第16話 VS類友
「パパ?これはどういうこと?」
にっこりスマイルの雪音ちゃん。うん可愛らしいね。でもなんでだろう、背筋がスゥーっとする。ぶるりと震えが止まらない。こんな時に風邪でも引いちゃったのかなー。はっはっは。
はい。自己暗示失敗。
もう怒気なのか覇気なのか分からないけど雪音ちゃんの圧がじりじりとヤバいです。
これは第一声が肝心というか、下手打つと命取りになるだろう。
「パパ?」
「え~~っと」
はい。裏返りました。聞くに堪えない音程で声が裏返りました。
緊張でそうなったのにこれじゃ完全にやましい事してるみたいになるではないですか。
違うんです。やましい現場が構築されてたけどやましい行為は一切してないんです。本当です。俺かなり頑張りました。信じてください。
そう必死に言葉にしたいもんだけど、それじゃ言い訳に縋りつく哀れな男の姿にしか見えない。
もう下手なこと言えない。弁解も出来ない。
……俺、詰んでますこれ?
「お取込み中のところすみません。先生。この子は噂のあの子ですか?」
「え?あぁ、うん。そうですね」
「そうですかそうですか。申し遅れました。私、先生の担当をさせてもらっている
「パパの担当?」
「はい。デビュー当時から今日まで就かせてもらってます」
「あー。お仕事の担当さん」
「えぇ。今日も仕事の事でお邪魔させてもらっていまして」
「そうなんだ」
あれ?これは予想に反して追い風からの良い流れ?
まさかまさか。面白そうな匂いがあれば一番場を掻き乱そうとする狼谷さんが事態の収拾係に躍り出てくれるとは。
ややカルチャーショックです自分。
「仕事……でもさっきのアレは何?仕事には見えなかったんだけど」
「あれは資料みたいなものです」
「資料?」
「今先生が取り組んでいる作品は今までと一線を画したものでして。執筆にあたって経験が足りないという事で実地でイマジネーションを獲得していたんですよ」
「ふーん。イマジネーションねー。一線を画したってパパは今どんなもの書いてるの?」
「え?え~っとね……"官能を織り込んだ恋愛もの"、かな」
「なんかイメージじゃないもの書いてるね」
「そうなんだよね……」
「新境地開くためには従来の仕様じゃダメなんですよ。それに必要な実地なのに先生は安牌な考えだったり手を拱いたりして面白味が無いんですよ」
いや、元々新境地を渇望してないからね俺?
客観的に分析して数多の可能性を提示してくれるのは自分で気付けないものもあるから有り難いけど、作品だけじゃなく作者にまで面白味を追及するのは欲張りなんじゃないかなー。
生きざまに箔があった方が深みも奥行きもある作品を書けるかもだけど、程よい塩梅の経験値でも世の皆さんは誹謗中傷まではされないんじゃないかなって思うんだけどなー。
実地には雪音ちゃんだって渋いよ。
「確かに。パパは奥手なんだよね」
「え?」
まさかの賛同だと……?いや、ただの一過的な感想だよね。うん。
「そうなんですよ。もう少し展開広がるようなアクションしてもいいと思うんですよね」
「そうそう。変に手を出す人はどうかと思うけど反応イマイチなのも同じくらいどうかと思う」
「分かります。飾り気のない露わなレスポンスがほしいし、そこに価値を感じるんですよね」
「うんうん。こっちのほしい反応くれるとそれだけで上がるよね」
ん?意気投合されてらっしゃる?
これは流れとして大丈夫なヤツかな……?
ううむ。捉え方難しいが、中身は俺にアウェイそうなキャッチボールとは言え多少の居た堪れなさで済むんならこのままの方が最善か?
「なにやら馬が合いますね」
「うーん、そうだね」
「先生に思いの丈を持っている人は私ぐらいだと思っていました」
「そっちは仕事ででしょ?私はちゃんとパパへの想いを日夜乗せてるよ」
「ほう。それは私の方が劣っているという意味ですか?」
「劣ってるっていうか私の方が単に勝ってるって話かな」
「ふふ。聞き捨てなりませんね。先生がデビューしてから10年。私の方が先生を知り想いを乗せていると自負していますよ?」
「今一番パパの近くにいる私がパパの事見落とすはずがないでしょ」
ん?ん??ん???
なんか雲行きが怪しくないっすか……?
さっきまで一緒の肴で嗜みをしていたように見えてたけど、なぜに笑顔でメンチを切り始めてるのこの二人?
