6人目 未来広告
「……未来広告社…?」
玄関先に立った怪しい男の名刺に書かれていた社名は、これまた怪しさを全面に押し出したような、そんな名前だった。
「なんです?未来広告って」
疑いの表情を浮かべる俺を気にせず、チラシを取り出した。
チラシなんて、社名に未来なんて単語を使ってる割に前時代的な媒体を使うんだなと、胡散臭さが倍増する。
「お客様が撮られた映画、どうも売れ行きが芳しくないようですね」
「映画監督だと名乗った覚えは無いが、どこでそれを知った?」
映画監督と言ってもそんなたいしたモノではない、いわゆるB級映画という奴の中でも下層の下層でチマチマとやっているだけで、今回の映画が売れなければ今世話になっている配給会社とも今後契約できなくなる可能性すらある、正直続けられてるのが奇跡だ。
「社名に未来を掲げてるんですよ? それぐらい知るのは容易い事です」
そう言って男は先ほどのチラシを差し出す、内容はやけに奇妙なもので、なんでもこの会社の作る広告には絶対に嘘は無いらしく、どんなオーダーの広告でも承り、それに対して確実に嘘や誇張が無い広告が仕上がるらしい。
「フン、じゃあ俺が俺の映画の広告で『大ヒット御礼!世紀の名作!』なんてオーダー出しても、オーダーに沿う嘘の無い広告を作れるってか?」
「勿論でございます、なにせ私たちは未来広告社ですから」
よーし、そこまで言うなら注文するだけして後からクレームつけてやろう。
「では、完成次第こちらから……」
男はそう言うと、ヒョイと玄関先から姿を消してしまう、資料も要望書も受け取らずに何をするつもりだと声をかけるべく男が消えた扉の影の方へと顔を覗かせるが、そこには既に誰もいなかった、まぁ、金は出してないし、狂人が訪ねてきて戯言を吐いていっただけだと思う事にして、俺は眠りにつくことにした。
* * * * *
電話の音で目が覚める、出ると、配給会社の担当者が興奮した様子で何やらまくし立てていた。
「だから、売れてるんだよ君の映画! それも大手に負けない大ヒットでね、今朝からあちこちの映画館がこっちでも上映させてくれと連絡が止まなくてね」
そんなバカな、ちょっと長く寝すぎたとはいえ、夜から昼までの間でそこまで爆発的に売れるなんて、まずありえない、物理的にというか、不可能な領域だ。
ネットで自分の映画のタイトルを検索する、すると既に俺の映画の話題であちこちがもちきりになっていた。
部屋のチャイムが鳴る、昨日の男の顔がふと頭を過ぎった。
「おはようございます、ずいぶんと遅いお目覚めで」
ニコニコとした顔で矛盾した挨拶をした男は、手から提げていたビニール袋に突っ込まれていた紙の筒を取り出して俺に差し出した。
「こちらがご注文の広告のサンプルとなっております、ご確認くださいませ」
言われるがままに封を解いて広告を確認する、ごく普通のデザインで作られた広告で、目立つ場所に「大ヒット御礼!」と書かれていた。
「おい、何したらこうなったんだ、俺の映画が大ヒットしてるって連絡が来たぞ」
「そりゃあ、我々の広告に嘘はありませんから」
答えになっていない、壮大なドッキリではないかと思えてきた。
「広告の作成料は既に頂きました、またのご利用をお待ちしております」
そう言って男は昨日と同じようにスゥと消えてしまった。
既に頂いた……どういう意味だろうか、その疑問は、この後に控えている忙しさへとかき消されてしまった。
* * * * *
あれから5年、俺は一流の映画監督として日本の映画業界を引っ張っていく存在となっていた、どれもこれもあの広告社のおかげだ。
「ご注文の品をお届けにあがりました」
注文から12時間ピッタリでいつもの男がやってくる、俺は彼を招き入れ、いつものように広告を受け取った。
「にしても、この時代なのにポスターの現物で渡すなんて珍しいな、いい加減データで渡してくれた方が楽なのに」
「紙媒体だから我々の広告は成り立っているのです、ですから…」
「はいはい分かってる、原本は大切に保管、破棄する時はアンタに直接渡す、だろ?」
「ええ、決して折ったり破いたりしないように」
そう言って男は帰っていく、破く訳がない、俺は丸められたポスターを広げてその出来を確かめた。
「毎度の事ながら古臭いレイアウトだなぁ」
誰に言うわけでもなく呟く、しかしこれで売れてきたんだ、これがいいのだろう。
俺はポスターを丸めてさっそくデータとして扱えるようにスキャンをかけて貰おうと受話器の方へと向かった。
「うわっ」
置きっぱなしだった書類で足を滑らせる、持っていたポスターが机に当たりグシャリと曲がってしまった、まずいと思ってポスターを広げて確認する、中央に大きく折り目ができ、一部には穴まで開いてしまっていた。
「まずいなぁ」
俺は仕方なく受話器を取り未来広告社への電話番号を入力した。
『お客様、広告を破いてしまいましたね?』
「なんで言わなくても分かったんだ」
『我々の技術は一種の催眠のようなもの、存在しているだけで世の中に多大な影響を及ぼすのですが、世間に催眠効果をもたらしている媒体、つまりその広告自体に破損が発生すると反動で広告と逆の効果がもたらされてしまうのです』
「おい、なんだそれ、何の話だ」
問い詰めようとするが、電話は既に切れてる、冷や汗でビッショリになった手を震わせながら映画のレビューサイトを開く、昨日までとは一転、俺の映画は酷評の嵐だ。
チャイムが鳴る、ドアを叩く音が聞こえる、電話やケータイが鳴り出す。
人気の反動、逆の効果……
今まで広告の効果は体感してきたんだ、あの男が言っている事は本当なのだろう。
大変だ、次の映画を、次の広告を作ってもらわなければ……
* * * * *
「もうあの映画監督はダメですねぇ」
業績ナンバー1の同僚がテレビを見ながら呟いた、胡散臭い笑顔が妙に鼻につく。
「なんとかしてやれよ、大口の顧客なんだろ?」
「無理ですよ、私が回収している報酬はお客様の「人気」なので」
何かしらのステータスを客の未来から回収して広告に反映、余った分を報酬として頂くのがこの会社の広告のしくみなのだが、この男が見つけてきた客はよくこうして破滅の道を歩んでいっている気がする。
「君も最近売り上げが良くないみたいですね、私に広告の依頼してみません?「業績トップ!」みたいな」
「遠慮しとくよ、俺まであの映画監督みたいになってしまいそうだ」
同僚はそうですかとだけ言い残し、休憩室を出て行った。
さぁ、俺も仕事に戻るとするか。
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