episode2 僕は優秀なので

「僕は優秀なので依頼は選ぶ方なんです」

 そう豪語するアルの受ける仕事はとても過酷なものであった。

 ……彼を護衛する者にとっては。


 今二人が向かっているのは大陸の西にある城跡。

 遙か昔、この地域で戦争があった。城は攻め込まれ、落ちた。城主は殺され、民は蹂躙され、搾取され、虐殺された。

 そして誰もいなくなり、城だけが残ったのだ。

 この地に新たに町が築かれることはなく、やがて城跡の周りを木々が年月をかけて囲んでゆき、そうしてそこは、大きな森となった。

「……その城を、観光名所として整備したいらしいんです。長年幽霊が出ると噂されて人っ子ひとり城には足を踏み入れてませんから、どんな状態なのか、それすらも把握していないみたいなんですよね」

 アルとエメラインは唯一残っている荒れた道を城跡に向かって歩いていた。アルは白い女性の顔をデザインしたシンプルな仮面をしている。出発時に宿を出る際からしている謎の仮面。一応聞いてみたが、仕事をする際に必須なのだという。理由がさっぱりわからないが彼なりの事情があるのだろう。

 エメラインは、男のくせに女性っぽいなめらかなデザインが妙に似合う彼の雰囲気に多少嫉妬しつつも、それを表には出さなかった。

「観光名所? 依頼主は地域の観光協会か何かなの?」

「麓にある町ですよ。炭鉱の村とは反対側ですね。僕も所用があったので少し遠回りになってしまいましたが」

「所用?」

「護衛が必要でしたから。あそこには屈強な男達が集まっていますからね」

「ああ……なるほど」

 エメラインは納得、といった表情で紫色のマントを優雅に翻し、後ろにいるアルに向かって振り返った。このマントは今日の朝、鉄の村でアルが彼女に渡した特殊な防具なのだ。

 それは宿で身支度を調えていた際……


『範囲魔法使い?』

 アルが鏡を見てネクタイを整えながら頷いた。

『そう、僕は範囲魔法を専門に扱うんです。強力ですよ。でも呪文を唱えている間は無防備になってしまいます。ですからその間敵から僕を守るのがあなたの仕事なんです』

『へぇ、初めて聞いたわ。範囲魔法ね……』

『僕の範囲魔法は最強ですよ。強いから僕は仕事を選べる。この仕事も頼まれて、是非にと土下座されて仕方なく受けてあげたんです。だから……』

『……ハイハイ』

 いつもの文句に半ば呆れていると、そんな彼女を気にする様子もなく、

『これを使ってください』

 と、アルは紫色をした滑らかな肌触りの布を手渡した。

『これは……?』

『マントです。僕の範囲魔法は確かに強いですが、欠点は仲間を避けることが出来ないことです。僕が魔法を放つとあなたにまでダメージを与えてしまいます。準備が出来たら僕の半径1メートル以内に急いで来てください。そうしたらダメージは受けません。もしそれが無理な位置にいた場合、このマントをかざせば避けることが出来ます』

『わかったわ、ありがとう……』

『お貸しするだけですよ。僕の護衛を辞める際には返却してください』

『……』


 回想から覚めると、エメラインはそのビロードのような手触りのマントを撫でた。アルが仕立てを頼んだものらしく、彼らしい品の良いマントで彼女も気に入っているのだ。

 マントは魔力を帯びていて、ふわふわした紫色のモヤに包まれている。

「道中には野犬やオオカミ、それ以外にも得体の知れないモンスターが徘徊しているらしく、城にたどり着けないらしいです」

「それを一掃しろって事なのね」

「腕の不確かな傭兵を大量に雇うより、確実な仕事をする僕がひとりいれば、僕ひとりの報酬は高額でも結果安く済みます。でも僕は掃除をするだけの男じゃ……」

 饒舌に話を続けていたアルが意味深な言葉を残して急に黙り、持っているステッキを手前に掲げた。何かを感じ取ったのか、そのまま辺りの気配に耳を傾けている。

「ど、どうしたの?」

 エメラインも自分たちを囲む森に意識を集中させたが、鬱蒼とした森からモンスターの気配は感じない。仮面で覆われたアルの表情を読み取ることは出来ず、彼女の心臓が早鐘を打ち始めた。

(どこ? どこなの?)

