第12話 不審者現る

「あ、あの。これは一体どういう事でしょうか?」


いや。俺が聞きたい。これは一体どういう事なんでしょうね?


取りあえず流れのまま3人で乗車しましたけれども、バックミラー越しに俺を見てくる先生の視線がむず痒い。


「先生はなぜここに?」

「え?それは雪音さんからLINEが」

「LINE?」

「生徒指導の一環で学年に周知しているものなんですけど、少し前にそこに『一大事』ってメッセージが入ったので何事かと思い急いで来たんです」

「……雪音さん?どういう事かな?」

「ん?それはおもしろ……人手が多い方がいいと思って」


本音が隠しきれてませんよ雪音さん!?完全に悦楽枠で先生を呼んだよね?


しかもLINE一つで呼び出せるなんて。彼女か!都合の良い彼女感覚で呼び寄せられてますよ先生!?


「雪音さん……」


シリアスな雰囲気。いいぞ先生。これは言っていいぞ先生。


「私で力になれる事なんですね……?」

「もちろん。他の先生には頼めないよ」

「分かりました…!!尽力しましょう」


そうだった。こういう人だった。


先生。もう少しよく考察をしましょうよ。あなたが奉仕しようとしている子は下心を携えてますよ?小悪魔生徒なんですよ?


「さすが先生。話が分かるー。じゃあ早速張り込み開始しよー♪」

「分かりました」

「……」

「ほら。パパの為なんだから気合い入れないと」

「お、おう~……」

「覇気がないなー。なんか食べて栄養補給する?」

「食べ物なんかあるの?」

「張り込みと言ったら定番でしょ?」


いや、張り込みってそもそも我ら一般市民のルーティンではないしな。果たして定番なのか?


でもあれか?あんぱんと牛乳的なニュアンスのやつかな?


「ちゃんと3人分家から持ってきてあるよ。まずはこれとこれ」


シュークリームとカフェオレ?え?欧州風?微妙に違くない?


「先生にはこれとこれかな」


ホットドッグとコーラ?え?アメリカン?大分違くない?


「パパはこれだね」


裂けるチーズと栄養ドリンク?え?全然違くない?


「雪音ちゃんや。これ定番なの?」

「冷蔵庫にある物で見繕ったから誤差はあるかな」

「誤差の範囲かな~これ?欧州風とアメリカンのセットは亜流と捉えるにしても、俺のこの組み合わせはどうよ?刑事さんでもそれなりにたじろぐんじゃない?」

「贅沢はなしだよ。ここは雰囲気雰囲気」

「張り込みにこだわりがある訳じゃないから贅沢は別に無いんだけどさ。違和感がどうもね」

「そこは気の持ちようだよ。ほら。先生はもう食べてる」

「え?」

「頂いてます」


いや受け入れんの早すぎだろ。

生徒からであれば怪しい壺でも売り勧められたら買っちゃうんじゃないだろうか?この人。


「……まぁ、うだうだと引っ張ることでもないし、いいっちゃいいけどね」

「そうそう。あくまでメインは張り込みこっちだからね」

「もう乗った船だからそこを否定はしないけど、上手くいくかねこれ?」

「それはやってみなきゃだよ。相手は不審者なんだし」

「不審者ってこの界隈で目撃情報がある件のですか?」

「あれ?先生も知ってんですか?」

「いえ、私個人っていう訳じゃなく学校側に地域で出てる噂は情報として回ってくるんです。ただ、雪音さんの近所という事で私も気に留めていました」

「なるほど。見事な危機管理で」


先生だけでなく学校として拾っている情報なのだからもう軽い案件じゃないんじゃないか?


それを全然知らない俺のアンテナってのもちょっと疎すぎない?

小説家っていう生業としても情報に敏感じゃないってヤバイ気がする……。


担当に知られたらバッサバサ斬られてるな。


「ちなみにその不審者の風貌とかって分かってるの?」

「えっとね。確か身長が180㎝くらいで上下黒のジャージを着てて、黒のキャップにマスクとグラサンをしていたって回覧板には載ってたよ」

「学校側に届いている情報もそれと同じですね」

「へぇーそう。もう一回特徴教えてもらえる?」

「ん?もう一回?」

「うん。もう一回」

「えっと身長180㎝くらいで」

「うん」

「上下黒のジャージ」

「うんうん」

「黒のキャップに」

「うんうんうん」

「マスクとグラサン姿だね」

「なーるほどねぇ……」


……いるぞオイ。

嘘だろ?今雪音ちゃんが言った特徴に寸分狂わない奴が電柱の陰にいるぞ?


え?タイミング恐ろしすぎない?言って早々だよ?


いつからいたのか分からんけど、アパートの方を見てるみたいだからこっちからは丸見えだ。


「なんか……いるね。怪しげな人が」

「あ。ホントだ。いるね、怪しげな人」

「見るからに怪しい人ですね……目撃情報と合致する風体ですよ」


どっからどう見ても満場一致で不審者だ。怪しいったらありゃしない。


夕方とは言え、まだ明るさが全然残ってるこの時間帯にあの姿はめっちゃ目につく。

本人はあれ隠れている気があるのか?


