第15話 毒の滴る手ほどき
「どんなのが面白そうなネタになりますかね」
ふざけてるのか真剣なのか。いや、真剣にふざけようとしているんじゃないかと思うんだけどそれが俺の平静を著しく揺さぶってくる。
この人の提案とか助言は中身としていつも的確5割の奇天烈5割という比率なもんだから今更驚きは無い。けど、どっちにしてもメンタルへの負荷に苛まれるんだからそこは悩みの種と言えるだろう。
「うーん。一先ず脱ぎますか?」
「なぜスタートがそれ!?」
「いや知的好奇心と性的興奮を同時に刺激できるかと思いまして」
「豪快な提案だな!?恥じらいというか色んなモラル的にそれはどうなんですかね?」
「作品のためならば恥じらいなんか必要経費じゃないですか?」
「いやその考えは狼谷さんぐらいだと思うんですけど……」
「そんなことはないです。担当という種族は大体そんなロジックですよ」
絶対そんなことない。全国の担当さんにとんでもないレッテル貼ろうとしてるよこの人。
そんな入射角えげつない方向からの流れ弾は勘弁してあげてほしい。
担当される作家なのに蜂の巣にされてきている俺からの切なる願いと祈りです。
「いや、もう少しラフなと言うかマイルドなと言うか。せめて入門編からやってくださいよ」
「入門編ですか?という事は前戯からになりますかね?」
「なにその門!?入口から重厚過ぎるでしょ!?」
「じゃあ先生は何が入門になるんですか?」
「え?んー……手を繋ぐというか、恋人繋ぎとか?」
「なんですかそれ。思春期ですか?中学生ですか?入門どころか入学すら出来てないじゃないですか」
「うぐっ……じゃ、じゃあ壁ドンとか?」
「今更ですか?どの流行りに引っ掛かってるんですか。壁ドンというか壁にぶち当たってませんか?」
「ぐはっ……!ぜ、前戯でいいです……」
「いいんですか?」
「……よくはないです」
「もうどっちなんですか」
いやそれ俺が言いたい。
希望と要望を述べただけでここまでのダメージ……俺はどうしたらいいんだ?
「殻を破るのに置きにいった案じゃ破れるものも破れないじゃないですか。思い切った事の方が新鮮さも面白味もあるかと思うんですよね」
「言い分は分かるしご尤もであるんですけど……思い切るにももう少し助走がほしいです」
「助走ですかぁ。仕方ないですね。確かに面白さにも前フリって大事ですしね」
「いや、ちょっと違うような気もするけど緩くしてくれるならいいです」
「じゃあ手始めに先生が最初に言った恋人繋ぎでもしてみますか?」
交渉成立と言っていいのかな?
肉を切らせて骨を断つと言えば聞こえがいいやもしれんけど、途中途中で骨ごと切られてるからなー。代償が無残すぎる気もするけど、一先ず主導権を完全に握られなくて御の字と見ておこう。
ただ前フリとかすでに言っちゃってるから単なる延命措置にしかなってないかもしれんけど……。
「ではどうぞ」
「じゃあ失礼して……」
差し出された手を有言実行として絡ませて握る。躊躇はない。というかここでまたモタモタしてたら問答無用でメッタ斬りにされそうだし。
「……」
「……」
「どうですか?」
「うーん。柔らかくて温い、ですかね」
「予想はしてましたが面白味ゼロの感想が出ましたね」
「い、言い返せないですけど助走なんだしこんなもんですよ」
「次はどうしますか?壁ドンいってみますか?」
「そうですね。お願いします」
「じゃあ壁際に寄って。はいどうぞ」
こういうのってシチュエーションとかも大事なんじゃないだろうか?
壁ドン案を自分で言っておいて何なんだが、無駄なく準備が整われて受け側の合図でアクションしてもどこも情緒的じゃない気がする。
俺レベルの奴がそこを突き出すなんて「何様だコノヤロー」と言われても余地なく敗訴してしまうぐらいなんだけど、実地って言うぐらいなんだからもう少し脚色はあってもいいんじゃないかな?
