4人目 ヤツが通る

深夜3時ちょうど、俺は息を呑んで顔を伏せる。

定刻通り、ゾワっとする空気が部屋に流れ込み、嫌な汗が背中を伝った。


ボソボソと呟く声、濡れた何かを引き摺る音、全てが不快なソレは、俺を絶望というモノに似た感覚に陥れた。


その音は次第に小さく遠くなっていき、10分もすれば悪寒は収まる、これが毎日だ、いい加減にしてくれないとこっちの気が滅入る。

ヤツが俺の部屋に現れ始めたのは数ヶ月前、初めは声だけが聞こえるだけのものだった。


# # # # #


「ああそれ、ここらで昔から言い伝えられてるハコビガミ様だよ」


運ぶ神、そのままの意味らしい。

突然始まり、数日続いた毎日深夜3時に聴こえる奇妙な声について、人気オカルト雑誌のライターをやっている友人に訊いてみたら、そんな答えが返ってきた。


「ハコビガミ?」

「お前は知らないだろうな、地元住民でも今や年寄りぐらいしか知らないし」


友人は目の前に置かれた紙のコースターを裏返してボールペンを取り出した。


「たとえばこのA地点で良くないモノが発生するとする、それはこのB地点、まあ大体は神社とか神域とかかな、そこまで持って行けば浄化できる、その良くないモノは人間には触れることはおろか視認することもできない、けど確実にその場所に悪影響を及ぼし続けるんだ、つまり曰く付きの場所になってしまうってこと」


コースターに書きながら説明する、A地点に禍々しくなぞられた円が書き込まれた。


「そのハコビガミ様は唯一『良くないモノ』に触れることができるんだ、だからその良くないモノを運ぶのがハコビガミ様の役割ってこと」


A地点からB地点に矢印が書かれる、友人はその矢印の上を今度はグチャグチャと塗り潰すようにボールペンを走らせた。


「その良くないモノは運んでる最中にも影響を及ぼすから、お前のとこに聴こえてきた変な声ってのはその影響じゃないか?」


そう言うと友人はコースターを元に戻し上に紙カップを置き直した。


「まああくまでも1つの伝承の話だから、丸ごと信じてもどうにもならんけどな、疲れてるんだよお前」


まあ本当にハコビガミ様とかの影響だとしても2週間もあれば終わるってと笑い、友人は席を立った。


# # # #


数ヶ月だ、もうこんなの耐えられない、2週間と言われたがそんなのとうの昔に過ぎたじゃないか、その現象に立ち会いたいと俺の家に連日止まった友人も時間の直前に途端に眠り込み、ヤツが去ると目を覚ますのが続いた、どうしても耐えられない眠気が襲ってくるらしい、設置していたカメラもノイズで何も映らない、これはいよいよマトモじゃないぞと友人は調べものをしに出て行き、出先でそのまま事故死してしまった。


あれから毎日変な音に悩まされ続けた俺は、1ヶ月が経った頃からヤツの姿も見えるようになり、毎度の悪寒のせいで寝ていても時間が近付くと目が覚めてしまうようになり、確実に毎日毎日体力を削られていった。


死ぬ前の友人の話によると、ハコビガミ様は全てを運び終えた後に一回だけ同じ場所を通り、良くないモノを運ぶ道に良い気を置いていくそうだが、もうここまで来るとそんなもの関係なしに耐えられなくなってきた。


俺は死んだような目で1日を過ごし、自宅に帰る、また夜になるとヤツが通るのかと思うと、俺は憂鬱で憂鬱で仕方がなかった。


「もう無理だ……」


俺はそう呟き、荷物を置いて部屋を出た、近くにネットカフェがあるからそこに泊まろう。


# # #


「…… … ……… ……」


文字にし難い異様な囁き声で目が醒める、時間は夜中の3時、立ち上がってブースを見渡すも、辺りはその囁き声以外はキーボードの音と誰かが歩くのみが響くだけとなっていた。


「デテキタ……デテキタ……」


初めて意味を為す言葉が聴こえる、俺の背中に冷たい水が流し込まれる感覚が走った。

ガタンと音を立てて椅子に座り直し、俺は座布団を頭から被り机に突っ伏した。

消えろ、消えろ、なぜここまで通り道になってんだ、ヤツはなぜここまで俺に付き纏うんだ─


例の何かを引きずる音まで聴こえてくる、音はだんだんと近くなり、声も次第に耳元へと近付いてくる、そしてあろうことか音はすぐそこで止まった。


ハッとする、もしかして俺の気のせいだったのか、いつもならそのまま通り過ぎるのにここで止まるなんて今までは無かったことだ。


時計を確認すべく、俺は顔を──


# #


あれからの事はよく覚えてない、ただ俺は悲鳴を上げながらネットカフェを飛び出し、翌朝警察に保護されたらしく、今ネットカフェの店長に未払いの代金を支払ってきたところだった。


不動産屋の前に立つ、あんなとこさっさと出て行ってやる。

俺はその日のうちに下見やその他諸々を済ませ、最後の夜を例の部屋で過ごした。


翌朝起きた俺は、どういう訳かこの部屋との別れがなんだか名残惜しく感じた。

しかしこのままここで過ごしていては俺の身がもたない、俺は纏めた荷物を見て自分を納得させるように頷いた。


#


ヤツが通る部屋との別れを果たした俺は、何も起こらない夜を満喫していた。

と言っても、満足に熟睡しているだけだが、それだけで俺は幸せだった。


明日辺り友人の墓参りに行こう、ヤツの正体が分からずじまいだったが、昔から大のオカルト好きだった彼には報告すべきだと思う。


俺はそう思い、12時を回った部屋の電気を消した。






「……ミツケタ…」


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