「ほら、僕たちを付けていたお客様のお出ましですよ」

 アルがそう言った瞬間、彼に向かって何かが飛んできた。

 その瞬間、エメラインはアルの前に立ち、鞘から半分抜いた剣で彼に向かって放たれた矢をキィンッ! という金属音と共にはじき飛ばしていた。

 攻撃は止まらず、続いて2本目3本目の矢がアルを標的に向かってくる。エメラインはそれらを残らず止めると、鞘から半分だけ出した剣をするりと抜いた。

 空に向かって引き抜かれ、太陽の光を受けて輝く刀身の中心には、なにやら難しい呪文が掘られている。記憶する限り今まで鞘から抜いたことのなかったこの剣は、エメラインの想像を絶する美しさだった。

 しかし剣をじっくりと観察する時間は与えられない。人の気配を感じ、剣の柄を両手で握り直すと、アルの前でしっかりと構えた。

「あなたやりますね。ほら、また来ますよ」

 アルの声を合図にしたかのように、雑木林の中から屈強な男達が出てきた。人数にして5人。男達はエメラインの後ろにいる仮面の男―アルを強く睨みつけていた。

「おめぇ! また俺たちの仕事を盗るつもりかっ!」

「お前が現れてから商売あがったりだ!」

 男達は口々にそんなことを叫んでいる。それを聞いてエメラインは(これはまさか……)と、剣を構えたままアルを盗み見た。

「私も実は追われてましてね。もっとも、あなたの追っ手のように正体不明ではないですが」

 アルはステッキを掲げると、なにやら呪文を唱え始めた。ステッキの先に付いている宝石から赤い光が揺らめいている。

「彼らはあなた曰く、『腕の不確かな傭兵』なのね」

 エメラインはアルが呪文を唱えている間、向かってくる傭兵達の撃退に臨んだ。殺しはしない。相手の攻撃を防御して、平たい剣の側面で頭を叩き、気絶に追い込みたい。

 男達は本気で斬りかかってくる。そこそこ腕の立つ傭兵5人を同時に相手にすることの難しさを痛感しながら、次々と繰り出されるナイフ攻撃を剣で受け、はじき返しては剣を繰り出し、そんな攻防を1分ほど続けていると、アルのステッキがビリビリと激しい雷を帯び始めた。

(これはくる……!)

 エメラインはとっさにしゃがみ込み、アルに向かってマントをかざした。防御をするためアルがどんな魔法を放ったのか直接見ることが出来なかったが、辺りを雷のような閃光が包み、彼女はまぶしさに目をぎゅっと閉じた。

「……」

 何秒か過ぎゆっくりと目を開けると、男達が地面に倒れていた。すぐさまアルの無事を確認しようと立ち上がると……アルは余裕しゃくしゃくといった感じでステッキを磨いていた。

「アル! 大丈夫だった?」

「あなたこそ大丈夫ですか?」

「……結構キツかったわ。大柄の男5人を同時っていうのはさすがに……」

 エメラインは肩で息をして額からは汗が流れ落ちている。アルはその様子にフフと笑った。

「でしょうね。でもなかなかでした。これに耐えられるならこの先も大丈夫でしょうね」

「この男達はどうなっちゃったの?」

「気を失っているだけですよ」

(それって帰りは大丈夫なのかしらね……)

 密かに考えていると、まるで考えを読んでいるようにアルは言った。

「大丈夫ですよ、彼らはすぐに帰るでしょうね。魔法で少々記憶を奪いました」

「魔法ってそんなことできるの!?」

 驚くエメラインに、アルはいたずらっ子のようにニヤリと笑った。

「いえ、何度か撃退を繰り返しているうちに気づきましてね。実は弱い雷の魔法なんですが、これをかけると高い確率で直近の記憶を忘れてくれるんですよ。一時的な記憶喪失ってやつですね。時間が経てば思い出すようですが」