そんな板挟みの中心に鎮座する俺は今どうしたらいいの?居心地悪すぎて
「いいでしょう。そこまで言うならばあなたの知る先生を教えてもらいましょう」
「いいよ。望むところだよ」
「ちょい?二人とも?」
「まずはパパは童貞です」
「えぇ知ってますよ」
「だけど成人男性として健全な性欲はあるから、私にバレないように資料用の本の表紙を抜き替えてエロ雑誌を部屋のそこら中に仕込ませているよ」
「!!!。雪音ちゃん!?なにそれって言うかなんで知ってんの!?」
「なるほど。それは私の知りえないとこですね。でも私とて負けはしませんよ」
「ばっち来い」
「え?なになに!?怖い!!そんな流れなの!?ちょい二人ともホント一旦落ち着こう……!」
「先生は基本チキンです」
「知ってるよそんなの」
「ですが、あるサイン会で凄く可愛いファンの子に連絡先を渡されたんですが作家としての顔で建前でそれを返しました。けど、その子に書いてあげたサインの中によーく見れば分かるよう自分の連絡先を紛れ込ませていました。あわよくばと目論んだ印象的なむっつりでしたね」
「ぐふぅ……!!」
バ、バレてたのあれ……?
いやほんの出来心だったというか淡い期待程度の代物だったというか……。
何にしたってなんちゅうトコを掘り起こしてんだ!?
「見くびらないで。パパは私のスキンシップに『不慣れさはあるけど平気だよ』感を出して過ごしてるけど、いつも漏れなく体は発火するぐらい熱いからね。むっつりはむっつりでもパパは初心むっつりだから。そんじょそこらのむっつりと一緒にしないでほしいな」
「ぐはっ!!」
そんな痛い空気を出してたの俺……?
しかもそれをきっちり見抜かれてるなんてめっちゃ恥ずかしいじゃないですか!
それに初心むっつりって何?初めましての言葉なんですけど?そこらのむっつりと一緒にするなって勝手に人をむっつり筆頭株にのし上げないでもらえないかなぁ!?
「甘いですね。先生は以前取材でキャバクラのホステスにインタビューをした事があるのですが、その娘がかなり攻めたドレスを着てて典型的な反応でチラチラ露出部分を見ていましたよ。取材としての受け答えは問題ありませんでしたけど意識の大半はホステスの娘の外見に持ってかれてました。先生は初心なんかではなくチェリーの体現者なのです」
「ゴフゥッ……!!」
なんでそんなんばっか覚えてるの?汚点レコーダーでも搭載してるの?
さっきからこの撃ち合いはなんだ。張り合ってるのは二人なのに弾倉にはなぜか俺の恥部という弾を込めてやがる。
しかも流れ弾どころか全弾俺に命中してる。致命傷レベルで……。
このままじゃ自分の痴態にメンタルが抹殺される。
なんとかこの死地から逃れなければ……!
「そんなんじゃパパを語れないよ」
「言いますねー。担当として引く訳にはいきませんね」
「ブレイクブレイク!二人ともちょっとブレイク!」」
「なにパパ?」
「なんですか先生?」
「なにもなんですかでもないよ!さっきから何を張り合ってんの二人は!?」
「何をって先生についてですが?」
「うん。そうだよ?」
「いやいや。俺についてって口から出てるのは暴露とか告発とかに近い殺傷力の高いものオンリーだったよ!?」
「……そんなつもりは一切ないですけどね」
「うん。ないよ」
「無自覚!?ナチュラルキラーだと言うのあれ!?」
「心外ですね。私たちはいかに先生を想い考えているかを討論してただけですよ」
「うん。全くそうだよ」
これは……ブラフ?俺は弄ばれてるのだろうか?
いやでも二人とも目も表情もマジなんだよな……。じゃあホントにナチュラルなディスりなのこれ?
だとしたら取り上げるテーマそのものが間違ってないかと思ってならないのは俺だけなのだろうか……?
「いや、もうね。二人が俺の事を慕ってくれてるんだなーって事がこれでもかっていうぐらい分かりました!だからもういいんじゃないかな?」
「なに言ってんのパパ!私の想いはこんなんじゃないよ!」
「同じくです。担当としてバックアップさせてもらってきた身としては有り余る想いがありますよ」
「うぅん……何て言うかなー……想いは有り難いんだけどこれ以上のは俺のHPに甚大な影響が予期されるというか、行き着く先は蜂の巣にされちゃうというか……」
「パパ。もうこれは私たちの……女同士の譲れない戦いなの。引く訳にはいかないよ」
「敵ながら天晴れな気概ですね。私とて同じ。譲れませんね」
戦士がここに。
戦禍があろうとも何かを背負った二人は戦いに身を投じようとしている。
……うん。話を聞いて?
意地とかプライドとか何かがあるんだろうけどさ。この戦い間違いなく犠牲になるのは他ならぬ俺だと思うのよね?
このまま二人とも手を緩めないのであれば戦死ルートを爆進すること間違いなしでしょ?
この国の個人情報保護の理念に反してアイデンティティー抹殺の危機だ……。
「いや、全然君たちが争う必要はないんじゃないかな!?雪音ちゃんの気持ち、狼谷さんの気持ち。十二分に伝わりましたよ!」
「じゃあパパはどっちが一番だと思う?」
「そうですね。そこをハッキリさせてもらわないと」
「え?どっちが……?」
「うん」
「えぇ」
「……甲乙つけ難いかなぁ」
「それじゃ」
「ダメなんですよ」
停戦協定失敗……。
もはや俺の事が目的じゃなく、俺というテーマを壁に互いのプライドをぶつけ合おうとしている。
あれ?こんなスカッシュ形式なら俺いなくてもよくない?
