第14話 恐怖の権化

朝陽が俺の顔をつつく。朗らかな温もりが朝の目覚ましだ。


洋々とした空気の中、強張った筋肉を解し清々しく日常が始まる。


特に決めたルーティンは無いが気付け代わり顔を洗う。心地よい目覚めの朝にはこれが身を引き締めてくれる。


そうすると程よく空腹が食事の時間を知らせる。


いつも軽めの俺は食パン1枚と淹れたての珈琲でシンプルに朝食をとる。メインはどちらかと言うと珈琲で、少し酸味もある芳しい香りが鼻腔に届くこの時間が何とも言えない。


熱めに淹れたそれを嗜みながらニュースを見たり新聞に目を通したりする。

ありふれた媒体ではあるがこうした所から自分と言う日常を俯瞰で見れる気がする。


有意義に思える時間の中で俺は、忘れてはいけない大事な事を切に感じれている。


そう。今の俺にとって大事な事。


仕事が進まねぇ……。


絶望的なぐらい全くもって能率が上がらない。


もう上がらな過ぎて現実逃避するぐらい。


朗らかな温もりの目覚まし?起きるどころか朝にお休みなさいなんてざらだわ。


メインは珈琲?それぐらいしかまともに摂取できるもの置いてないんじゃ。


ニュースや新聞で自分を俯瞰に?形振り構わなずネタ探しをしてるだけです。


苦肉のこの状況を少しでも美化できたら廃れたメンタルのクリーンアップになるかななんてのも思ったけど、鬱々に澱み切った現実を浄化するにはこんな茶番じゃ全然無理な話だった。


最近色々あったとはいえ、どれも題材や材料にするにはあまりにもまとまりきらなくて結局持ち腐れている。


掌編はいくつか書いてるけど賞レースものとなると途端にコンディションがガタ落ちになるんだから、持ち前の勝負弱さに自分でもほとほと呆れる。


「こうなったら全然書けないんだよなー。ばっくれたいなー」

「どこにばっくれるんですか?」

「えー?締切とか担当からの催促とかしがらみの無い所かなー」

「しがらみですかー」

「そうなんだよー。追われる身はホント大変なんだよー……うぇい!?狼谷かみやさん!?」

「どうも~先生」

「え?いつからそこに……?」

「先生が物思いに耽ってる数十分前にはいましたよ?」

「いましたよって……なにゆえ勝手に上がってんですか?」

「ダメですか?」


え?なんで逆に不思議そうに首傾げてるの?ダメでしょ?家主がご在宅でも気付かなければOKなんてルールはこの世に存在してないですからね?


「……ダメじゃないっすか?」

「うーん。先生と私、どっちが悪いんですかね?」

「え?」

「勝手に上がり込んだけど仕事で来ている私。結果が出てないにも関わらずあわよくば息抜きに逃げようとする仕事があるはずの先生」

「うっ」

「どっちが悪いんだと思います?」

「……いやしかし」

「集中力よりも妄想力に偏って現実逃避してる先生と、〆切を延ばしても現実的に待つ私。どっちなんでしょうね?先生」

「全面的にわたくしめが悪うございます!!」


若干の抵抗を見せようとしたけど、ぐうの音も出させないと言わんばかりに追いやられた。


完全なチェックメイトというか、自ら生んだ劣勢なもんだからそもそも戦える駒自体無かったわ。


潔さも大事なことは俺も学んでいる。


「女の子と同居してるからって絆されちゃダメですよ先生」

「いや絆されてはいませんよ?」

「じゃあ浮かれてるんですか?」

「いや浮かれてませんよ?……なんでそう思ってんですか?」

「先生が女の子と接するって快挙じゃないですか」

「快挙?」

「しかも同居なんて英雄譚ものだと思うんです」

「英雄譚?」

「だから変にテンション上がってるのかなと思いまして」


見下げすぎじゃない!?レッテルの貼られ方が横暴だよ!?