「便利なもんね……」

 半ば呆れながら辺りに倒れる男達を見回していると、目の前に絹の高級そうなハンカチが飛び込んできた。

「これで汗を拭いてください」

「あ、ありがと……」

 彼の優しさにちょっと面食らいながらもハンカチを受け取ると、アルはそれを眺めて満足そうに微笑んだ。


 ***


 空が夕焼けに染まる頃、二人は突如現れた城跡を前にしていた。出発する前に小高い丘から城全体を眺めていたせいか、実際に城跡を目の前にしてみると、その巨大さに圧倒される。

 城跡をぐるりと囲むように川の痕跡があったが、水はとうに涸れてしまったようだ。そのすぐ先に10m以上はあろうかという古い防壁がそびえ立っていた。防壁は全体を蔦に覆われて緑色に染まっており、大きな門もぼろぼろに朽ちていた。その先に圧倒的存在感の城跡が見える。

「人間の骨なんかもあったりするのかしらね」

 夜になるとここは真っ暗になるだろう。城の存在感とその雰囲気になんとなくおどろおどろしさを感じ、エメラインはそんなことをつぶやいた。

「今日はこの城の一室をお借りして休憩しましょう」

 アルは特に怖がる様子もなく、城に向かって雑草だらけの道をサクサクと歩き出した。不安げな表情で、エメラインもアルのあとをついて城の中に消えていった。


 幽霊屋敷ではないのか、という不安はすぐに払拭されることになった。城が無人になった時代が古すぎて、すでに物という物は朽ちて無くなり、窓はただの穴と化し、扉はなくなっていた。

「屋根があるだけマシね」

「この大広間だけかもしれませんけどね。でも、どれだけ古くてもレンガで作られた建物は頑丈です。これなら、窓をはめて扉を設置し、カーテンでもかければ立派に観光施設として使えそうじゃないですか」

 二人の声は城の大広間に響いていた。アルは大広間を壁づたいに歩き出し、やがて中央の大階段の裏で何かを見つけた。

「それは?」

「ロウソクですよ」

 アルが拾ったロウソクは腕くらいの太さで残り10㎝ほど。エメラインは原形を保ったロウソクを見て、変質しにくい物もあるのねと、不思議に思った。

「ロウソクって長持ちなのね」

「まさか。たぶんこれは、侵入者の置き土産でしょうね」

「侵入者!? 脅かさないでよ……」

「いやだなぁ、怖いんですか? 安心してください。だいぶ前の物ですよ、これ」

 アルはマッチを取り出すと、ロウソクに火を灯す。そこで初めて、エメラインは建物の中がだいぶ暗いことに気づいた。太陽は着実に沈みつつある。

「この建物、城跡だけあってだいぶ広そうですね。野犬が入ってこれない部屋があるかもしれません」

 アルは大階段を上り、部屋を見て回ろうと廊下に向かって歩き出した。

「……ねぇ、今からお城の中を歩き回るのは効率的じゃないわよ。とりあえずこの踊り場で休めないかしら」

 アルはエメラインの意見に賛同した。

 踊り場は広間の大階段を登った先にあるちょっと広めのスペースである。たき火もするし、陰に隠れているので安心だと判断したのだ。

 エメラインは手早く夕食の準備をした。といっても、携帯用のパンと干し肉を軽くあぶり、水袋に入れてきた水というシンプルな物だが。一方アルは、エメラインが率先して夕食の準備をしてくれることにいたく感動していた。彼曰く、

「大抵私がやっていたんですよ! 苦手と言われることが多いんですよー!」

 ということらしい。

 食事が終わると、アルは食事の時に外した仮面を磨きながら今後の話を始めた。

「今日は疲れてるでしょうから交代で休みましょう。明日の昼間に城の中を探索し、夜になったら城の周囲にいるモンスターを一掃しましょう。遅くとも二日後には帰りましょうね。シャワーを浴びたいですし」

「なるほど、野犬やオオカミは夜行性だものね。ところでその仮面ってやっぱり、今日みたいな奴らに顔を知られないため?」

 アルは彼女の質問に意味深に笑うだけだった。

 夜は更けていく。

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