10話 何か面倒なお客人

 ブランドの案内で、ナジャを連れて玄関へと向かう。もちろん、龍神様のメイスはいつでも振るえるように持ち歩いているわ。

 玄関ホールがまだ見えないのに、やたら激しい声が響いてきた。そこそこお年を召された方のお声で……はしたない、と思う。


「いい加減になさいな、クロード。エンドリュースの娘がアルセイムに嫁げるのなら、うちの娘だって行けるでしょうに!」

「姉上、ですからそれは、アルセイムが嫌だと」

「今のグランデリア公爵はお前でしょうが! 2年もかかって、まだ押し通せないの!」

「み、ミリア。もう少し声を落として……」

「旦那様も旦那様ですわ。もっと押していかないと、それだからグランデリアの名も継げなかったのですよ!」


 ……ある意味、大変に分かりやすくてうらやましいことである。屋敷の空気もここまで分かりやすければ、メイスを振るいやすいのに。

 そんなことを考えていたら、ブランドが声の主を教えてくれた。


「スリーク伯爵と、夫人のミリア様ですね。旦那様の実の姉上、になります」

「……なるほど」


 そうすると、あのはしたない大声を出しておられるのがクロード様の姉君で、確か。


「先代閣下の、腹違いの妹君ということでしたが」

「はい。……今の旦那様とミリア様は、先々代様の第2夫人をお母上にお持ちです」

「先代閣下は第1夫人のご子息でしたわね」

「はい」


 先代の閣下が第1夫人のご子息、クロード様とあの……ミリア様、が第2夫人のお子様。……クロード様はともかく、ミリア様はよそのお家に嫁がれたのだから、わざわざご実家の方に口を挟みに来なくてもいいのに。

 ひとまず、ミリア様のあのお声はいい加減耳に痛いので、少しおとなしくしていただこう。


「ごきげんよう」


 意図的に声を張り上げながら、玄関ホールに進み出る。クロード様があ、助かったという顔をしてこちらを向かれたのが、ちょっとおかしい。

 その前で派手目のドレスを纏って仁王立ちをしておられるのが、ミリア様だろう。クロード様と同じ、赤みがかった金の髪をきっちりと巻いておられる。

 彼女の隣りにいる、どこか気弱そうな殿方がスリーク伯爵、ということね。……グランデリア公爵位を継ぐ、なんて大事を口にできるような方ではないわ。ミリア様が背中を押した、というか蹴飛ばしたのね。多分。

 まあ、そんなことはどうでもいい。私はそのままクロード様の隣まで進み出ると、失礼のないように頭を下げた。


「エンドリュース男爵が娘、レイクーリアにございます。行儀見習にてこちらにお世話になっておりますわ」

「ほ、ほほう。そなたが、エンドリュースの……」


 家の名を口にしただけで、そこまでお顔を引きつらせなくてもいいと思うのですけれど。第一私の実家は男爵家、あなたは伯爵家。地位で言うならば、あなたのほうが上でしょうに。


「スリーク伯爵様、でいらっしゃいましたか? 他家を訪れるにしては酷く落ち着かないご様子ですけれど、いかがなさいましたのかしら」

「他家、ではないわ。れっきとした、私の実家よ」

「ミリア様、でいらっしゃいますね。その、ご自身の実家だからといってあられもない声をおあげになるのは、さすがにいかがなものかと」

「ま」


 私は伯爵に話しかけたのに、答えられたのはミリア様。ああ、スリーク伯爵家はミリア様が実験を握っていらっしゃるようですわね。公爵家から嫁いだ奥方様だから、という見方もあるでしょうが。


「たかが行儀見習で入り込んだ男爵の娘の分際で! 私は公爵の娘で、王家にもつながる伯爵家の妻なのですよ」

「それは別に構いませんが」


 本当にそうだったみたい。ああ、ここがアルセイム様のおられるお屋敷の中でなければ、私は今手の中にあるこのメイスを全力で振り回していたのに。

 ここで使わない理由ですか。アルセイム様のお屋敷にあるものが壊れたら、アルセイム様がお困りになるじゃないですか。それだけですわ、ええ。


「そもそも何の御用でおいでになられたのですか? 私といたしましては、公爵閣下の姉君ご夫妻が来られたということで、ご挨拶しようと思っただけなのですが」

「公爵閣下。はっ、外でフラフラしてたクロードが今や閣下、ですって。いいご身分ね」


 それはそうでしょう。何しろ公爵閣下、ですもの。いいご身分ですわ。……あら、違ったかしら。

 まあ、言葉にはしていないので良いことにしましょう。ミリア様がまだ、お言葉を続けておられるようだし。


「それより、レイクーリアだったわね。あなたからも、アルセイムを説得してくださらないかしら」

「何を、ですか?」

「うちにはあの子より3つ下の娘がいるの。男爵家よりも、王家の縁戚である伯爵家の娘のほうがあの子にはお似合いじゃなくて?」

「は?」


 今の声は私じゃなくて、ナジャ。ああ、駄目よ。私が暴れても危ないのに、あなたが暴れたらもっと酷いことになるじゃないの。グランデリアのお屋敷が水に沈んだら、大事だわ。


「ナジャ、控えなさい」

「あ、はあい」

「お言葉を返すようですが、ミリア様。嫁いだ先からご実家にお戻りになった、その玄関ではしたない大声を張り上げておられるお母様を持つ娘が公爵家の嫁には、さすがに似合わないと思うのですが」

「な」

「ほらあ、ミリア……」

「姉上……」


 ……ああ、こんなところにアルセイム様がおられなくてよかったわ。クロード様もスリーク伯爵も、なんて情けない顔していらっしゃるのかしら。許されるならばこう、頬をばっちんばっちんとひっぱたきたいところなのだけれど。

 それと、そこで顔を思いっきり歪めておられるミリア様。お口元と眉間に、シワが固まりますわよ?

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