いや。無いなおそらく。

今度は同じ所を行ったり来たりウロウロし出した。


「なんですかね。あれ」

「なんでしょうね。あれ」

「あ。次は立ち止まったよ?」


腕を組ながらなんか考えるように上を見上げてる。しかも道のど真ん中で。


全く意図が読めないが一つ言えるのは、あの不審者は忍べてないしむしろ忍ぶつもりが毛頭ないんじゃないかって事かな。


あれでもし忍んでると思ってるとしたら、アイツはとんだ天然系不審者なのだろう。


「もう私たち以外にも道行く人皆に見られてますけど……どうしますか?」

「あれだけ目立ってたらねー……もう俺らじゃなくても善良な誰かが国家公務員さんに連絡入れてるかもね」

「気になるし、なんか声かけてみる?」

「確かに気にはなってるけど、不審者は不審者だし万が一があると危なくないかなぁ」

「そこはパパがガツン!とね」

「あ。行くのは俺なんだ」

「パパ。私もセンセーも女の子だよ?か弱い女の子に危ないことさせるの?」


ぐふぅ!!

幼気な上目遣いと全くの正論が俺のメンタルにクリティカルヒット!


確かにそりゃそうなんだけど、そうなんだけどもさ。

その前に行く行かないの選択権と決定権は俺にもあるんじゃないかと思うんだけど……。


なにせ相手は不審者だよ?何か物騒なアクションを起こされたら文化系草食三十路男子には対抗できる自信は皆無だよ?


今すぐに再検討を申し出たいところだが……ダメだ。容赦なく浴びせ続けられてるこの上目遣いに俺のメンタルは打ち克てないと断言出来る。


「わたくしめが行かせて頂きます……」

「それでこそパパ♪」


もうそう言うしかなかった。

2時間ドラマで言ったらもう崖の上だったわ、これ。


まぁ、駄々こねるのもさすがにみっともないしやるだけやるしかないか。


ただ、いざ車から出てまじまじと動いている不審者を目の当たりにすると幾分緊張は走るけれどもね。


それにしてもさっきからルーティンのように、アパートを見る→ウロウロする→考えるように上を見上げる、を一連で繰り返している。


もう奇怪の一言だわ。どうか好戦的な相手じゃありせんように……。


「フーッ……」


深呼吸のような息を一つ。気付かれたら逃げられるかもだし、じわりと距離を詰めていこう。


おおよそ10m。すでに気付かれてもおかしくはない距離ではあるんだけど、あの奇怪行動のおかげでまだ意識の範囲外にいれてるっぽい。


このまま良い距離を確保して……って、ん?向こうから見覚えのある人がこっちに来てる。


あれは疑う余地なく大家さんだ。スーパーの袋ぶら下げてるから買い物帰りだろう。


普段ならともかく、なんというか今ここで鉢合うのは些か気まずい……。

Uターンして一時撤退したいところだけど、変に動けばターゲットにおそらく気づかれるだろうし。

……これはどうしたもんか。


「ん?」


気のせいだろうか。不審者の行動がおかしい。

いや終始おかしいんだけど、なんか大家さんの方を凝視してる気がする。


心なしか小刻みに震えているというか身震いしてるみたいにも見えるんだけど、なんか嫌な予感しかしない。


「ちょっとそこの黒づくめの人、って、うぉい!?」


弾けんばかりに駆け出しやがった!?


声はかけたが俺に気付いてってこと訳じゃない。明らかに大家さんを認識してそこめがけて猛進している。


「こりゃマズイだろオイ!?」


四の五の言わず俺もダッシュする。一歩目ですでに筋が伸びそうになったけど、今はそんな悠長に準備運動なんて出来るわけもない。


猛ダッシュなんて久方ぶり過ぎるし、元々足の速さも中の中な一般ピープルスペックでどうにかなるのかと思いながらスタートを切ったけど、思いの外距離が縮まってる。

火事場の馬鹿力ですかね?


大家さんとの距離はもうあまり無いけど、どうにか奴の背中に手が届きそうだ!


「ストーーーップ!!」


後ろからそのまま奴を鷲掴むように全力でホールドする。

なんとか間に合った。力に自信がある訳じゃないけど、どうにか動きを止めれた。


「取りあえずこのまま大人しくしてもら……ん?」


手に力が入れれない。なんだろうこの違和感。ガッチリと掴もうと思っても不思議な反発で押し返される。

反発と言っても妙に弾力があるというか嫌じゃない手応えというか。これはまるで……。


「なに……」

「え?」

「なに人の胸揉んでんのよーー!!!」

「ぐほっ!!??」


女やないかーーーーい!!


そんな心の叫びを放つ俺に渾身の張り手が脳を揺らし首ごと体を捻らせる。それはもう無駄のない一撃で意識が飛ぶというか俺の体が飛んだ。

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