第13話 真実は理不尽ながらもいつも一つ

首から上の衝撃と手の平に残る感触とで俺の感覚器はショート寸前だ。


「いきなり誰!?何!?」

「あーっと……」


衝撃でまだ目がチカチカ、頭がクラクラしてる。状況を上手く整理できない。


「痴漢!?痴漢ね!?」

「痴漢?」

「問答無用!!」

「!?」


追撃の張り手にとっさに体が反応した。

確かボクシングとかで言うクリンチって言ったっけか?またあの衝撃を食らわないよう必死に間合いを潰した。


「あっ」

「~~~!!一度ならず二度までも!この変態!!」

「のわっ!ぐへっ!!」


何の抵抗もなく体が宙に浮き綺麗な一本背負いで投げ飛ばされた。

不可抗力と言うか自己防衛的にクリンチになってしまったのだけれど、まさか相手の胸に顔を埋める形になってしまうとは……。

わざとじゃないんです。必死だったんです。皆さん信じて下さい。


当然俺に受け身の技術など無い。でも、救いなことに飛んだ先にゴミステーションが鎮座していた。しかも燃えるゴミの日だったのか大部分が紙系統でクッションとして俺を受け止めてくれた。


人生においてまさかゴミに感謝する日がこようとは……黒歴史になるかなこれ。


「三淵さん!?」


ゴミの中で無残に埋もれてる俺の所に大家さんが駆け寄って来る。

有難いことなんだけどもこんな姿を見れるとは……黒歴史2ページ目かなこれ。


「だ、大丈夫ですか!?どうしたんですか一体?」

「いやー話せば長くなるというか、ややこしくなるというか……」


何をどう説明したらおさまりがつくんだこれ?俺が口達者だったとしても無理だよ。


「って大家さん!後ろ!逃げて下さい!」

「?」


大家さんが振り向くすぐ後ろに不審者(女)が俺に睨みをきかせ仁王立ちしている。つーかホントに少し仁王に見えんくもないわ。

もうそれぐらいの怒気。


そこに間髪入れずに大家さんが間に割って入る。両手を広げ俺を庇うように。


「ちょっ!大家さん!?ここは構わず逃げて下さい!」

「三淵さんはともかく。こんなとこで何してるのお姉ちゃん?」

「俺の事は気にせずに……って、お姉ちゃん?」

「!!!」

「なんで驚くの。なんか変な格好だけどそれぐらいじゃ隠せないよ?」

「さ、さすがね」


えぇー!?まさかの大家さんのお姉さん!?


大家さんに兄弟姉妹がいてそれはなんら不思議でも何でもないけど、俺を文字通りゴミの中へダストシュートした人がお姉さんだっていう事に戸惑いを感じている。


似てると言えば似てると言うかどこか大家さんの面影もある気するけど、柔和な感じの大家さんとは違ってくっきりとした顔立ちをした美人さんではある。


だからと言ってどうって訳じゃないけどさ。


「で?これはどういうことなの?」

「いや、その男がいきなりセクハラしてきたのっ」

「セクハラ?三淵さんが?遠巻きにはそんな風には見えなかったけど、そうなんですか三淵さん?」

「結果としてそうなってるから信じてもらえるか分からないですけど……」

「ちゃんと聞きますよ」

「そうですか。実はそこにいる大家さんのお姉さんがアパートの方を覗いてて、それが有無も言わず怪しかったから最近噂になってるっていう不審者かと思いまして。声かけようと思ったら大家さん目掛けて駆け出すもんだから襲う気なんじゃと俺も気が早って無我夢中で取り押さえようとこんな形に……」


かいつまんで説明したけど、大家さんへの後ろめたさがある分若干歯切れが悪かったような気もする。


聞こえようによっては嘘っぽくなってしまうかもこれ。


「なに私を悪者にしようとしてんのよ!思いっきり私の胸揉んだりパフパフしてきたりしたじゃない!」

「必死だったんで変に思いっきりいっちゃったと言うか……男って思ってたんでまさかお姉さんで女性だったとは俺も驚きで」

「何を白々しい!」

「パパの言い分は合ってるよ」

「雪音ちゃん!」

「いきなり何この子?」

「パパの娘です。それよりも、あなたがアパート前で覗いたり彷徨いたりして怪しい変な行動してるとこは私も見てるんです。なんか事故的な事はやっちゃってますけど一言一句間違ってません」

「怪しくないわよ全然!これは正当防衛!」

「不審者!」

「正当防衛!」

「不審者!!」

「正当防衛!!」

「不審者!!!」

「正当防衛!!!」

「はい!分かりました。そこまで」


一拍手で言葉のぶつけ合いを制しましたよ。すげぇな大家さん。


なんか貫禄があるよ。良い意味でね?


「なんとなくしか事情は飲み込めないけど、取りあえず私は三淵さんを信じます」

「お、大家さん……!」

「え!?なんで!?」

「色々と勘違いされる事も多いですけど、故意に不埒なことを三淵さんはする人じゃないって私は知ってます。大家としてあのアパートで見てきてるんですから」

「さっすが大家さん!」

「雪音ちゃんのお墨付きもあるしね」

「そ、そんな~。お姉ちゃんの言うことは信じてくれないの?」

「信じる信じないの前に、お姉ちゃんはなんでこんなとこにいるの……?」

「!!。あ、いや、それはそのーなんというか、たまたま通り掛かったというか、ちょっと可愛い妹の顔でも見ていこうかなーとか……」


なんだろう?よく分からないけど雲行きがおかしい感じが醸し出されてる?


お姉さんが見て明らかにしどろもどろになってるけど、一体?


