第7話 新生活に御用心

騒動から一週間経ってようやく身の回りのことが落ち着いてきた。


長倉さんに連絡を入れた後手続き関係やらなんやらで『ほしの家』まで足を運んだんだけど、多少の改築はあれども面影もなにも俺の記憶とあまり大きくは変わっていなくて心なしか安堵した。


会うや否や長倉さんに頭を下げられた。

それは敬意でもあり謝罪でもあるようなそんな感じだったけど、ウエイト的には謝罪の方が大きかったのをその後の話を聞いて納得した。


俺と出会って別れてから雪音ちゃん自身が言っていた通り、周りが驚いて目を丸くするぐらい活発に行動を始めたんだそう。

まぁ別れてからって劇的な言い方をしたけど、関われた密度は当時でほんの数時間の話ではあるんだから人のターニングポイントなんてのはどこでどうあるか分からないもんだね。


その雪音ちゃんの行動の意味を後々で知った長倉さん達は、あえて緩まず節度のある厳しさで雪音ちゃんの支援をしていたそうな。

そうした中順調に進んでいたところに、雪音ちゃんの最大にして最悪の天敵が影をちらつかせた。


今までも雪音ちゃんはそのきっかけで数回施設を移転してたようで、今回もその流れが出てたらしかったんだけど雪音ちゃんが長倉さんにお願いを申し出た。

それが今回の顛末だったそう。


本来なら支援者として最善の道を選ばなければいけなかったと長倉さんは真摯な表情で俺に話した。でも、ギリギリまで雪音ちゃんの意志で選べる事を優先させた。


そこには感情論も当然入ってくるだろうが、縦断的に雪音ちゃんの姿を見てきて一緒に過ごしてきた価値観があったんだろうなと個人的な意見でもそう思う。


そうした色々な背景を教えてもらったけど、俺は俺で困って悩みもしたが誰かに謝られるような心情は抱いちゃいない。


そんな楽観主義者でもないんだが、俺も自分で選んだ選択をしたっていう事でどこか府に落ちてるのかもしれない。


長倉さんは最後にもう一度だけ頭を下げた。今度は「ありがとう」と言って。

お礼を言われるほど立派な立ち回りも判断もしてやいなかった俺にはちょっと過ぎる言葉だったけど、本気で人のために動いてた人に恐縮で返すのは野暮だと思ったから慎んでその言葉を受け取った。


大方の手続きは長倉さんの方でしてくれるみたいで、今後の事でも出来うる限りの支援もしてくれるって話だから心持ち有り難いです。


細かな課題はちょいちょい生じるだろうけど、これで通常運転で日常が始動しますよ。

うん。始動する……と思ってたんだけどなぁ。


なぜ俺は見知らぬ女性と自分の部屋でこんなにも気まずい思いをしながら対面して座ってるのだろうか?


いや、俺が女性に不慣れで面と向かい合って時間を共有出来ないってのもあるんだけどさ。でもこの人が放ってるオーラがずっと刺々しいというか禍々しいというか……。


いきなり訪ねて来られて開口一番に「雪音さんの事でお話がある」なんて言われたもんだから、どこかの関係者とか知り合いとかと思ってついつい部屋にあげてしまった。


玄関で対面してた時の目つきとかが怖くて抵抗出来なかったっていうのもあるけど……。


それが今現状の顛末。


えぇ。後悔してますとも。空気にビビりおめおめと住み処に知らぬ人を迎い入れてしまったことに。

引きこもり界に属する人間としたら痛恨のミスと言っても過言じゃないだろうさ。


このまんじりとした状況を果たしてどうすればいいのだろう?

とりあえず空気に圧殺されそうです。


「いやー今日はこの上ない晴天ですねー。なんとも清々しいと言いますか温い感じでいいですよねー」

「……」

「あ、でもお召しになってるスーツとかだと多少暑いですかね?」

「……」

「えっと、こんな狭い部屋で中々話ってのもし辛いものがありますよねー。そう言えば今日はどういったご用件で来られたんですか?」

「……」


助けてくれーー!!

さっきからずっとこうだよ?なんなの?これじゃただの相席だよ?

なんだよ自分の部屋で相席って!人類史上初なんじゃない!?


いや、でもホント困った。

特に何が困ったって反応も応答も無いのにあちらさんは俺をガン見してるってことかな。


元々の目付きなのか感情がこもったものなのかは分からないけど、明らかに善意も好意も感じられない見つめられ方です。


えぇ~?何なんでしょ?

俺が生粋のプレイボーイで女遊びのとしてこの人に不信感を抱かせたとかなら話は楽だよ?でも俺プレイボーイじゃないし。どちらかと言うとチェリーボーイだからね?


……上手いこと言ったつもりになったけどちょっと言ってて悲しくなった。


「……すね」

「はい?」

「……が……を……ですね」

「え?な、なんでしょ?」

「あなたが雪音さんをたぶらかせているんですね……!!」

「はいぃ!?」


ち、近い……!!テーブルを越えてまで顔を突き出して迫られてるんですが一体どういう事でしょ?


それにたぶらかすって何ですか!?俺は今なんの弾劾を受けているの?

この人とは面識もないし言われてることに身に覚えもない。むしろ俺がたぶらかすって言うより雪音ちゃんにからかわれている方がしっくり来る気がするんだが……。


何にせよちょっと話をしなくては!


「あのすいません!仰ってる事の意味がイマイチ分からないんですが何が一体どういう事なんでしょうか?」

「……シラを切るつもりですか。でも私の目は誤魔化せませんよ!」

「あれ?噛み合ってない!?いや、シラを切るも事情が全く飲み込めないんですが!?」

「いいでしょう……そちらがその気ならこちらも相応の手に出るまでです」


この人耳にシャッターでも付いてるの?それとも耳から耳を直通で通り抜けているの?

いや、もう文字通り聞く耳も持たないだよこれ。


そちらがその気ってこちらサイドは何の気構えもしてませんよ!?なのに相応の手って……怖っ!!何を講じようとしてるんですか!?俺は無罪放免ですよ!?


「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい!ホントに意味が分かりませんって!一から説明してくれません?」

「何をぬけぬけと……!ご自身の胸に手を当てて聞いてみればお分かりになることでしょ?」

「自分の胸にですか?……………………………いや、心臓が元気に働いているだけっぽいんですが……?」

「あくまでもそのシラを切り通すおつもりなんですね……?」


振り出しに戻ってる!いや、そもそも1マスも進んでないんだから戻るも何も無いなんだよ。ずっとスタート地点だよ……。


それになんかこの人カバンをごそごそし始めましたよ?

え?え?何する気ですか?宣言してた相応の手っすか?俺これから身に覚えのない断罪をされるの?


いやいやいやいや!早まってはいけない!ちゃんと被告の訴えも聞いてこその裁決ではございませんか?

って俺は被告じゃないはずなんだけども、とにかく誰か助けてくれーーーーい!!


「ただいまー。って、あれ?お客さんいるの?」

「雪音ちゃん!!いいところに!!!」

「え?どしたの?」

「いや、実は謂れのない断罪を受けそうでね……」

「断罪?どういう事……って、あれ?花井センセー?」

「そうそうセンセーが……先生!?」


俺は不出来な九官鳥のように、思いがけないその単語をノリツッコみのように繰り返してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る