第18話 一途な狂気
俺は贅沢から縁遠いのか、単なる自己管理能力の乏しさのせいか。
まさかまさかの途中下車という今の顛末。
なぜ?
答.手持ち金が無かったから
おかげでワンメーター分しか乗れなかった……。
こっちは惨めだしあっちは嫌な客だなオイと思ったろうし……散々だ。
いや、普段からちゃんと大人としての立ち振る舞いを意識して財布もマネジメントしとけばこうはならなかっただろうけど、こればかりは不覚としか言いようがない。
財布見て一番驚いたのは俺だもんよ。
文無しとは言わずとも只今の残金3円。心許ないどころかここから支出は一切許されなくなった。
基本スタイルはいつも歩きだから本来なら別に支障がないんだけども、今は若干支障が出てる。
金銭面でって訳じゃなくて主に体力面で。
アイドリングもない決死のダッシュは、慢性的な運動不足の三十路男には大変堪えている。
若干なんて見栄張ったけど全然だわ。膝笑ってるし横っ腹は鈍痛だし気管も正常じゃないし……。
テンパったなーホント。
ファンに遭遇出来たと思って一瞬昂ったんだけども、違う意味であの子の方が昂るとは思わなかった。
俺の周りには正統派はいないんだろうか……?
こんなボヤキ、どの当事者に聞かれてもマズイけど。
「ん?」
ちょい先に見覚えのある後姿が。勘違いでなければたぶん大家さんだ。
買い物帰りかな。両手にパンパンのエコバックを携えてる。
すでにヘロヘロな男で逆に恐縮されるかもだけど、せっかくだし荷物持ちぐらいしましょうか。
「おーい。大家さ……ん!?」
景色がいきなりスライドした!?いや違う……誰かに横へ引っ張り込まれた?
「せーんーせーい」
「!!!」
嘘だろオイ……なんでこんな所から襲来してくるの?建物と建物の間だよここ?
そんな現れた方をしたせいかそれがホラーテイストでちょっと怖い!!
「あー語らいたい……語らいたいんです先生」
「よ、よく居場所が分かったね……?」
「気配がこの辺からしたので」
気配!?気配で分かったのこの子!?可愛い身なりしてるけど、どっかの裏家業でも生業にしてる子なの?
再登場の仕方がホラー感満載だったけど、急にクライムサスペンス的に変貌して怖さ二乗なんですけど!?
「気持ちが抑えられないんです。作品を読む度にどんな人がこれを書いているのだろうと想像して……触れる言葉から内容から馳せる想いが溢れて来て……そうして待ち焦がれた先生との対面……こんな千載一遇を簡単には手離したくないんです」
「そ、そっかぁ~……でも、こんなことしなくてもサイン会とかに来てくれれば全然会えたんじゃないかなぁ~?」
「あんな偽物達ではびこる場所には行けません。そんなのと一色単にされるなんて死んでも嫌です!」
「ポ、ポリシーがあるんだねぇ~……」
いよいよ厳しくなってきてしまった。
鉄筋コンクリート構造レベルの意志が据わってる感じだね。
見方によればまぁ一途っちゃあ一途なんだろうけども、その一途ってのがグレードアップしてしまうとある種狂気染みてしまうのだろうか?
「紛い物じゃない本物である私を先生に知ってもらいたい……本物の先生をわたしはもっと知りたい……」
「っ~~~~~!!??」
普通に往来するのであれば人ひとりが通るのにギリギリいっぱいのこの幅。そんな所に大人二人が入るのであればそりゃ必然と密着対面スタイルになる。
そしてこの体勢は非常にマズイ。
何がマズイってこの子が放出してる狂気なり何なりをゼロ距離で受けてしまう。
そうゼロ距離……先に言っておこうと思うけどこれは不可抗力だ。
顔が近い。体温が熱い。なんか良い匂いがする。そして柔らかい。
……うん。柔らかい。
俺の人生で経験の無い弾力のものが
なんと言っていいのか……柔らかいという言葉しか頭に浮かんでこない。
これはあれだな。DTを殺そうとする凶器と言っても過言じゃないな。
神経という神経が凄まじく過敏化してるんじゃないか?
