尋ねてしまったかしら。
「あ、あの、思い出したくなかったらいいのよ。ごめんなさい」
「いえ、いいんですよう。お屋敷での生活があんまり楽しくって、すっかり忘れちゃってただけです」
私が慌てて謝ったら、パトラは笑顔になってふるふると首を振った。黒い髪がさらさらと揺れて、とても綺麗だと思う。
「でも、それなりに幸せだったんですよ? 街外れの小さな家に住んでて、時々森に薬草摘みに行ってお薬とか作ったりしたんです」
「それは、お母様が?」
「え、あ、はいそうです」
そうなのか、と感心する。
確かに森の薬草と、そこから生み出された薬は街の民にとって重要なものよね。正直、我がエンドリュースも馴染みの薬屋がいるし。
アルセイム様のように癒やしの術を心得た魔術師もいらっしゃるけれど、薬屋に比べたらその数は少ないわ。薬の調合は勉強すればある程度はできるようになるけれど、魔術師になるには素質が必要だし。……アルセイム様は、やはりすごいお方ね。
そんなことを考えている間にも、パトラの話は続いていた。いけないわね、ちゃんと聞いてあげなくちゃ。
「多分、お父様と出会ったのもできたお薬売ってたときだと思うんですよー。この辺はお母様、照れくさかったのかあんまり詳しく話してくれませんでしたし」
「まあ、そうなのね」
「それで、お母様が亡くなったのをどこで聞いたのかは分かんないんですけど、迎えに来てくれたんです。えへ」
「そうだったの……」
……お母様、か。
私のお母様が亡くなられた時を、少しだけ思い出してみる。……泣けなかったわね。泣くのはお父様が静かに、お兄様が顔をグシャグシャにされておられたから。
エンドリュースの女は強いから、泣いては駄目なんて思ったのかもしれないけれど。
「レイクーリアお姉様も、お母様亡くされてるんですよね。寂しくなかったですか?」
今度は、私がパトラに尋ねられた。寂しくなかったか……ね。
「私はお父様やお兄様がいるから、寂しくはなかったけど……でも、悲しかったわね」
泣けないけれど、悲しかった。それまでお屋敷にいた人が、ある日を境にいなくなる。それも、永遠に。
「やっぱり、今までそばにいた方がどこを探してもいなくなる、っていうのはね……」
「ですねえ」
パトラと、2人で頷き合う。それから、ふと思い出して言葉にした。
「だから、ジェシカ様にも回復していただきたいわね。アルセイム様は、お父様も亡くしておられるから」
「そうですね」
ジェシカ様だって、そりゃいつかはいなくなられるけれど。でも、まだその時期ではないはずなのだから。
お元気になられて、アルセイム様とご一緒に街に出られて楽しくなさることができれば、その方がいいに決まってるじゃない。
それから私とパトラは、何となく寄り添って過ごした。お茶が冷めるのも、構わずに。
「ジェシカ伯母様と、アルセイムお兄様と、レイクーリアお姉様。皆がいてくれれば、わたしはそれでいいです」
パトラのそんな声が聞こえた気がしたけど、夢、かしら。
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