2話 出会いはある日突然に

 私がアルセイム様と初めてお会いしたのは、私が4歳の頃だった。両親とお兄様と共に、グランデリアのお屋敷をお訪ねしたときのことである。エンドリュース領からは少し離れていたから、私は旅行だってとっても楽しんでいた記憶がある。

 アルセイム様は私より2つ年上だから、当時は6歳だったことになるかしら。わざわざ玄関までご一家揃ってお出迎えくださった時が、初対面だった。


「閣下、この度はお招きありがとうございます」

「そんな堅苦しい呼び方はしないでほしいな、ユースタス。それだと私も、君のことをエンドリュース卿と呼ばねばならなくなる」

「それが当たり前のことでございましょうが」

「人前ならともかく、自分の家でそれは嫌だなあ」


 お父様への言葉遣いが妙に砕けているこの方が、アルセイム様のお父上である当時のグランデリア公爵閣下だ。名前を呼ばれてお父様が何だか困ったような顔をしているのを、今でもよく覚えている。お母様と顔を合わせて、ちょっとだけ笑ったことも。


「まあまあ。お2人とも、気遣いのないお話はお屋敷の中でなさいませ。閣下、ジェシカ様、お久しゅうございます」

「おお。メルティア、相変わらず元気そうだね」

「本当に。また、楽しいお話を聞かせてくださいね」

「はい、もちろん。お会い出来ていない間にいくつか、お話ができましたのよ」


 お父上である公爵閣下から一歩引いたところで、アルセイム様はお母上であるジェシカ様に手を引かれておられた。ジェシカ様にとてもよく似た麦の穂のような金色の髪が爽やかに見えて、私は一瞬ならず目を奪われたものだ。


「おっと。こちらが息子のウォルター、こちらが娘のレイクーリアです」

「ウォルターです。グランデリア公爵閣下には、お初にお目にかかります」

「あ……れ、レイクーリアです。おはつにおめにかかりますっ」


 お父様に名を呼ばれて、慌ててお兄様の真似をしてご挨拶をする。お母様がこうやると可愛いわよ、とおっしゃっていたように水色のドレスをちょっとつまんで、頭を下げた。


「おお、さすがはエンドリュースのお子たちだ。どちらも聡明そうで、良い跡継ぎになりそうですな」

「まあ、あなたったら。アルセイムもとても良い子なのですよ」

「もちろん、分かっているよ」


 公爵家のご当主様がそう言ってお褒めくださったのは、とても嬉しかった。

 何しろグランデリア公爵家といえば、我が国の王家に連なる名家。そのご当主様にお褒めいただけるなんてもう、生きていてそうそうあることではないからだ。

 ……幼い私は気にならなかったのだけれど、どうしてそんな名家と一応貴族とは言え男爵位でしかない我がエンドリュース家が縁をつなぐことになったのか。お父様もお母様も、昔にできたご縁だよとしかおっしゃってくださらなかったので、今でも私は詳しいことは知らないでいる。


「さ、アルセイム、ご挨拶なさい」

「は、はい」


 ジェシカ様に促されて、アルセイム様が数歩踏み出してきた。その歩き方もそれは優雅なもので、私はずっとそのお姿を見ていた……と思う。後でお兄様が、見とれていたねと苦笑してきたから間違いないだろう。


「アルセイムです。初めまして、エンドリュース卿」

「初めまして、アルセイム殿。エンドリュース男爵ユースタスと申します、どうぞよしなに」


 アルセイム様とお父様が、略式ながらもきちんとした挨拶を交わす。それからお父様は、公爵閣下に視線を戻された。


「良い跡継ぎ殿ですな」

「少々気弱なのが困り者だがね」


 気が弱いのかしら。お兄様とちょっと似ていらっしゃるかも、とその短い会話を聞いて、私はそう思った。けれどそれは、私にとってはマイナス材料にはならない。何しろ当時の私は子供だったし、アルセイム様はあまりにもキラキラしていらっしゃったから。

 そうして私は、エンドリュースの女としては至極当たり前の結論に達した。つまり。


 少々気弱な殿方ならば、私がお守りして差し上げなくては。


 要するに、幼いながらに私、レイクーリアはアルセイム様に心を奪われたわけである。グランデリア公爵ご夫妻も、もちろん我が両親もそれが目的だったらしいのだけれど。

 そんなわけで、私とアルセイム様の婚約はトントン拍子で進められた。この国での成人は18歳だから、アルセイム様がそのお年になったところで正式な婚約を交わし、輿入れの日取りを決める手はずにもなっていた。

 そうして私はアルセイム様をお守りするために、己を鍛え上げることにした。礼儀作法はもちろん、文字の読み書きや簡単な計算も、お兄様について一緒に勉強した。もっとも。


「レイクーリアは、メルティアにそっくりだなあ」


 そうお父様に感心されたのは、我が屋敷にこっそり入り込もうとした盗賊を私が叩きのめしたときだったかしら。12歳になっていた私は、既にお兄様よりも腕の力では強くなっていたもの。

 そこからますます力を得て、私はアルセイム様の元に嫁ぐ日を夢見ていたのだ。2年前、知らせがあったあの日まで。


 先代のグランデリア公爵様が、突然の事故で身罷られた。奥方様も大きな怪我をされて伏せるようになられ、人前に出られることもなくなった。

 そうして嫡子たるアルセイム様はまだ成人の儀を迎えておられなかったため、代わりに暫定措置として先代の弟君であるクロード様が爵位を継がれた。

 その折に、一旦婚約話は沙汰止みということになった。いや、お父様やお兄様のお話からすれば一時凍結、ということだったのだけれど。

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