第8話 狂育者?

「先生……あー先生かー。雪音ちゃん?ひとえに先生と言っても学校の方とか医者とか政治家とか作家とか色とりどりの先生がいらっしゃると思うんだけど、ちなみにどの先生なのでしょうか?」

「私の学校の先生だよ?」

「まぁそうだよねぇ~……」


クイズにもならない4択。即答でファイナルなアンサーを宣言出来るぐらい安易なレベルのものだったよねー。


医者や作家はまぁ無くはない範囲の交遊関係かもだけど政治家は無いよね。ていうかあったら怖いわ。


でもなんで雪音ちゃんのトコの先生がここに来てるの?


家庭訪問?いや聞いてないよ?

抜き打ちスタイルの家庭訪問?いや聞いたことないよ?


百歩譲って家庭訪問だとしてもこの先生のスタンスはそんなアットホームなものじゃなかったよ?家庭訪問っていうか家庭に来ての詰問でしたよ!?


「えっと、先生でいらっしゃったんですね。それならそうと早く仰ってくれればいいのに」

「私、名乗ってませんでしたか?」

「え?そーですね。ご挨拶というか挨拶代わりの洗礼は貰った気がしますが……」

「心証良く思ってないとは言え名乗らなかったのは不謹慎でしたね。私、雪音さんの学校で学年副主任と生活指導を担当しています花井千重と申します」

「あー……はい。どうもです」


あれ?自己紹介って最初にワンパン入れるシステムになってたっけ?若干の微笑みを浮かべてはくれたけど、何故だろう?その微笑みにプラスの感情がこもってない気がしてならないのですが……。


「長居する気もないので単刀直入に申しますね。即刻速やかに雪音さんを解放してください」

「えぇー?さっきからずっとそういう問答なんですけどホント何なんですかね?雪音ちゃんどういう事これ?」

「いや私もよく分からないけど」

「いいんですよ雪音さん。経緯は聞きました。雪音さんの事情について理解ある方が現れてそこにお世話になると……」

「はい。そうです」

「雪音さんはここまでひたむきに頑張ってきました。私も生活指導の立場から幾度となくお話を聞かせてもらいました。ですから、雪音さんが新しく生活を始める所がちゃんと相応しい場所なのかこの目で確かめに来たんです」

「はぁ」

「さぞ素晴らしい人格者がいらっしゃるのかと思ってたんですが、何ですかこの方は?見るからに怪しいじゃないですか!?これはやんごとなき事情があるに違いないと私は瞬時に悟りました!」

「!?」


なんか「意義あり!!」的な感じで指さされたよ……。

すこーし要点が見えた気がしてきたけど、果たしてこれ筋通ってるか?


いや、俺が健全かどうかで言うと風評的には怪しいと取られてもおかしくは無いのかもしれないけど、初見かつ初対面で怪しいの一点突破はちょっと横暴じゃない?俺だって傷つくぞ?


「いや言わんとしてることは何となく分かって来たんですが、もう少しお互いに事情を擦り合わせてもいいような気が」

「そうだよ先生。爽やか清潔さはないかもだけどさ、パパは結構しっかりした人だよ?」

「パ、パパ!?何ですかその呼び方は!?」

「あ、いや、ちょっと」

「ま、まさか不純な関係を雪音さんに強いているんですか!?」


あ。拗れたなこれ。

完全にこの人援助交際とかそっち方面に捉えちゃってるよ。いや、傍目から見てその呼び名してたら大多数そう思うか?


気付くのが遅かった。そこまで考慮し切れてなかったよチクショー。

今更呼び名変えても貼りついた先入観は並大抵じゃ引き剥がせないだろうし……うーん、どうしたもんか。


「いや違うよ先生。私とパパはそんな仲じゃないよ」

「え?そ、そうなんですか?」

「私とパパはせいぜい一緒の布団で寝て」

「ん?ちょい雪音ちゃん?」

「せいぜいお風呂上りにスキンシップをして」

「ちょ、待っ」

「せいぜいたまに性的興奮を覚えられる仲だよ」

「ふ……不純じゃないですかっっっ!!」


ぬおーーーーい!なんてことをお伝えしてるんだ雪音ちゃんや!!

