第34話 あれから

 哀來が家に来て二ヶ月が経った。

 今日、哀來は『生徒が自宅でベビーシッターをやる』という大学からの課題をこなしている。

 俺も大学から帰って手伝いをしていた。

「すー……すー……」

 哀來は預かった四歳の女の子を一緒に座っていたソファで寝かせ、毛布を掛けさせた。

「すごいな哀來。やっぱりお前は保育士の才能あるよ」

 俺は女の子を起こさないくらいの小さい声で話した。

「そう言っていただけて嬉しいです。うまくいったらベビーシッターのバイトをしようと思っていたので」

「いいと思うぞ。しかし、入学して一ヶ月しか経っていないのに自宅でベビーシッターなんて驚いたな」

「わたくしも驚きました。しかし先生方が『保育は講義だけじゃ身に付かない事が沢山ある』とおっしゃり『なるほど』と思いました」

「そうだな。音楽と同じだ」

 どっちも実習で沢山身に付くような事が多いからな。

「将来、小夜様との子供を産んだ時にちゃんと育てられるかわたくし心配です」

 こ、子供!?

 子供なんてそんな先の未来の話考えたこともないから、いきなり聞かれても困る。

「うーん……まぁ、ちゃんと育てられるんじゃないか?」

「小夜様、軽く言ってはいけませんよ」

「そ、そうだな。悪い」

 初めて哀來が俺を注意した。

 保育科の人に言われると説得力あるな。

「小夜様は男の子と女の子、どちらがいいですか?」

「え!?」

 いきなり難しい質問されたので俺は思わず大きな声を出してしまった。

「気をつけてください。起きてしまいます!」

「悪い悪い。そうだな俺は『男か女か』じゃなくて、お前みたいな優しい子だったらいいな」

 なんとか答えられた。

 本当は性別なんて考えていない。

「そうお考えなのですね。なら、わたくしは小夜様みたいなピアノが上手な子がいいです」

「そうだな。音楽の才能がある子もいいな」

「でしたら男の子でも女の子でもいいですね」

 哀來も俺と同じ意見になって良かった。

 哀來と一緒になって二ヶ月。

 屋敷にいるときよりも生き生きとしており『今の生活がピッタリ』と自然に現れていた。

 やっぱり屋敷での生活は窮屈に感じていたんだな。よく十八年以上も耐えたな。

「どうしたのですか小夜様? ずっとわたくしの事を見つめて」

 いつの間にか哀來を見つめていたらしい。

「哀來。今の生活と屋敷での生活、どっちがいい?」

 一応本人に確かめた。俺の見当違いかどうか。

「もちろん今の生活が一番好きですよ」

 思った通りだったがすごく嬉しかった。

「哀來……」

 俺は顔を哀來に近づけた。

「アナタ……」

 哀來も顔を近づける。

 女の子はまだ寝ている。大丈夫だろう。


「何やってるんだよ昼間から!」


『!?』

 いきなり介入してきた声に俺達は驚いて離れてしまった。

 あと一センチもなかったのに!

「アルト! 早かったんだな」

 時計を見るとまだ三時だ。いつもは三時半過ぎにならないと帰ってこないのに。

「小夜こそ、大学はどうしたんだ?」

「午後の授業が休講になったからな」

「オレは『職員会議がある』とかで早く終わった」

 なるほどね。

「っていうか大きい声出すなよ! 起きるだろ」

 アルトに女の子を見せつけて叱った。

「オレの気持ちになって考えろよ。弟がいきなり兄とその彼女とのキスシーンみたら驚くだろ」

「慣れろ」

「慣れるか!」

 全く、この年頃の男子小学生は生意気だな。

 キスを見たくらいで大袈裟に反応するなんて、まだまだ子供だ。

「ごめんなさいアルト君。帰ってきているとは思わなかったから」

「哀來姉さんも、嫌なら嫌って言ってもいいんですよ」

 哀來が嫌がるわけないだろう。

 さっきのキスも同意だったわけだし。

「うーん。さっきはわたくしも同意でしたから」

「……そうですか」

 ほらな。

「じゃあオレ、防音室で練習してくるから」

 アルトはそう言って部屋のドアを開けた。


「『復讐からは何も生まれない』? 何言ってんだあの担任。新人教師の分際で。ウチでは生まれているんだよ。人前で平気でキスするようなバカップルがよ。……有名なタイトル借りて言うなら『美女と復讐者』がさ」


 アルトが何か言っていたが声が小さすぎて聞こえなかった。

 それからしばらくして女の子は起きた。

 俺達がキスしようとしていたのはは見ていなかったらしい。安心した。

 子供ってなんでも言いふらすクセがあるからな。

 六時過ぎになると女の子の親が迎えに来たので女の子と俺達は笑顔で『さよなら』をした。

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