確かに経験値的には目も当てられないもんだけどさ。そんな語り継がれるような大それた事ではないんじゃないかな?


遊びの無いディスりだな。まぁこういう事言う人なんだけども。


「なんちゅう穿った見方なんですか。もうちょっと丁重に扱ってくださいよ」

「お好きじゃありませんでした?」

「お好きじゃないですよ。なにまたとんでもないレッテル貼ろうとしてんですか」

「私は好きなのに」

「……でしょうね」

「まぁこんな今更なものはいいんですけど、どの作業が詰まってるんですか?」


今更で片付けられたよオイ。

この人との関係性はズルズルこんなではあるけれど俺は諦めてないからね?


作家と担当。相互作用が循環していくパートナー像をこれからも推奨していきます。

もうマニフェストと言ってもいいでしょう。


「いつか実現させましょう。うん」

「何がですか?」

「声に出てた。いや、俺の威厳を……」

「なるほど。それは構いませんけどそろそろ作家としての再浮上も実現させて下さいね」

「ぐふぅっ!」


会心の一撃。フックからのアッパーとボディにストレートを同時に食らったような感覚。

しかもなぜかセコンドに。


俺は毎回何と戦わされてるんだ……?


「話戻しますよー。どこに詰まってるんですか?」

「はい……どこにって言うか本筋から構成からキャラからもう全般的にです」

「それ全く真っ新じゃないですか。どうしてですか?」

「まるっきり新ジャンルに挑戦してるからですかね」

「もう何やってんですかー」

「いや……あなたの提案ですよね?」

「自分の殻を破ったその新境地がいいじゃないですか」

「新境地も何もなぜに"官能を織り交ぜた恋愛もの"なんですか?俺にはビギナー過ぎるでしょ?免許どころか教習所すら行ってないヤツですよ?」

「同居の女の子と一つや二つ過ちとかないんですか?」

「さらっととんでもない事いいますね。ある訳ないでしょ」

「作家ならスキャンダルぐらい自ら作らないと」

「とんでもない事しか言いませんね。そんなマッドな作家目指してませんよ」

「頑なですねー。なんか面白い事の十や二十ないんですか?」


この方のブレーキは何処!?


しかも一個や二個とかじゃなくて十や二十!?

無茶過ぎて、今日も胃に穴どころかもう千切れそうなんですけど!?


千切れてくっつけてなんてやってたら継ぎ接ぎだらけになるよ?これ以上いったら胃がパッチワークになっちゃうぞ!?


「作品に転換出来るようなソースはないんですよ」

「なんなんですか。先生はチェリーでもありチキンでもあるって言うんですか?」

「いやいや!至極真っ当な日頃の行いです!」

「そういうことにしておきましょう」

「なんで俺が妥協された形になってんですか……」

「もう少し議論いっちゃいますか?」

「いやいっちゃいません。チェリー&チキンで構わんです」


ファイティングポーズは取っちゃいけない。コーナーに追い詰められ連打連打のビジョンしか見えないから。


選手自らタオルを投げましょう。

たとえチェリー&チキンって得体の知れない責めた新商品みたいな不名誉極まりない称号が増えたとしてもね……。


「では具体的に打開策を練っていかないといけませんね」

「打開って事は方向転換という道はないんですね……」

「それじゃ可能性が見えてこないじゃないですか。面白くないし」

「面白基準ね……もう皆まで言いますまい。なんか打開策はあるんすか?」

「取りあえず先生は文章に変換出来るほどのイメージがからっきし無いのが一番だと思うんですね」

「それはそうですね」

「なので手っ取り早く実地しましょう」

「実地……?なんか不安の掻き立てられる響きなんですけど、何するんですかそれ?」

「もちろん"官能"と"恋愛"を経験値に変えるシュミレーションをやるってことです」

「えっと……誰と?」

「私と」

「うんと……どこで?」

「ここでです」


真面目な顔でのプレゼン。逃れられそうにもないこのガチ感……暗雲低迷の雰囲気がしてならない。

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