第9話 三番勝負

「さぁ始めますよ。雪音さんはレフェリーをお願いしますね」


逃げられなかった……。誰だ俺にヘイトをかけたのは?


そもそも勝負って何よ?

見た目で人を判断するのはあれだけど先生外見は真面目そうじゃないっすか。ビシッとスーツを着て、無駄なく髪も結わき、キリッと眼鏡もかけていかにもインテリジェンスじゃないっすか。


なのになんでこの人は体育会系みたいなノリなの?そんなギャップ所望してないよ?


いや話し合いでどうこう決着がつきそうにも無かったけどさ、果たしてこれは教育者の解決方法で合ってるのだろうか?


迷走というのか暴走というのか……取りえず俺は逃走したい。心から。


「あのー、具体的に勝負って何するんですか?」

「そうですね。私が指定してしまうのはさすがにフェアではないので、勝負の方法は雪音さんに何か決めてもらいましょう」

「え?私?」

「えぇ。勝負する当人より第三者に決めてもらう方がお互い文句もないと思います」


いやあるよ文句?勝負をすること自体に不服申し立てがありますよ?


「私が決めるのかー。どんなのがいいんだろ?」


めんどくさくないものをお願いします雪音さん。

とにかく流れを読んだ采配を一つ頼んます。


「そうだなー。ちょうど洗濯してそのままの服があるから、いち早くキレイにそれをたためるかでどう?」

「なるほど。あえて家庭的な要素で勝負ってことですね?いいでしょう。異論ありません」

「え?いいんですか?」

「なんですか?何か不都合でもあるんですか?」

「いや、不都合はないんですけどホントにいいのかなって思って」

「……自信ありってことですね。それでも私は教師として引く姿など見せられません。その勝負でいきましょう!」

「そ、そうですか」


いや先生。背後にいる雪音さんをご覧なさいよ。不敵だよ?不敵に微笑んでるよ?

俺は気付いている。これは勝負にかこつけて家事を片付けようとしている算段であると……。


どこの世界に真剣勝負に衣類たたみを打ち出す所があるよ?

いいのか?ホントにいいのか先生!?


気付いている分、俺は少し複雑だぞ!


「なんか煮え切らない顔してるけどパパも位置についてついて」

「へい……」

「じゃあ勝負は適当に取った服10枚を先にたたみ終えた方が勝ちね。あっ。キレイさも芸術点に入れるから気合入れてね♪」

「芸術点ってなんだよ……」

「分かりました!」

「いくよ?レディ~~~ゴー!」


始まっちゃったよ盛大に。先生も躍起に目の前の衣類に飛びついてガチ感が半端ない。

もうやるしかないのね……。


えーっと?ワイシャツにジャージにTシャツ。それとワンピースにフリル付きのシャツにスカートと……ってこれ全部女物じゃない!?

ワイシャツとジャージとTシャツに関しては学校指定のヤツ!!


オール雪音ちゃんの物じゃないかよ!ってことは先生サイドは……やっぱり俺のじゃん!ちゃっかりトランクスなどの下着類も入ってる!?


……確信犯だな。家事を片付けさせつつ且つエンターテイメントとして楽しむとは。恐ろしいよこの子は。


まぁ先生はそこに対して抵抗はないというか関係ないというのか。特に動揺も見られず手を動かしている。


確かにとっととやっちゃった方がいいか……って、バカヤロオォォォーーーーー!!!こっちにも入ってるじゃねぇーかぁ!!がっつりと女性物の下着が!!!


ダメだろこれ!?不純クラッシャーの先生を目の前にしてこれはアウトだろ!?色んな意味で手を出しちゃいけんよ!?


ここはリタイアを……って、ん?雪音ちゃんが何か手を動かしてる。仕事で勉強したことあるけど、あれ手話だな。雪音ちゃん手話なんかも出来るのか。


えーっとなになに?『ま・け・た・ら・で・す』

『負けたらです』?何それ?


ん?続きか?『お・お・や・さ・ん・に・い・う』

『大家さんに言う』?何を?