接触面を中心に焼き切れそうなぐらい体熱が急上昇しているのが自分でハッキリ分かる。
そもそもこの子いくつなの?レベル高い系の童顔なんだけど法に触れる年齢とかじゃないよね?
あー。さっき免許証見せてもらった時に確認しとけばよかったなー。
名前に気が取られて全然意識向かなかったわ。
ただまぁ、俺を殺しにかかってる凶器は幼いなんてもんじゃないけどな!
……うん。今のテンションは現行犯の変態だわ。
もうそんだけ思考回路がヤバいんだよっ!
「そうだ。せっかくなので記念写真撮っておきましょう」
「え?き、記念写真……?」
「ツーショットが欲しかったんです」
「いやちょっと……!?」
こんな狭い可動範囲でよく器用にスマホ操作出来るね!?
まぁそんなことはどうでもいい。それよりも、こんなシーンを記憶媒体に残されちゃったら絶対なんかヤバい!
記念写真ってもっとこう朗らかな感じで写るもんだと思うんだけど、これは明らかに朗らかな感じじゃないもの。
記念っていうか危険な写真に成り得るよ?
ポチッと一操作で瞬時に拡散出来ちゃう今の時代には厄介しかない気がするし、それで二進も三進もいかなくなるようなそんな事態になるような気もするし……!
何なに?そんなの今や落ち目の作家の思い上がり?いやいや!ソーシャルネットワークの怖さを侮るな!
誰であろうと何であろうと情報が独り歩きし出すのは何よりも怖いものなのだよ。
つまりまとめると非常にピンチだこれ!!
「ささ。先生もっと寄ってください」
「こ、これ以上はもう寄れないし、写真もやっぱりちょっとさ……」
「動画の方が良いですか?」
「そういう事じゃなくて!」
「大丈夫です。先生とわたし、二人の秘密ってだけですから」
「それの考えもちょっとね……!!」
「あれ?あんた確か……何してんの?」
「え?あっ」
不意に誰かの声。見覚えのある顔が通りの方からこっちを覗き込んでる。
見覚えというか体が覚えてるって言ってもいいのかもしれないけど、その顔は紛れもなく俺を投げ飛ばした経緯を持つ大家さんのあのお姉さんだ。
なんでこんなとこに……って何となく察しはつくんだけど、今はあれこれ考えてる場合じゃない。
遠くの親戚より近くの他人なんて言葉があるけどそれはまさに今使われる言葉だ!
「やー!わざわざ探しに来てくれたの!?」
「は?」
「いやー待ち合わせ場所に行こうと思ってたんだけどね。合流出来てよかったなー!」
「いやあんた何言って……」
「あーーー!!そういう事だから姫心愛ちゃんゴメンね!!俺実はこの人と出かけなきゃいけないからもうこれでね!!さ、行こう行こう!」
「は?だから何、ちょっと!?」
姫心愛ちゃんも突拍子のないことで意識がズレたのか拘束が一瞬緩まった。
その隙を逃さず離脱。我ながら見事だ。
難点を言うのであれば、完全にその場凌ぎ感満載の策なもんだからお姉さんを有無も言わさず巻き込んだ形になってしまった事。
お互い印象良くない同士であるかと思うから、半ば強引に手を引いてダッシュ決め込んでるこの状況は訳が分からないなりに不愉快であろうなって思う。
だってさっきから俺の手を振り払おうと腕の力がみるみる強まってるし、見事と言うぐらい眉間にシワが寄っている。
分かる。分かってるさ。
事情を説明してすぐにでも解放したいのは山々なんだけどさ。でもね?それが叶わんぐらい背後からビシビシ気を感じてるんですわ。
そりゃもう気のせいでは済ませられないありありとした気配がね。
振り向かんでも分かる。姫心愛ちゃんが追いかけて来てる。
嘘だとバレてるのか、特に関係なく狂気のままに追走して来ているのか。
横には怪訝かつ不快感を示すお姉さん。背後からの惜しみない狂気の追走をしてくる姫心愛ちゃん。
……何でこうなったの?
取りあえず今は生きてる心地がまるでしてない。
俺の安住よ、何処へ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます