第6話 DTの答え

「おはようパパ」

「おはよう雪音ちゃん」

「さて」

「うん」

「朝ごはんにしよっか♪何がいい?」

「そうだなー。和でも洋でも軽めなら何でも……ってあれ!?何事もなし!?」

「ん?何事って?」

「いや、てっきり答え合わせの流れかと思ったんだけど……」

「んー。答え合わせも何も思い出したんでしょ?じゃあもう正解だよ」

「正解って……思い出しはしたんだけどさ、だからと言って今のこの状況全部を網羅出来てる訳じゃないんだけどな?」

「えー。どの辺が?」


質問には質問をってハムラビさんのとこの法典ですかい?


まぁボヤきは置いといて未だ答えに辿り着いていないのは事実。

あの時のあの子が目の前の雪音ちゃんだったのにまさかな訳だし、それで俺の所に訪ね来てパパ宣言されてるのもやっぱり何も結び付かない。


他にまだ思い出していない重要項目があるのではないでしょうか?


「うーんそうだね。やっぱりパパの件が分からんね。そんなやり取りあったかな?」

「……」

「あれ?」

「……うっうっ………ぐすっ」

「え?え?えぇ!?ど、どしたの!?なんか変なこと言った?気に障ること言っちゃった!?」

「うぅ……」

「いや!あ! ほら、うん。えーっと、そうだね!やり取りがあったんだよね!そうだそうだ!忘れるなんてヒドイ奴だな俺は!よし何でも言ってくれ。お詫びは何でもやりますとも!ね?」

「……ふふ」

「ん……?」

「そうそう。そうやって約束してくれたよパパは。ふふふ。変わってないねー」

「え?あっ」


からかわれたのかな?またも同じ女性の涙武器に性懲りもなく引っ掛かってしまったのね俺。なんとも学習能力が乏しいんだ。べらぼうめぃ。


ただ、おかげで思い出しましたけどもね。


誓約書渡してさぁもう一手!って時にボランティア終わる時間来ちゃって撤退を余儀なくされたんだよ。あたふたしてる俺にその子が初めて目を向けてくれてそれが「どうしたらいいの?」っていう薄幸めいた目をしてたんだ。それがきつく胸を締め上げたもんだからとっさに「何でも言って!遠慮なく!」なんて文言を言った記憶がある。そう。それで確かその子から消え入りそうな声で「……家族でも、いい……?」って言われたんだ。うん。それでアホみたいに即断で快諾しました俺。


あー。それなんですね。突然変異でパパが爆誕した全容は。


「パパって後先考えてないでしょ」

「うっ!ぐうの音も出ません……」

「ふふ。私は別にいいんだけどね」

「……俺の見切り発車の繋いだ先が今って事は身に染みて感じてるんだけど、でもどうして俺なの?正直ドラマチックさの欠片もない約束だったんじゃないかと思ってんだけど」

「そっか。パパにしてみたらそりゃそうだよね。でもね、あの時の私にも今の私にもあの約束は特別な意味を持ってるよ」

「特別な意味……?」

「自分じゃもうある程度平気なんだけど私の生育歴って人に聞いてもらうには結構引かれちゃう重さっぽくて一から十で説明はしないんだけどさ。でも当時の私を見てたら大体想像出来ちゃうでしょ?」

「あー……うん。そうだね」

「『ほしの家』に行ってからも最初は誰とも目も合わさない口も利かない状態。ご飯も拒否ってたなー。自分でもずっと膝に顔を埋めていた記憶しかないし」

「へ、へぇーなるほど」

「あそこの人たちが色々手を焼いてくれたけど、パパと会った時でもほとんど人との接触を拒んでたんだよ私」

「そうだったんだ」

「だから初めパパが近付いて来た時は恐怖そのものだったよね」

「うっ……そうなんだ。ご、ごめんね」

「初めてだったなー。あんな近付いてくれる人って今までいなかったから」

「距離感までダウトしていたとは……当時の俺にデリカシーっていう処方箋を飲ませてやりたい……」

「ううん。違うよ。あれが私にとって世界が変わる時間だったんだよ」


雪音ちゃんは何も思いつめた様子も無くフランクにナチュラルに言葉を出してくれている。これくらいの年代の子なら多感に受け取って吐き出しそうなもんだけどそんな感じもない。


なんか、1ページ1ページ思い出のアルバムでもめくるように自分っていう存在を語ってるようにさえ思えてくる。


「パパさ。あんなに必死こいて明らかにテンパってずっと空振りし続けてて。当たって砕けているのがとても気恥ずかしくて痛々しかったけど、でもずっと真っ直ぐだった。一直線に私に向かって来てた。それが本当に初めての経験で感覚だった」

「そんなにいっぱいいっぱいに見えてましたか俺」

「でもね。そんなパパを見てなんだろうこの人?って思ったの。ううん。思えたの。たぶんあの時生まれて初めて"人"を意識出来たと思う。私の世界に"誰か"がいるなんて無かったから」

「誰もいない……」

「うん。あの時までは誰もね。だから私もちゃんとした考えがあった訳じゃなかったよ?あの時はどうにか繋がりがほしいって思ったの。だからパパが切迫して言ったあの約束を私の『本当』にすることにしたの。私の初めての世界を消さないようにって」