『あ・れ・こ・れ』

うーんと?繋げますと『あれこれ大家さんに言う』。そして最初の言葉。まけたらです……まけたらデス……『負けたらDEATH』!?

ヤバイ!負けたらある事無い事吹き込んで大家さんに俺をらせる気か……!?


退路を断たれた。一転して背水の陣。

……やるっきゃない。やるんだ俺。無になれ。無になるのだ和生。


「ぬおぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


一気にたため!邪念の入る隙間なくたたみ倒すのだ!!

たため!たため!たため!たため!たため!たため!たため!たため!たため!


たたっ……めるかぁ!!経験値0の男にこれをどう扱えっていうんだ!?

もう勝手に手が震えるんですよ……!動悸が一向に治まらないんですよ……!顔が熱いんですよ……!!


こんなの持ち続けてたら神経が擦り切れる。いや爆発する。

世界中のDTよ、俺に力を分けてくれ……!!


「これでどうだ!!!」


た、たたみ切った……途中変なテンションになったがよくやった俺。

あー過度に力んだ節々が痛い。


「ふー……でもこれさすがに時間かけ過ぎだ。もう結果は明白……ってあれ!?先生まだたたんでる!?」

「うん。ようやく5枚目」

「5枚目?え?何が起きたの……って雑!?」

「んー勝負ありっていうか勝負にもなってないねこれ。はい、ここまで!総合的にもパパの圧勝~」

「そんな……今までで一番早くたためたのに……!」

「こ、これでですか?もしかして先生って超絶に不器用なんですか……?」

「ち、違います!不得手ってだけです!得意なものもあります……!」

「じゃあもう一番勝負します?」

「え!?何言ってるの雪音ちゃん!?」

「ぜひ!!」


うわぁ……目が爛々としてらっしゃる……。


「そんな顔しないでもう一回ぐらい勝負してあげなよパパ。先生は何が得意なの?」

「そうですね……ババ抜きならいけます」

「ババ抜き?いや、得意っていうかどちらかと言うと運要素の勝負な気が……?」

「いいんじゃない?じゃあババ抜きで決まりね!」


さっきからこれ勝負って言っていいのか?どちらかと言うとレクリエーションみたいな感じだぞ?


雪音ちゃんも嬉々として早速もうトランプきってるし。手際の良い運営さんだね~……。


「はい。二人とも役は捨てたね。じゃあパパからでスタート♪」

「はいはい」

「では次私が」

「……」

「……」

「……」

「……」

「えっと、上がりです」

「……あれ?」

「ぷっ。先生あっという間に負けちゃったね。っぷぷ」

「そんなはずは……も、もう一回!もう一回お願いできますか?」

「もう一回ですか?まぁ」

「じゃあ配り直して~。次は先生からスタートで」

「はい。では」

「……」

「……」

「……」

「……」

「えーっと、上がりですねー」

「あれ!?そんな、どうして?」


いや、どうしても何も先生ババ見過ぎです。ゲーム中一切視点が動かなかったですよ?

最初はフェイクかなとも思ったけど全然違った。単純に一心不乱なだけだった。


いやどんだけ不器用!?


「お、おかしい……同僚とやってる時は九分九厘勝つのに」


お優しい同僚さんなんですね。九分九厘でなんか淡い気持ちになるわ。

っていうか雪音ちゃんは笑いを堪えすぎ。もう悶える勢いじゃねぇか。


「これで引き下がれない……!!じゃんけん……じゃんけんでいいので最後に勝負してくれませんか!?」

「え?じゃ、じゃんけん?」


もうお願いっていうか懇願になってるよこれ。どんだけ必死なの先生……。

段々不憫に思えてきちゃったよ。


「じゃあ最後に一回だけ」

「ありがとうございます……!!」

「ぷっ……くく……じゃんけんね。じゃあいくよ。じゃーん」

「けん」

「ぽん!!!」

「……」

「……」

「グーとパーで先生の負けね」


く、崩れ落ちたー!?膝から崩れ落ちたよ先生!?

