11話 本当に面倒なお客人
「何事ですか、叔父上」
呆れたような声が聞こえた。うわあ、とナジャが顔を押さえている。正直、私も頭を抱えたくなった。ここが他人様の前でなければ、速攻声の主を奥に引っ張っていくところよ。
「……スリーク伯爵、叔母上。あなた方でしたか」
「アルセイム、トレイス!」
トレイスを一歩後ろに付けて、アルセイム様が本当に呆れ顔をしながらこちらに歩いてこられた。
トレイスが無表情っぽいけれど、実はうんざりしてるのが何となく分かるわね。何しろミリア様、アルセイム様のお名前を呼ぶよりもトレイスの名前を呼んだときのほうが嬉しそうなんですもの。……隣に夫である伯爵がおられるのに。
その伯爵を放ったまま、ミリア様はするするとトレイスに擦り寄った。分かりやすく、彼の表情が嫌がるものに変わる。使用人というのは大変ね、なんて言っている場合ではないわ。
というか、今通り抜けたミリア様のお身体から漂ってきた匂い? 厚化粧の上に香水が強すぎて、気持ち悪いわね。クロード様もナジャも顔をしかめているし……伯爵、お鼻が慣れてしまわれたのかしら。
「ねえトレイス、あなたからも言い聞かせてちょうだい。アルセイムには男爵家の娘より、王家にもつながる伯爵家の娘のほうがふさわしいって」
「申し訳ありませんが、離れてくださいミリア様。化粧品と香水の匂いが、きつすぎます」
「ま」
さすがのトレイスも、反撃せずにはいられなかったみたいね。気持ちは分かるわ、ええ。さすがにあの匂いは下品ですもの。アルセイム様がお顔を引きつらせているのが、ミリア様には見えないのかしらね。
まあ、彼女にはそんなことより、トレイスが反撃したほうが重要みたいだけれど。ああ、またお顔にシワが増えますわよ。
「失礼な! たかが使用人ごときが、私にそのような口を聞いてもいいと」
「では公爵家の一員である甥から申し上げますが、正直その匂いは強すぎますよ。叔母上」
「公爵家の当主からも言っておいたほうがいいですかね? 姉上」
でもまあ、私が口を挟む前にアルセイム様とクロード様が入られたから、ここは良しとしよう。考えてみれば、私が何かを言ったところで男爵家の娘がどうの、とおっしゃるでしょうし。
「ななな何よあなたたち!」
「も、もういい加減にしなさい、ミリア。あんまりやらかすと、カルメアがかわいそうじゃないか」
「私は、そのカルメアのために来ているんですのよ?」
更に反撃なさろうとしたミリア様を、さすがに伯爵がお止めになった。ふむ、伯爵家のご令嬢はカルメア様とおっしゃるのね。覚えておきましょう、ナジャ。
……あら、おかしいわね。そう思ったことを、ナジャが代わりに尋ねてくれた。
「そう言えば、そのカルメア様はおいでじゃないんですか?」
「アルセイムにお熱でね、ベッドから起き上がれないのよ」
「風邪引いただけじゃないか……ああ、医師と使用人がついてくれていますからその点は」
「お帰りくださいませ」
ここは、考えるより先に私の口が動いた。全員の視線がこちらに向くけれど、それはそれで構わない。私の言葉を、聞いていただきたいものね。
この2人は、娘を持つ父と母であるはずだ。それなのに。
「なっ」
「私の父や兄は、私が指先をほんの少し怪我しただけでも心配していたわってくれました。熱を出して寝込んだときなどは、仕事で忙しい父の代わりに兄がついていてくれたこともございます」
お母様がご存命だった頃は、ずっとついていてくださった。エンドリュースの娘だから力は強いけれど、それでも怪我をしたりすることはあるし病に強いわけではないのよ。ナジャが側付きになってからは、それもすっかり少なくなったけれど、ね。
「それを、何でしょう。いくら医師と使用人がついているからといって、お仕事でもないのに我が子をほったらかしにして奥様のご実家まで押しかけるというのは、貴族でなくとも問題ではありませんの?」
「この小娘……ぎゃっ!」
ミリア、というか細い伯爵のお声が彼女を止められるわけではない。ミリア様が思わず振り上げて来た拳を、私はメイスで受け止めた。あら、痛そうね。特に雷が出たわけでもないけれど、単純に堅いからかしら。
「ミリア、大丈夫か!」
「あなた! こ、この小娘を何とかして!」
「姉上……エンドリュースのご令嬢相手に、無茶しないでくださいよ」
床に転がったミリア様が喚くのを伯爵が抑え、クロード様が本気で呆れ顔になられる。アルセイム様はと言うと。
「すまない、レイクーリア。大丈夫か?」
「私は平気ですわ。それより、トレイスにミリア様の匂いが移ってませんかしら」
「後で服を取り替えます」
ああ、アルセイム様。こんな時でも私を案じてくださるなんて本当に優しいお方で、レイクーリアは嬉しいです。……何面白そうな顔して見てるのよ、ナジャ。
そして、面白そうな顔になったのはナジャだけじゃなくて、クロード様もだった。
「姉上。何度も言いますが、レイクーリアはアルセイムが選んだ女性です。その選択に文句つけたいなら、グランデリアとエンドリュースをまとめて敵に回すことになりますが」
「なんですって……偉そうに」
「偉いんですよ、俺は。公爵家の当主ですから」
……一度言ってみたい気もするわね、その言葉。
クロード様のお言葉を聞かれて、ミリア様はひっと顔を引きつらせながら立ち上がられた。慌ててそのお身体を支えられた伯爵とともに、ジタバタと扉の方へ逃げていかれる。
「お、覚えてなさいよ小娘え!」
「済まなかった、この話はまた後日!」
陳腐な悪役でも口にしないような台詞とともに、スリーク伯爵ご夫妻は扉の向こうに消えられた。あーあ、使用人たちがうわあ、変なものを見たという顔を全員揃ってしているわ。
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