「だいたい先生は優柔不断にも程がありますよ。もう少し決めるとこは決めてもらいたいですね」
「そうそう。ちゃんとカッコいいとこもあるけど9:1でダメなとこが目立つからね」
「先生は創作においても女性関係にしても死ぬ気でやってようやく一段上がれるんですから、もっと尻に火を点けてもらわないと」
「奥手も受け身も嫌いじゃないよ?でも物足りない感は正直出ちゃうよねー。パパはやれば出来る大人なんだから、当たって砕けてもっと砕けてもいいぐらいの思い切りはほしいな」
「砕けるというか粉塵になるまでやってもらってもいいですね」
「ねー。限界を超えるって意味でいいかも」
あ。スカッシュなんてお洒落なもんじゃない。サンドバッグだこれ。
しかも二人そろってテンプシーを放って来てるような微塵の遠慮もない応酬。
ここに来ての結託とは何故……?
これはあれか?一般ピーポーVS世界チャンピオンタッグの変則マッチか?
……いやキャスティングがエグイでしょ!?
世紀の対決どころか生気を根こそぎ奪われて再起不能になる残酷なショーでしかないよ!?
「パパの」
「ちょっといいとこ見てみたい」
「お二人さん……?」
「パーパーの」
「ちょーっといいとこ見てみたいー」
「ちょ、圧!圧がヤバい!!」
「さぁ」
「さぁ」
「ご、後生を……」
「おい!さっきから何やってんだ!」
『うるさい黙れ!』
「えぇー!!」
突如としてのお隣さん。でも入るやいなや二人のチャンピオンからの電光石火のカウンターが決まってしまい面を食らっている。いや、めり込んでいるぐらいかもしれない。
なぜお隣さんが来たのかは分かりかねるが、『うるさい黙れ』の一刀両断的この2次被害には同情の念しか湧かない。
怖い顔で突っ立ってるけどお隣さんが若干恍惚しているように見えるのは俺も平常心じゃないからだろう。
「誰ですか?」
「知らない」
「いや、あの人お隣さん……」
『お隣さん?』
「はい」
「……」
「……」
「なんか興が冷めてしまいましたね」
「うん。そうだね」
「今日の所はここでお開きにします。いずれ白黒ハッキリさせましょう」
「そうね。その時まで勝負は預けてくよ」
「こんな所で好敵手に出会うとは思ってもみませんでした。次回を楽しみにしてますよ」
「望むところ」
「では私はこれで」
か、狼谷さんお帰りで~す……ってホントに颯爽と帰っちゃったよ。
え?どうなったの?あたふたしてる間に終結したの?
「次までにパパ力を上げておかないと」
雪音ちゃんが謎の意思表明をしてるんだけど終わったの?終わってないの?
災害級の散らかり具合に何も整理が出来ませんよ……?
「最初は白昼堂々と二人で何してんのとか思ったけど、実際には仕事熱心な人だったんだねあの人」
「仕事熱心……?熱心っと言えば熱心かもしれないけど設定温度に問題はあるかと思うんだけどね」
「パパを想ってこそのでしょ。私には及ばないけど」
「譲らないね、そこ。でもホントにあの人が想ってくれてるかなー?悪い人でも嫌な人でもないんだけどさぁ」
「作家さんの担当って一回決まったら変わらないの?」
「ん?いや、そんなこともないよ。様々な諸事情で全然変わる」
「じゃあちゃんと想ってるよパパのこと」
「どして?」
「その諸事情を払い除けて最初から今まで就いてるんでしょ?それはパパを信じてないと出来ないんじゃない?」
確かにそういう見方もあるか。
奇怪難解の提案を乱射して、被弾する担当作家が倒れてもその虫の息の体に情け容赦なく追い撃ちをしてくほどのクレイジーワークが売りの人だけど、確かにあの人から何かに幕を引かれたことは一度もない。
どんだけまごまごして体よく形だけにしかならなかった駄作でも、途中で頓挫させずにギリのギリまで待って完遂はさせてくれた。
そうした意味では俺はあの人にちゃんと支えられて作家を出来てたのかもしれないな。
そこに対する想いがどんなに普遍的じゃないにしてもさ。
そう思うとかけがえのないビジネスパートナーに恵まれてたのかな。
「うん。そうかもね。作家生命を維持させてくれてたのはあの人あってのものだったかもね」
「うん。私も負けてられない」
「一向にブレないね。いやいいんだけど。ん?メール?」
【言い忘れてしまったのですが原稿明日取りに行きますのでそのつもりでお願いします。P.S.実地までしたので未完はナシです。キッチリカッチリやってくださいね】
……なるほどなるほど。そうかそうか。
これから俺のデスマーチが強制執行されるのですね。
前言撤回。
かけがえのないビジネスパートナーなんて思ったけど、あの人はデスマーチの先頭でバトンの代わりにデスサイズを振るう死神かもしれない。
笑えんぐらい冗談抜きでさ……。
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