屈託なく笑うその顔に清々しさを感じた。恥も外聞も抜きに出来るとしたら可憐だとも思えるぐらいに。


「それからは自然なぐらい行動に出来た。ちょっと自分でも驚きだったけど」

「そうなんだ……」

「強引なのは自分でも分かってるんだけどね。ここに来ることも譲れなかったの」

「なるほどね。うん。見習いたいぐらいのバイタリティーだなぁ」


話の筋はおおよそ分かって来た。形はどうあれ雪音ちゃんにとっての意味を今日までしっかりと温めていたんだなと思うとそこは感慨深いものがある。


でも一つだけスッキリしてないことがある。


「雪音ちゃん。君のここに来た理由は分かった。でもそれを行動に移したきっかけって何だったの?どうして今だったの?」

「気になるの?」

「気になるよ。衝動的にって言えば説明出来るかもだけど、でもそれは無いって思ってる」

「どうして?」

「ハプニングの応酬ではあったけど、でもどれも雪音ちゃんなりの意味と理由があった。勝手な推測ではあるけど雪音ちゃんは意味も理由も無い行動は取らないって俺は思ってるんだ。だからきっかけになった理由が絶対ある。そう考えてる」

「ふふ。嬉しいなー。ちゃんと私のこと見てくれてるんだね。やっぱりパパだ」

「で、どうなの?」

「うん。きっかけになった理由はあるよ。でも言わない」

「言えないことなの?」

「ううん。言おうと思えば言えることだよ。でも言わない。意地悪みたいになってるけどパパの気持ちも私は大事にしたいって思ってるから」

「俺の気持ち?」

「パパに決めてもらいたいの。私がここに居ていいかダメかを」


俺の気持ち、ね。要するに聞けば俺の感情が引っ張られる事案ってことなんだな。


知ればフラットに判断が出来ないくらい面倒くさいものが雪音ちゃんの現状として目の前にあるという事なんだな?


ただもう既に予測が悪い方向にしかいってないからこの時点でフラットとは言いにくい俺の心情でもあるんだけど、でも雪音ちゃんは本気で情に流されてほしくないって思ってるんだな。


だって目にブレがないもの。俺の本意気の答えを求めてる。それが伝わる。


経済状況でも、倫理観でも、世間体でも、教育的でも、将来的にも。判断要素という要素はどれもちゃんと加味して吟味しなくちゃいけない。真剣に求めてきている相手に真剣で返さないのはただただ無責任だと思うから。


雪音ちゃんに対しての答え。俺の答えは……。


「……うん。無理だね」

「そっか……」

「約束を吹っ掛けた俺が知らんぷりして突き放すとかカッコ悪すぎて無理だわ」

「え?」

「いいよ。居ても」

「……ホントにいいの?」

「おう」

「ホントにホントにいいの?」

「お、おう」

「ホントにホントにホントにいいの?」

「いや、そこまで念押されちゃうとグラついちゃうんだけども……大丈夫。ホントでいいよ」

「後悔しない?」

「男に二言はないですよ」

「……そっか。ふふ。そっかそっか。うん。そっか」


一回り以上も下の子なのに抱えてるものをちゃんと自覚して受け止めて覚悟をしている……すげぇなって思う。


独り言のように納得しながら頬を緩ませている姿は年端もいかないと言えばそう見えるのかもしれない。でも、その姿は単純な安堵ってわけじゃなくて俺の言葉を、答えを待っていたからこそのもののようなそんな気にさえ思えてくる。


なぜだか尊敬出来ちゃうようなそんな表情なんだよ。たぶんだけど、俺の答えがどんなものだとしてもこの子は後悔はしないんだろう。保身で生きて来た俺にはだから惹かれるものがあるのかもしれない。


選択は早計だったのか。追々思い知らされるものがあるのか。俺の人生上そのパターンは大いに起こり得るかもだけど、今の自分の感情は嘘にはならないしするつもりもない。


惹かれたのに引いていくなんて滑稽じゃないだろうか。だったら腰落としてガツンと受け止めてみる。なんかそっちの方が気前がいいじゃない?


「じゃあ改めてよろしくお願いしますパパ」

「あ、はい。どうもこちらこそ」

「ではではこれを」

「え?スマホ?え?何?」

「無事OKをもらえたのでパパからその事を長倉さんに報告してほしいの」

「長倉さん?ってあの施設長さん?え?なんで俺が?」

「なんでってもう保護者で責任者だし手続き関係とかの諸々も聞いとかなきゃでしょ?」

「あー……もうそういう事ね。現実突き付けられるの早いな。分かりましたよ。ご報告すればいいのね」

「お願いします♪」

「……ちなみになんだけど、俺が断ってたらどうなってたのかな?」

「ん?あー、もしそうなってたらロクでもない肉親に見つかる前にまた施設を替えるところだったかな」

「さらりと言うね……まぁなんとなくヘビィさは予想の範疇だったけど」

「全然言えるよ。だって男に二言は無いんだもんね?」


笑顔が怖い!あれ?怖い!事実証明されたからか言葉の重みの変動率がハンパない。


……とは言え、言葉にも自分にも嘘はない。それも事実。億劫注意報は発令されてはいるけど意志は曲げん。

やったりますよ。えぇ、やったりますとも。


「パパなんだもんね俺。子に見せる背中は親の責務。全うしたりますよ」

「……あと1年したらパパじゃなくてもいいんだけど」

「ん?何か言った?」

「ううん。何にも。頼りにしてるよパパ♪」

「よっしゃ!任せろ!でもコールの前に深呼吸だけさせてね」


前途多難。それがピッタリのような間柄なのかもしれない。けど、このニューライフへの期待も胸にある。あれやこれやの同居は俺の人生の新開拓になるそんな予感がしてる。


新しい世界……いや、期待って決してスケベ的な意味合いじゃないことだけはここで心高らかに宣言しとこう。うん、ホントに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る