13話 まあ想像はついたけれど
さて。
スリーク伯爵ご夫妻が、慌ただしくグランデリアのお屋敷を訪ねてこられてから15日が過ぎた今日。
私はアルセイム様と共に、少し離れた街の見学に行く予定でお屋敷を出た。街の入口までは馬車で、そこからは徒歩でゆっくりと見て回っていた、のだけれど。
現在私とアルセイム様、それぞれの侍従であるナジャとトレイスの周りには、分かりやすく何処かの盗賊風な方々がおられる。数は……15人。まあまあですわね。
「……本当に来たね、レイクーリア」
「エンドリュースの一族、特に女にはよくあることですわ。ご心配なく」
「ほんっと。ベタすぎてどーしよーですねえ、主様」
「……」
アルセイム様とトレイスは、さすがに呆れ顔。ナジャはつまらなそうに周囲を見渡している。多分、私も彼女と同じような表情なのでしょうね。
いえ、だってお母様がお父様に見初められたきっかけの盗賊団、20人は越えてたそうですもの。
そもそもお話は、伯爵ご夫妻がお屋敷を辞退された直後に遡る。私はこのような状況を予見して、クロード様にお願い申し上げたのよね。
「公爵閣下。ひとつ、お願いをしてよろしいですか」
「アルセイムじゃなくて俺か。まあ、俺にできることであれば何なりと」
私がアルセイム様ではなくクロード様にお願い、ということでクロード様は少し驚かれたようだったけれど、公爵家のご当主にお願いすべきことだと思ったから。
「お屋敷周辺の警護を、密にしていただきたいのです。ああいった方は大概、私が外に出る機会を心待ちにしていらっしゃいますから」
「ふむ」
少々言葉を選んでのお願いだったのだけれど、クロード様はすぐにその意味を汲み取ってくださった。さすがは公爵閣下、ですわ。
「面倒な連中を使って待ち伏せしてる、ってことか。確かに姉上ならやりかねんか……その連中、こちらで叩きのめした方がいいか?」
「そうですね。公爵邸の警護を任された方々のお力を、領民に示すチャンスですし……ですが」
正直に、自分の気持ちを示すことにする。携えていたメイスを胸の前で掲げて、にっこり笑ってみせながら私は、それでもやっぱり言葉を選んでいた。
「たまには私も、龍神様のメイスの御威光を示したいですわ」
「分かった。確かに、そこら辺の手配は俺でなきゃおかしいだろうな」
やはりクロード様はあっさりとご理解くださった。それから、アルセイム様の方に視線を向けられる。
「外に出る機会があったら、アルセイムと一緒に行けばいい。トレイスもついているし、もし何かあっても怪我を治すのは得意だぞ」
「そうですね……レイクーリアの肌に何かあったら、俺もタダではおきません」
「そんなことされたら、アルセイム様より先に私が本気出しますけど!」
あら。アルセイム様、戦に関してはからっきしなのに。いえ、それが悪いわけではないのよ。その代わりに聡明な頭脳と優しさをお持ちで、そこに私は惹かれたのだから。
第一腕っ節であれば私と、それから今目の前で気合を入れているナジャがいるのだから全く問題はないもの。
「それよりも、アルセイム様に傷の一つでもつけたりされたら私が許せませんわ」
「……その時はお手伝いします、レイクーリア様」
そうして私も軽く拳を握ったのだけれど、そこにトレイスが同調してくれた。そうね、アルセイム様の侍従ですもの。もちろん手伝ってもらうわよ。
「あーもう、アルセイムお兄様とレイクーリアお姉様、ほんっとラブラブですのねー!」
「え」
あ、忘れてた。パトラもいましたのね。と言いますか、ラブラブって……と顔を赤く仕掛けたところで、アルセイム様がきっぱりと言ってのけられた。
「当たり前じゃないか。レイクーリアは俺の妻にふさわしい、素晴らしい女性なんだから」
「え、あ、あ」
あのあのあの、そう手放しで褒められると私、言葉がうまく出ませんわ。どどどどうしましょう、ここが公爵邸でなければ近くの壁をぶん殴って落ち着いたのだけれど。
「……アルセイムお兄様の方がベタ惚れ、というやつですの?」
「いえいえ、主様だって負けちゃいませんよー!」
「いやまあ、婚約者同士なんだし仲が悪いよりは良いほうが良いに決まってんだが」
そんな私と、ぽかんとしたアルセイム様とトレイスを放っておいてパトラとナジャ、そしてクロード様は楽しそうな会話をしばらく続けた。勘弁して欲しいわ、もう。
まあ、そういった会話は横に置いておこう。
「姉上も、いい加減に諦めて欲しいもんなんだがなあ……」
そういう、クロード様の叶わないであろう願いは当然叶わなかったわけで。
私たちは街の外れ、あまり人のいない寂しい場所に皆様を誘導したのである。だって、住民に迷惑がかかるのはアルセイム様の評判にも関わるから。
「アルセイム様は下がってお待ち下さいな。あれらの目的はこの私、でございましょうから」
「ああ。俺が出ても足手まといなのは分かっているからね」
盗賊の皆様をあんまりお待たせしても面倒なので、この中で一番お力のないアルセイム様には下がっていただく。一番力があるのは多分ナジャなのだけれど、彼女がうっかり全力を出したりしてはおおごとになるから、私が出ますわね。
「でも、トレイスなら役には立つはずだ。頼むよ」
「は。小者はお任せくださいませ」
「それは助かりますわ」
トレイスの加勢は、本当に助かる。確かに、今の私では1人でこの人数を相手にするのは少々無理かもしれない。単純に、相手の手が多いだけなのだけれど。これ以上の人数をお1人で片付けられたお母様のお手並みに、私は近づけるのかしら。
そうしてもうひとつ、大切な任務を私は私の侍女に与えた。
「ナジャ」
「はあい、アルセイム様の守りはおまかせくださいましねー」
「ありがとう」
私より強いであろう、彼女にアルセイム様を守ってもらえる。これで、私は遠慮なく龍神様のメイスを振り回すことができるわ。
「さて。お待たせいたしましたわね、皆様」
満面の笑みを浮かべながら、私は一歩踏み出した。あら、どうして皆様、後ずさるのかしら。私たちを取り囲んで、これからお仕事なのでしょうに。
「我が名はレイクーリア。エンドリュース男爵家の娘として生を受け、グランデリア公爵家に望まれて嫁ぐ者。龍神様のご加護を受ける者」
ただし、そのお仕事を遂行できるかどうかは、分からないわよね。何しろ相手は、この私なのだから。
「それでもよければ、かかっておいでなさいな」
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