現状はドキドキというよりドギマギと言えなくもないです。
「じゃあ、いきます」
力みからか、はたまた距離感を測り損ねているからか。ちょっと勢い余ってドンをしてしまった。
感覚的にはドンと言うより相撲のてっぽうに近かったかもしれない。
それはそれとしてもこの人は微動だにしてないんだけど、正式及び公式の壁ドンでの採寸は分からないが俺からしたらこの距離は対応に困る近さだ。
自分でも分かってるけど目泳いでるし顔が熱い。鼻息はギリでセーブ出来ている。
「どうですか?」
「そうですね……これの需要と供給に困惑はしてますかね」
「先生ー。ちゃんと体感からイメージに置換していってもらわないと私が困惑しますよー」
「いやそうは言っても……狼谷さんはこれでドキドキとかしてますか?」
「先生。女性にそういうのを聞くのはタブーですよ。まぁでもお答えすると全然です」
してないじゃないっすか!
需要側も供給側も意味を成させようとしてないんじゃいよいよこれ何!?
壁ドンなんて言ったの誰だ!?……いや俺だ。
くそっ!数分前の俺をとっちめてやりたい!
「まぁでも、せっかく実地してる訳ですしね。自発的な工夫も必要ですかね」
「自発的な工夫?」
「とりあえず……」
「!!。ちょい何を!?」
「これでよーし。いかがですか?」
え?何やってるのこの人?いきなりブラウスのボタン全開にしましたよ?
これでよーしって見えてますけど。肌も下着も全開の所から覗かせてますけど。
俺の想像の範疇を超える言動をしばしばする人なんだけども、今日のはいつにもまして予測も想像も飛び越えてきてらっしゃる。
シラフだよね……?
「狼谷さん……?これは一体?」
「さっきまでは恋愛要素のシチュだったのでちょっと官能をここで入れてみました」
「ちょっと?それどころじゃない気が……入門編ですよね?」
「飛び級です」
「飛び級!?門下生は聞いてませんよ!?」
「じれったかったので。展開が急変するのは物語のお約束じゃないですか」
「急変過ぎるでしょ!?さすがのお約束も反故になりますって」
「いいですねー。先生のそうした反応含めて面白味が急上昇してますよ!」
うん。知ってた。この人が自分の欲求に素直な人だって事はさ。
求める面白さの為ならば自分の羞恥心とか自尊心とかすら惜しみなく材料にする。というか担当作家すらガンガン使役するのを厭わない。
これが日常なんだから、まさしく俺は作品の為に身も心も削っていると言っても過言じゃないと思うんだよね……。
「さぁ先生。たっぷりと想像を!次なる一手を!」
「えぇー!!」
「このまま脱がせるもよし。押し倒すのもよし。唇奪うのは得点高いです。触って揉みしだけば尚高いですよ!」
「ど、どんなプレゼンしてんすか……」
失敗した。早々に壁ドン態勢を解いとけばよかった。
もうすでに腰に手を回されてしまっている。当然振り解けない程の力じゃないんだけど目に入る白肌と押し付けられてる柔らかい物体とのせいで、変に動けば体中の血流がある一点に収束してしまう……!
かと言ってこのままだと遅かれ早かれそうなるのは必至。社会常識で言えばそうなる事は倫理上アウトではあるんだけど、対この人となると話は違ってきてしまう。
火に薪を焼べるように意気揚々と勢いが増す結果がもう目に見えてしまっている。そうなると手が付けられん……。
俺の中の
「さぁ先生。今こそ殻を破る時ですよ」
「ここでの孵化はどうかと思うんですよね……!」
「何言ってるんですか。ここで孵化して新たなステージに羽ばたかないとですよ」
「っ!!」
耳に息が!ヤバい!!
箍が軋む音が聞こえる気がする……!俺のは粗悪品だったのかもしれない。
これで易々と篭絡されるのはなけなしの俺の沽券が底をつく。
何か一手、一手を……!!
「天誅ー!」
「ぶふっ!!??」
側頭部に驚愕の衝撃。と同時に拘束も勢いで解ける。
思わぬクリティカルヒットに脳が揺れて視界が定まらないんだが、そこに反動する学生カバンを両手で持つ雪音ちゃんが間違いなくいらっしゃる。
なるほどなるほど。それで側頭部をぶち抜かれたんだねー。一手一手って願ってたけどまさか痛覚として「イテェ!」を与えられるとは。これは一本取られたなー。はっはっは。
……うん。笑ってられないな。なんか得も言われぬ厄介な雰囲気がしてならんですよ、これ。
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