第17話 偶然ですね?

体がサイボーグであったらとバカの一つ覚えみたいに何度思っただろう。


生身で挑むには無謀だと思えるぐらいのデスマーチ。何度強制的に行進させられた事だろう。


自分の力量を棚に上げるつもりはないし、これが現実の立ち位置であることは百も承知している。


しかししかし。このデスマーチのドラムメジャーは行進のさせ方に全然遊びを利かせてない。


まさに今日も毒付きの刀剣乱舞を問答無用で食らわされてる訳なんだけども、斬っただけでは飽き足らず手直しを今日そのまま事務所で書き上げろという苦行と荒行を見事に調和させた地獄に容赦なく俺を放り込んだ。


通常のデスマーチだって大概だけど、これに至ってはマーチングなのに全力疾走で24時間マラソンを課せられたかのようなそんな横暴とも言えますよ。


ホント生身なのが恨めしい……。


不眠不休で書かされて、どこかイカれ出したらたらそのパーツを交換してまた書いてが出来る、そんなマシーンの体じゃないと割に合わないハードワークだ……。


別に不眠不休でやりたいとは万に一つも思ってはいないけどさ。


帰路はもうすでにデッドマンウォーク。生ける屍と化して街を歩くのはゾンビゲームさながらの絵面になってるかもしれない。

死んでないだけマシかもしれないけど。


……マシかなぁ?


なんたってまだ昼だし。日中からデッドマンウォーキングって下手すりゃ職質受けるんじゃないか?


「あのー。すいません」

「は、はい!?」


背後からの声にビビり上がってしまった。職質って頭に浮かべたばかりだったから過敏なレスポンスになってしまったのだけれど、振り向いたそこには国家公務員さんではなくて見知らぬ女の子が立っていた。


「え、えっと、俺に用かな?」

「三淵先生ですよね?」

「あーはい。三淵だけど……」

「ですよね!わたし、先生のファンなんです!」

「ファン!?え?ファン!?」


ファンってあのファン!?送風機とかってことじゃなくてあのファン!?


いや何言ってんだ俺?このタイミングで俺の送風機って意味が分からな過ぎるだろ。久しく聞いてなかった単語なもんだから情報処理にエラーが出てしまったわ。


「はい!デビュー当時からずっとなんです♪」

「そ、そうなの?デビューはまぁあれだけど今は大したもの出してないのに」

「そんなことありませんよ!これもこれもこれもこれも。それに雑誌掲載のこれとかだって先生の作品はどれも素晴らしいです!」

「お、おぉ~」


す、すげぇ。バックの中から俺の作品がコンプされて出てきた。


マジで……?マジで俺のファンの子なの?


自分で言うのもなんだけど、デビューは破竹の勢いでそりゃもう黄色い声援が飛び交ってサイン会なんかもまぁ盛大だった。


でもホント勢いだけでその後は作品を出しても出しても伸びず、見るも無残に黄色い声援から黄色信号に早変わりしてファンなんていう種族は根絶されたのが事実。


応援コメントをくれる人が完全にいなくなった訳ではないけど、それはもう小さな小さなサークル規模レベルのものに今はなってる。


だから、目の前で物証を見せられて言葉をかけられてる今のこの状況がパラレルワールドぐらいの感覚に陥ってしまっている。


「こんな所でお会いできるなんて思ってもみませんでした!あのー……サインなんてもらっても良かったりしますか?」

「へ?あ、サイン?うんうん、いいよ全然!もうお安い御用だよ」

「本当ですか!わ~うれしいー!」


こんなもんで喜んでもらえるとは。逆にこっちの方が喜ばしく思えるよ。


ピーク時はサインも仕事の一つとしてやってた時期もあったけど、今はもうなんだか懐かしいぐらいそんなとこから遠ざかったなぁ。


サインはサインでも今は専ら宅配の領収書にしか書いてないわ。


……笑う人のいない自虐は自傷行為でしかないな。


「久々だなーサイン書くの」

「あの、すいません先生。差し出がましいかもなんですけど、宛名ってお願いしてもいいですか?」

「宛名?あぁ、問題ないよ?なんて書こうか?」

「ピュアでお願いします」

「ん?ピュア?」

「はい。ピュアです」

「えっと、それはどういう意味なの?」

「私の名前です」

「あーなるほど。あだ名的なやつだね」

「本名ですよ?えーっと、これ運転免許証です」

「"南城 姫心愛"?もしかして、これで"ピュア"って読むの?」

「はい!そうなんです!」


これは……俗に言うキラキラネームとかいうやつですかね?


