8話 やはり空気はおかしいの?
手早く室内を見て回った後、アルセイム様のご案内を受けてジェシカ様のお部屋を訪ねた。私のために用意された部屋と同じく日当たりはいいのだけれど、そのくせどこか沈んだような空気に満たされている。なぜかしら。
「母上。レイクーリアが、来てくれました」
「……まあ、ほんとに?」
「ジェシカ様、お久しゅうございます」
アルセイム様のお声がけに応じて、ジェシカ様が付き添いらしい侍女に上体を起こされた。最後にお会いしたのは……確か、先代閣下のご葬儀のときでしたかしら。あの時よりすっかりお痩せになられた……というか、おやつれになられているわ。何てこと。
と、ともかくご挨拶をしなくてはね。
「まあ……相変わらず元気そうで何よりね。ご当主も兄君も、お元気でいらっしゃるかしら」
「はい。ジェシカ様は、お加減はいかがですか」
「見ての通り、なかなか起きられなくてね」
力なく微笑まれるジェシカ様に近寄って、その手を取る。かなりほっそりして、肉が落ちているようだ。かなり、お体の調子が悪いのだろう。
「パトラがね、よく様子を見てくれているの。でも歳なんでしょうね、回復が遅くて」
「田舎の別荘に移ったほうが良い、と何度も申し上げているんだがね」
「暮らすなら、旦那様と過ごしたこの家が良いわ」
パトラ。そうか、あの子はきちんとジェシカ様の事を見てくれているんだ。悪い子ではない、と言うのはわかったわ。
そうして、アルセイム様のお言葉もジェシカ様のお答えも、理解はできた。田舎の、空気も水も良いところで過ごされた方がきっとジェシカ様のお身体には良いだろうし、先代閣下と過ごされたお屋敷にいたいというお気持ちも。
「お気持ち、わかります……分かるつもり、です」
「そうね。アルセイム、あなたが私のような状況になっちゃってレイクーリアと離れて暮らせ、と言われたらどうするかしら」
「それは嫌ですね」
「早っ」
例によって空気を読まないナジャの一言。とは言え、確かに今のアルセイム様のお返事は早すぎる、と私も思ったけれど。
けれど、今の一言でジェシカ様がはっと目を見張られた。あら、もしかしてナジャに気づかれていなかった、とか。
「あら。ナジャ……あなたも、レイクーリアと一緒に?」
「はい、もちろん。レイクーリア様は私の主様ですから」
「そう、そうね」
その通りだったようね。ナジャとはジェシカ様も、先代閣下も面識があるから、こうやってグランデリアのお屋敷に連れてくるのに一番問題は無かったのよね。さすがに、正体までは明かしていないのだけれど。
あまり長く起きていられるとお疲れになるということで、早々にジェシカ様のお部屋を辞した。自室になる部屋に戻ったところで、アルセイム様が「……レイクーリア」と改まったように私の名を呼んできた。
「何か問題が起きたら、ちゃんと言って欲しい。父上が亡くなってから母上はずっと臥せっておいでだし、正直屋敷の空気もあまり良くはないんだろう?」
「え」
良くないのだろう。変な言い方だ、と思う。もしかして、アルセイム様にはこの空気は分からないのでしょうか。……そうなのね、きっと。
「僕自身にも、屋敷の中で何が起きているのかは分からない。分からないけれど、何だか嫌な感じはする。叔父上が原因とは、とても思えないけれどね」
「……公爵閣下は、良いお方だと私も思います」
「うん。パトラも優しい子だし、屋敷全体の居心地は良いんだ。良いはずなんだ」
確かに。クロード様もパトラも悪い方にはとても思えないし、それで居心地が悪くなるはずはない。なのに、何だろう。この空気、は。
「アルセイム様」
外から来た私にしか分からないのならば、なすべきことはひとつね。そう思って私は、アルセイム様に向き直る。ずっと握りしめたままの、龍神様のメイスを持ち直して。
「何ぞありましたら、このレイクーリアにお任せくださいませ。仮にもエンドリュースの娘、何とかなりますわ!」
「ありがとう。君のそういうところが、僕は好きだよ」
……どうしてアルセイム様は、そのような台詞をあっさりと口になさるのでしょうか。こちらの顔が、赤くなりますわ。
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