3話 可愛い侍女と荷物作り
「
「そうね」
自分の部屋で、グランデリアに持っていく荷物をまとめている。もちろん1人ではなくて、私付きの侍女であるナジャも一緒だ。
大きなかばんに1ヶ月分くらいのドレスや寝間着などを詰め込んで、ナジャはほいほいと部屋の入口までそれを運んでいく。私よりずっと小柄で細身の身体にしては力持ちだけど、この点は私もうるさいことは言えない。
「長くなるようなら、また送ってもらえばいいでしょう。こちらの家に私の消息を知らせる口実にもなるし」
「なるほど、そうですね。旦那様も若様も、主様のことは絶対お気になさるはずですもんねっ」
「グランデリアのお屋敷を傷つけないよう、気をつけなくてはね」
2人でそんな会話を交わしつつ、化粧品などをまとめていく。これは向こうへの道行きでも使うものを最小限、手元に置いておかなければいけないわね。公爵閣下のお屋敷に上がるのに、みすぼらしい顔は見せられないもの。
……そうだわ。ちゃんと言っていなかったはずだから、今言っておきましょう。
「お父様から、ナジャは連れて行って良いとお許しを頂いてるわ。グランデリアに行ってもよろしくね」
「はい、それはもちろんです。私は主様のものですし、主様か私でなければ龍神のメイスは扱えませんもん」
少々誤解されそうな言い回しを交えて、ナジャは私の言葉に頷いてくれた。ふわふわしたセミロングの髪は青みがかっていて、たまに頬ずりとかしてみると上質のぬいぐるみのようで触り心地がとても良い。アルセイム様にも触ってもらったら、笑ってくださるかしら。
それに、彼女が言った通り。私かナジャでなければ、龍女王様より拝領した龍神様のメイスは扱うことができない。手に触れることすらできず、弾き飛ばされたり雷のような衝撃を受けたりするらしい。私はそうならないから、それがどれだけ痛いのかは分からないんだけど。
「それにしても……グランデリアもやっぱり、エンドリュースの血が欲しいんですかねえ」
そのメイスが収められた木箱を手にして、ナジャがぽつんと呟いた。その言葉が気になって、私は彼女に問いかける。
「あら。アルセイム様との婚約って、やっぱりそこなのかしら?」
「じゃないですか? 特に主様は、エンドリュースの家に久方ぶりに生まれた女のお子様ですし」
「お父様は、グランデリアの先代様と何やらお約束をなさっていたようだけど」
「まあ、そうでもなければ公爵家に男爵家の娘を輿入れさせるの、面倒なんじゃないですかね? 公爵家のご子息なら、そりゃもうあちこちのお家から申し込みが殺到するでしょうし」
「そうね……」
ああ、そう言えばそうなんだと気がついた。グランデリアほどのお家柄ならば、それこそ近隣諸国の王族からすら輿入れの打診があってもおかしくないのだ。それを、アルセイム様の奥方には私、とお互いが幼い頃に取り決められた、約束の意味。
エンドリュースの血、であれば納得は行く。正確に言えば、エンドリュースに流れる龍の血、だ。
エンドリュース家に限らず、この世界の人間には程度の差はあれ龍神様の血が混じっている、と言われている。遠い遠い昔、龍神様が人と交わった結果だと伝えられているが、詳細は定かではない。
そして、混じった血は時に強い力を発することがある。時に、なのは本当に時たま、だからだ。魔術師として大成したり、剣を極めて剣王などと呼ばれたりしたものは例外なく、龍の血が力を発揮した証と言われている。
さて、我がエンドリュース家。そこまで極端に現れるわけではないのだけれど、特に女性が強かったり男性が強い女性を伴侶として引き寄せたりする、というのは龍の血のなせる技、らしい。そんなこと言われても、ねえ。
けれど、常時龍の血の力が現れている、というのは近隣王侯貴族の皆々様には重要な事らしい。我が家の場合、領地内に龍女王様が眠っておられる湖があるのだから、そのご加護ってだけかもしれないのに。
でもまあ、それでアルセイム様と婚約できたのならばそれもいいかな、と少々不謹慎なことを思ってしまった。ナジャからメイスの箱を手渡されて、少し顔が緩んでしまうのも無理はないだろう。
「大丈夫ですよ、主様」
そのナジャはほんわりと脳天気に笑って、頷いてくれた。多分、私の考えていることはお見通しなのでしょうね、彼女ならば。
「エンドリュースの娘と婚約済み、ならどこの貴族も手は出しませんよ。物理的にぶっ飛ばされるのはいやでしょうし」
「あなたみたいに?」
「はい、それはもう」
物理的にって、そんなはしたないことは必要がなければしない。そう思いつつ答えてみせると、ナジャは可愛い顔をひきつらせた。あら、そんなにあなたをぶっ飛ばしたときの私が怖かったのかしら。困ったわね……まあ、いいか。
「……主様」
「なあに?」
「なんでもございませんっあの時は私が悪うございましたっ!」
「分かればいいのよ。いくら龍の子だからって、派手に水遊びをしすぎだったもの」
「本当に済みませんでしたあ!」
あらあら、必死に頭を下げちゃって。いいのよ、そこまで反省してくれたんだから。
とは言え、龍女王様の一人娘で、川を氾濫させて私にぶっ飛ばされた幼い龍は、その罰として私の侍女兼守りをしてくれている。いずれ領地の外に出るであろうエンドリュースの娘に守りを着けてくださった龍女王様には、私はとても頭が上がらないわ。
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