いや、人様の大事なお名前に何も言う事などありませんよ?本人も嫌がってる素振りもないし。

親御さんの素性は分からんけど親なりの願いと意味を込めて名付けたんでしょう。


ただ個人的にビックリしたってだけだしね。何も問題ない。うん。


「えっと姫心愛ぴゅあちゃんね。はいどうぞ」

「ありがとうございますー!一生大切にしますー!」

「はは。一生って大袈裟な。でもまぁ、そこまで喜んでくれるファンがいるのは励みになるよ」

「わたし、ずっと応援してます」

「そうなの?うん、有り難いよ。人気もさることながらついさっきまでは気力も急降下してたけど、応援してくれる読者がいるんだなって実感すると自分もまだまだ捨てたもんじゃないって思えるよ」

「先生!ホントにホントにわたし応援してます」

「こんな後押しがあるんだから折れずに頑張れるよ~」

「先生!この後お時間ありませんか?是非もっと語らいたいです」

「え?いや急ぎはないけど」

「では是非!」

「い、いや語らうなんていきなり過ぎる気が」


あ、熱い。

ここまで一心に気持ちを曝け出してくれているファンの子なんて会えないし有り難いんだけど、思ってもみなかった熱量で戸惑ってる。


実直な子なのかもね。


「ようやく先生と会えたんです。私待ち焦がれてたんです」

「う、うん。それは嬉しいよ」

「来る日も来る日も待ち焦がれたんです」

「う、うん」

「馴染みのサイン会場も目撃情報の多かった書店も事務所近辺も。ローテーション組んで待ってたんです」

「ん?んん?」

「三桁になるローテーションをこなして今日やっと当たりを引いたんです。容易く終わりになんかしたくない……!」

「んん!?」


この子ファン……だよね?なんだよね?


俺の聞き間違いじゃなかったら不穏なニュアンスのワードが射出されてたような気がするんだけど……やっぱり聞き間違いかな?


「先生もさっき言ってくれてましたよね?わたしの言葉で励みになるって」

「い、いやそれはピンポイントに向けた訳じゃなくって比較的大きめの括りで有り難いと思ったんだけど……」

「他のファンなんて偽りでミーハーな連中ですよ!流行りにだけ飛び付く上辺だけの連中なんです。わたしはそうじゃない。初めから先生に惚れ込んでいます。わたしは本物です!」

「あー、うん。気持ちは有り難いんだけど……」

「さぁ!先生!」

「え?いや……」

「是非!わたしと!」

「ちょ、ちょっと……?」

「一緒に!お時間を!」

「きゅ、急用思い出したーーー!ゴメンねーーー!」


耐えきれない……!!にじり寄って来る圧がヤバすぎる!!


四の五の言わずに体がもう反射的撤退行動をとっていた。


女の子を置き捨てるように立ち去るのはモラル的にもダメで人道的にもアウトだと思うんだけれども、ここは大人しく体からの警報音に従うのが今一番だと思うんだよ。


「って!?えぇっ!?」


追いかけて来とる!!しかもめっちゃ速い!?

なんか女子にはあるまじきフォームで猛ダッシュしてるんですけどぉ!?


スカートとか穿いて女の子らしい決して猛ダッシュに適さない恰好なのに、これは間違いなく追い付かれるのが確信出来るほどのスピード追走じゃないか!?


女の子置き去りにするように走り出したのはダメだって分かってるんだけどさ。それでもなぜこんな恐れ慄きながら俺は追われてるんだ?


もしかして名に違わぬポテンシャルの持ち主なの?ピュアゆえ溢れ出る気持ちが抑えられないタイプの子なのか?


追っかけが俺にいたなんて本来なら喜ばなければいけない事なんだろうけど、でもどう差し引いても思い描いてたものじゃないと思う。


だって、あの子狩人みたいな目しながら追っかけて来てるよ?これはもう狩猟の勢いだよ?


ん?恋の狩人ってか?うるさいわボケェ!!


「マ、マズイ……絶対追い付かれる……どうすれば……って、おっ!」


偶然にも、いや奇跡的にも客を降ろし終えたばかりのタクシーがいる!


「す、すいません!!すぐ出してもらえますか?」

「え?はいぃ?」

「とにかく発進をお願いします……!!」

「あぁはい」


まさに蜘蛛の糸。渡りに船。いや渡りに公共交通機関。

運転手さんには鳩が豆鉄砲を食ったようなリアクションされたけど致し方ない。


発進しても追尾をやめようとしないあの子の姿に俺の方がリアクション取れないんだけど、取りあえず引き離されていってくれている事に俺はここ最近で一番の安堵を感じている。


タクシー帰宅なんて普段は絶対にない贅沢だけどこのまま家路に着こう。


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