いや、あんだけ気合入れられて拳作られちゃグー来るって分かっちゃうでしょ……?

どんだけ飾れないのこの人?


「守ると啖呵を切っておいてこの結果……導き手である教育者がこれじゃ示せるものも示せない……」

「いやいや。先生は頑張ったよ?私はその努力を見たよ」

「いいんです雪音さん……守るべき生徒を守れなかった私の責任なんです」

「あのー。落胆されてるところ申し訳ないんですが、一ついいですか?」

「……なんでしょう?」

「結局先生は雪音ちゃんの何を守ろうとしてたんですか?」

「何って、雪音さんの未来を……」

「未来ですか。それは先生が、いや大人が引いた線の上ってことですか?」

「え……?」

「確かに大人が子どもに果たす責務はあると思いますよ。でもそれは大人が先回りして線を引いてあげることじゃないんだと思うんです」

「……どういうことですか?」

「いや、偉そうなことは言えないですよ俺も?でも、守ってあげる事だけが子にとって最良かと言うとちょっと違う気がするんです」


俺に教育論なんて語れない。そこに積み重ねたものが無いから。

親とか教師とか育てる立場に立つ人は、大なり小なりあるにしてもその人なりの意志を持って経験を積み重ねていると思う。


だから、この先生は非常に面倒くさい人ではあるけれど決して悪い人ではない。

ただただ太っい芯がズドンと通ってて、この人はこの人なりの積み重ねをして来たんだと思う。


「俺は教育者じゃないです。だからその世界観での本質は知りませんし、そこに横槍を入れるのは筋違いかもしれません。ただ、自分の言葉として言うなら、守るべき者だと決め付けないでその子らの選ぶ可能性をもうちょっと信じてやってもいいのかなって思うんです」

「……」

「あ、いや。ス、スカしてますよねぇ~……俺。その、否定をしたいわけじゃなくて、なんて言うか先生が生徒想いの人だと思ったんで長い目で見るのも方法の一つなんじゃないかな~って言う単なる個人的意見です」

「……」


ヤベ。つい違和感に感じちゃってた所に触れてしまったよ……。しかも長ったらしくむず痒いセリフをさ。


余計な事言ったかな……なんかどんよりとふさぎ込んでいるようにも見えるし。


「……なんて偉そうな……」

「うっ。やっぱ偉そうでしたか……」

「なんて偉そうな事をしていたんでしょう私……!!」

「お、おぉ?」

「確かに三淵さんの言う通りです……私は私の正しいと思ってたことに身勝手に生徒たちをはめ込もうとしていたんですね。私たちのすべき事が生徒たちの為になると言い聞かせて。それはエゴ……単なる大人のエゴだったんですね……!!私、ハッとしました。生徒の事見ているようで全然見ようとしていなかったのだと。それこそ教育者として失格です!」


あ、熱い……この上なく熱い。


変に拗れずに済んだのは良かったけど、何かこれはこれで違うベクトルのものを刺激しちゃったような気がする。


「私がここに来た目的は木っ端微塵になった気がしますが、教師として何か大事な物に気付けたように思います。三淵さん、ありがとうございました」

「え?あーいやー別に特別何もしてはいないと思いはするんですけど……」

「今日はこれで去ろうと思います。でも、不純なことは容認出来ませんから過ちが起きないよう様子は見に来ます。それでは」


あ。帰った……。


いや、帰ってくれて全然いいんだけど……何だろうこの後味の微妙さは?


「嵐と言うか……こういっちゃ悪いんだけど、当たりが強過ぎて風害に近い感覚の人だったな」

「もう。失礼だよー。外れてないけど」


ニヤつきが残る雪音ちゃんと、どっと疲れが溢れる俺。


様子は見に来るって再来宣言までされちゃったよ。


あー……これから俺の安息ってあるんだろうか?

憂鬱さは残るけど、とりあえず今は無残のまま放置されてる俺の衣類を片そうと思う。

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