第10話 ハニートラップ?
胃が痛い……。
なんだろう、雑巾を絞るみたいにずっと捩れてる感覚すらする。
ファミレスからの帰り。もちろん食べ過ぎての胃もたれじゃない。
つーか食べ過ぎが出来るほどの財力の余裕はないし、むしろドリンクバーで水分しか摂取してないわ。
この胃痛の原因。それは不定期で開催される担当との打ち合わせ。
思い立ったが吉日と言わんばかりにあの人は、こちらの都合云々とかは一切合切考慮はせずにセッティングをしてくる。
前日に連絡があればまだ良い方で、当日にいきなり呼び出されるのはもうざら。
関係性で言ったら作家と担当のはずなのに、召喚術士と召喚獣のような一方的な呼び出され方は否定できない。
いや、俺は使役されているんじゃないからね?俺だって対等に語り合いたいというスタンスは変えちゃいない。
言うことは言ってる。ただあの人には全く響いていないんだけどもさ……。
果たして今後も俺のメンタルと内臓は無事でいられるのだろうか?
まぁ指摘は的確で間違いないし、仕事一点にだけ目を向ければやり手の方だから今日出た指摘は書き手のリソースとしてしっかりと昇華はせねばね。
代わりに生体機能としての消化はおそらく飛び抜けて低下しているだろうけれどもさ……。
色々とまとめるのは明日以降からにして早く帰って一旦寝たい。体を休めるのも仕事の内ですよ。
……これは
毎回毎回、帰路に着くまでに気も足も重いのは堪えるなぁ。一度でいいから清々しく帰りたいもんだよ。
そうならないのは俺の実力の問題が一番多大な訳なんだけどさー。
「自棄になれる気力も無いし、取りあえずはやるだけやって……って、ん?」
なんだろう?ウチの前になんか落ちてる。ハンカチかな?
「誰かの落とし……!!??」
ハ、ハンカチじゃねぇ……!これパンツじゃねぇか!!しかも女性の!!
どういう事だ……?なぜ俺の部屋の前にこんな物が落ちてるんだ?
落とし物?いやいやいやいや!日常生活で簡単に落とす代物じゃないでしょ!?
だとしたらイタズラ、か?犯人は雪音ちゃん?
うーん。いや、違う気がするな。
イタズラ好きだとは言えこれは笑える類のものじゃないし、雪音ちゃんもこれをするメリットが流石に見当たらない気がする。
だってアパート敷地内だとしても外にこれを放置ってリスクしかないだろ。
じゃあこれはなんだ?
風か?風で舞ったどこかの洗濯物が偶然ここに不時着したのか?
いやー可能性として0ではない気がするけど、でもあんまりしっくり来ないな。
考えても埒が明かない……!
取りあえず元の場所に戻し置いて関与した履歴を消さなければ……。
「あら?三淵さんお帰りなさい」
「はぅう!?」
聞き馴染みのある声に反応して変に体が跳ねた。不用意に背後からは俺の自律神経が付いて行けませんよ?
「お、大家さん~?ども~。ただいまです~」
「お出かけだったんですか?」
「えぇ。ちょっと打ち合わせで……」
ヤバイ……咄嗟の勢いでブツをポケットに押し込んでしまった……。
いや持ってるとこ見られるのもそりゃマズイけど、それを保有してしまうのも当然マズイだろ?
何やってんだ俺の自律神経よ。
「打ち合わせですかー。それはお疲れ様です」
「あーいえいえ。どうもどうも」
「それって結構大変なんですか?」
「え?」
「なんか疲れてるように見えて」
「あー。そうですねー。担当が結構ビシビシな人なんでやられる事は多いですかね」
「そうなんですかー。厳しい方なんですねー」
「まぁ仕事ではあるんで贅沢も文句も言えないですけどね。はは」
ごめんなさい担当さん。さっき思いっ切り文句言ってました。そして、そんなどうでもいい嘘を大家さんにもついてどうにも胸はチクチクしますよ……。
「でも、滅入らずにやってる三淵さんは立派だと思いますよ」
「そ、そんなことないですよ~」
疲れた心身に痛み入る言葉で普段の俺なら有頂天気味になるところなんだけど、今に限っては立つ瀬がないと言わざるを得ない。
なんたってポケットにパンツ入ってるからね?俺からしたら不可抗力的であるとは言え、これは立派どころかけしからん状態にあるのは否定出来ないからね?