「お姉ちゃん?私の所に来ちゃダメって言われてなかった?」

「いや来たっていうかホント偶然だったというか!」

「……お姉ちゃん?」

「うっ……!」

「……父さんに言いつけます」

「そ、それだけは!それだけは勘弁して!ちょっとした出来心なの!嘘言ってました!!ごめんなさい!!」

「ダメ。もうメール入れたからたっぷり絞られなさい」

「そんな~~~!!」


凄い落胆してる。っていうか落胆どころか地にひれ伏してこの世の終わりみたいになってる。


え?大家さんのお父さんってどんな人なの?こんな死刑宣告を受けたかのようなテンションにさせるってどんだけの恐怖をもたらす人なの?


とは言え往路でこれだけ周りの目もくれず打ちひしがれている姿は、もうどっちが姉で妹かもう分からんくらい威厳は無いな。


「ごめんなさい。なんか姉が迷惑をかけたみたいで」

「あ、いえ。とんでもないです。それよりなんでお姉さんはあんなに事に?」

「姉は昔から私を可愛がってはくれるんですけど、身内からも外見からも度が過ぎちゃってて。あまりにも妹離れが出来ないから父から接触禁止令が出てるんです」

「あー。それでこういう事に」

「父からはきつく言われてるのでほとんど無かったんですけど……なのにもうー。姉も武道を心得ていますけど怪我とかは本当に大丈夫ですか?」

「それは自分でもびっくりなくらいピンピンしてます」

「そうですかー。それは良かったです。でも、私なら襲撃ぐらいどうにか出来ると思うので三淵さんがそんな無茶されなくても……」

「あー、いや。それはそうなのかもしれないんですど、なにぶん無我夢中でしたし、大家さんが強いって言ってもじゃあいいっかって楽観出来るほど肝っ玉が大きくないと言いますか……自分はもやし野郎でもおいそれと女性を蔑ろにしてはダメな気がして」

「はぁー。なるほど」

「そんなポリシーとか正義感がある方じゃないんですけど」

「……ふふ」

「結果やられてまくって不甲斐ないんだからそりゃ笑えますよね」

「いえ。そんな風に思って笑ったんじゃないんです。三淵さんって変わった人だなーと言うか、そんな人だったなーって思っただけです」

「そうですか?」

「ふふっ。そうです」


なんかよく分からないけど笑ってくれてる大家さんを見て少しホッとした。


それのおかげか気まずさも感じない。


「そう言えば、不審者とか物騒なことに三淵さんが興味を持つって珍しいですね?」

「え?あぁ。それはちょっと汚名を返上しようかと思いまして」

「汚名?」

「いや、あの大家さんの下着の件でホントに自分は身に覚えがないので、噂になってるっていう不審者がもしかしたらやったんじゃないかと思いまして……それで今回の顛末です」

「……あ、あの。それについて一つお話が」

「え?なんでしょ?」

「あれなんですけど、犯人はたぶん猫なんです」

「猫かー……猫!?え!?どういう事ですか?」

「実は最近アパートの敷地に野良ちゃんが何匹かウロウロしてて。可愛くてついエサあげてたんです私」

「は、はい」

「今日も実はあげてたんですけど気付かない内に一匹がドア開けっぱなしの部屋に入ってたみたいで。三淵さんに手をあげてしまってから部屋戻ると脱衣所から点々と伸びる肉球の後があって……」

「え?えぇー!?」

「ごめんなさい!!あの時、三淵さんが手に持ってたのが瞬間的に目に入ってそれに反応してあんなことを……ホントごめんなさい!!」


まさかの猫!?


おいおい。ぬけぬけと侵入してパンツ加えて逃走したってのか?エサを貰っておきながら恩知らずな奴だ。

しかもなぜパンツチョイス?とんだ助平猫もいたもんだ。


思わぬ形で真相解明したけど、じゃあ俺って殴られ損じゃない……?しかも別口で二回プラス一本投げ。

いやまぁ、あらぬ容疑が晴れて汚名が返上されたのであればそれはそれでいいのだけれど、結果オーライと言えるほど割に合ってるだろうか?


「誤解が解消されたんだったらそれでいいですけど……取りあえず今後は無闇に猫にエサをあげないか戸締りをちゃんとするかにしてもらえるともう悲劇は起こらないんじゃないかって思います」

「はい気を付けます……」

「めでたしめでたしだね」

「めでたしなの?これ」

「思ったもん勝ちだよパパ」


なんともポジティブ!こんな悲劇を力に変えれてたら俺はどこぞのヒーローになれるんじゃないかって思うよ。


でも、紆余曲折あったとは言え俺の事でここまで付き合ってくれたんだから雪音ちゃんにも先生にも感謝はしなくちゃな。


「ん?そう言えば先生は?」

「センセー?センセーならあっちで職務質問されてるよ?」

「それは大変だね…………は!?職務質問?なんで?」

「お巡りさんが言ってたんだけど、噂になってる不審者ってもう一人いたんだって。で、もう一方は黒い車でここら辺を低速で巡回してるらしいんだって」

「え?それが先生の車っていうの?」

「そうみたい」

「……噓でしょ?」

「車種も目撃情報あるみたいで先生のと同じみたいだし、何よりセンセー自分でも私の事が心配だから巡回してたって熱く言ってたよ?」

「おうぅ……」


先生よ……熱意あるパトロールのつもりでも法治国家内で認知されなきゃアウトだよ。ミイラ取りがミイラになるってこの事を言うんですかね?


色々あったけど、なんかこれが一番の悲劇かもしれない。見ようによっては喜劇かもしれないけど。

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