いや、そんなシーンもあったかもだけどニュアンス大事よ!?これもう完全にアウトな証言じゃない!?


もう話が拗れるどころか捻じれてしまってきたっていうか、圧倒的に俺の立場が劣悪になってきたよね?

なんだか胃が痛くなってきたよ?もう腸捻転にでもなりそうな勢いですよ!?


「あ、あの!誤解です!!断じてそんなことは」

「え!ヒドイ!私との思い出を無かったことにしようとしてるのねパパ」

「や、やっぱり不純なものなんですね……!!よく聞いて下さい!!子どもに対する教育と言うのは-------」


なんか先生語り出しちゃったけど……?え?どうすんのこれ?どう収拾つけんのこれ?

いやもうフルスロットルで熱弁してるけど俺は何を聞かされてるの?何をすれば救われるの俺?


取りあえず一つ分かっていることは……。


「雪音ちゃん……君、楽しんでるでしょ。これ」

「ん?そんなことないよー?まさか花井センセーがここに来るなんて思いもしなかったし」

「そうだね。一難去ってまた一難というか、青天の霹靂というか。取りあえず息つく暇もないよ俺は」

「良いセンセーなんだけどねぇ~」

「そうなの?悪いけどオレには果てしなく面倒くさい部類に属しちゃってるよ?」


なんたってすでに俺ら聞いてないのに、そんなのお構いなく熱弁を進行し続けてるんですよこの先生?


周りが見えなくなるタイプというか、自分の倫理観に陶酔しちゃうタイプというのか。


こっちはちゃんと正攻法で整理したいのに向こうは強行策で来てるもんだからまさに水と油。

一筋縄でいかない雰囲気が充満してて、とてつもなく気が滅入りそうだわ……。


俺の平穏どこいった?


「-------っていう事なので……って、聞いてるんですか!?」

「ぬおっ!?き、聞いておりますとも。そりゃあもう真摯に聞いておりますよ」

「子どもは繊細なんです。様々な子がいてそれぞれの想いを抱いて成長していってるんです。そんな子たちを守り先導していくのが大人の義務であり教育者の役目なんです!」

「あー……はい。なるほど」

「あなたは教育者では無いですが大人としての責務は果たすべきだと思います。雪音ちゃんに不純な道を歩ませるわけにはいきません!」


なんか色んな勘違いをしているんだけど、教育っていう事に関してとにかく熱い人ではあることは分かった。

振り切ってはいるけど。


モンスターペアレントだの少子化だのとかで擦り切れるぐらい気を遣う今の時代にしたらたぶん珍しい人種の先生なんだろうけど、ここまで振り切ってるといち教育者っていう枠に収めていいのかなとも正直思う。


"教育者"っていうか"狂育者"って感じがしちゃうんだよなー。

なんかこうマッド的なニュアンスでね。


「だから私とパパは不純とかそういう関係じゃないのに」

「いいえ雪音さん。その環境の真っ只中にいる人は真実に気付きにくいって事はよくあることです。でも大丈夫。私が正してみせます」

「え?あー、う~ん?」


雪音ちゃんですらしっくり来てない。なら俺には間違いなく来ないよ。

果たして彼女の辞書に『落ち着く』とか『冷静に』とかって言葉あるのかなぁ。

ナポレオンも「もう一度探してごらん」って言っちゃうかもしれないレベルなんじゃないかな?


「なので三淵さん。私と勝負してもらいます!」

「え?は?勝負……ですか?」

「はい。私が勝ったら大人しく雪音さんを解放してもらいます」

「いや、いきなり勝負なんて言われても困るというか」

「問答無用です!!」


えぇ~~~~!?

勝負の吹っ掛けられ方が急ですや~~~~ん!なんかこう、捕まえたモンスター同士で戦うゲームみたいなノリですや~~~~ん!


戦闘回避不可ですか?逃げるのコマンドはいずこ!?

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