「お世辞とかじゃないですよ?お仕事のこともそうですし、雪音ちゃんのことでも尽力してるんですから三淵さんはやっぱり立派だと思いますよ」
「いやーもうーとんでもないです……」
ぬおぉぉぉぉ……!!善意が痛い!大家さんの善意が情け容赦なく俺の良心を締め上げてきちゃってる……!
悪い事をしているはずじゃないのに、俺のポケットにあるブツが異質なオーラを纏っている気がしてならない。
なんたって、これがあるだけで物的証拠と状況証拠がセットで揃ってる。とんでもないジョーカーを保持しちゃってるんだよ!
大家さんには物凄く申し訳ないけど、ここはどうにかして早々に切り上げる方向に持っていかなければならない……!
「そう言えば大家さんはなんで2階に?」
「あ。そうだった。用事があったんですよー」
よし!まさかの一手で状況を翻せた!このまま乗り切るんだ!
「そうだったんですか!すいません、なんかお手間を取らせちゃったみたいで」
「いえいえそんなことないですよー。丁度良かったですし」
「ん?丁度良かった?」
「丁度三淵さんの所に行こうと思って来たんですよ」
「へ……?俺の所にですか?」
「はいー♪以前話で盛り上がった映画のDVDを借りれたんです。三淵さんもこの作品好きって言ってたし良ければ一緒に観ようかなと思って」
ガッデーーム!!
まさかの俺指定だと!?翻せたと思ったのに急な突風で危機的状況が帰って来た!!
しかも映画鑑賞って……あの作品は内容量が目玉で最新作は確か3時間強のシリーズ最高巨編だったはず。
結構な長尺で過ごすことになりますよ!?
どうする?断るのが得策か?
でも、悪気など当然ない大家さんのお誘いを無下に断るのも果たしてどうなんだ?
もうなんちゅうジレンマ。今度はストレスで捩れてた胃に穴が開きそうだわ……。
「あ、ご迷惑でしたか?」
「え!?あ、いや!そうじゃなくて、えーっと」
なんかもう訳の分からない罪悪感が俺の思考力も判断力も正常に働かせなくしようとしてる。
しかもこんな時に限ってさっきから携帯がバイブしてる。
余計な神経を磨り減らしている俺の方が今にも震え出しそうだわ。
……いや、待てよ?
携帯出て急用だとかにすればどうにかしてこの難を逃れられないか?
よし。白々しいかもしれんがその策に打って出よう。
「あ。すいません!電話だ!」
「あら。どうぞどうぞ」
「えーっと。はい、もしもし?」
「?。三淵さん何か落ちましたよ?」
「え?」
……落ちてる。確かに落ちてるね。例のブツが。
あー。そうだったそうだった。携帯入れてた同じポケットに突っ込んでたんだよねー。
携帯に出る事だけに意識を持って行き過ぎたからこんな事になるなんて想定丸っきりしてなかったねー。
一番の危険物資の存在が抜けるなんて、人間テンパっちゃいけないんだねホント。
さぁ自分へ一言……バカヤロオォォォ!!
「ち、違うんです大家さん!これは俺のじゃないというか偶然拾ったというか!ポケットに入れてたのも収集したとかじゃなくて不可抗力でこうなったといいますか!」
「三淵さん……」
「はい……?」
「それ、私の下着です……」
大家さんのだったのかーい!!アウトの役満じゃねぇか!!
「いや!あの!ホント故意とかじゃなくて!!」
「不純……」
あ。ダメだ。スイッチが入る音が聞こえた気がしたわこれ。
「禁止です!!!」
「ぐふぅぅぅぅ!!??」
全身のバネを使ってさらによく分からない捻りの加わった掌底が、俺の首ごと吹き飛ばすんじゃないかってぐらいの力で放たれた。
なぜかスローモーションになる中で、今後ポケットに物を入れるのを絶対にやめようと強く思った……。
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