第33話 帰り道
面会時間は十五分から二十分で短い、と聞いていたが本当に短かった。十五分も経った気がしない。
俺と哀來は係官に出口まで案内されて留置所を後にした。
俺と哀來は二人きりで河川敷の道路を歩いていた。
「柏野さん元気そうだったな」
「ええ。わたくし達が会っても元気が出なかったらどうしようかと思っていました」
「俺もだ。でも元気になってよかった」
「小夜様。わたくし、実は柏野が泣いているところを見たことが無いのです」
「そ、そうなのか?」
「はい。普段からプライベートな部分を見せない人だったので。ご家族の方が亡くなった時もわたくしの前では悲しい顔すらしませんでした」
「仕事に忠実な人、って感じだったからな。屋敷には一ヶ月半くらいしかいなかったがそんな風に感じたよ」
「わたくしの前だけでも悲しい顔をしても良かったのに」
それはきっと。
「心配掛けたくなかったんじゃないか?」
「え?」
「ほら、もし柏野さんがお前の前で悲しい顔なんかしたら心配するだろ」
「もちろんです」
「だからこそだ。主人に心配されるようじゃ執事としてやっていけない、と柏野さんは思うんじゃないか?」
「そうですね」
哀來は少し笑顔になった。
「だから……お前も気を付けるんだぞ」
「はい?」
「……主人である俺を心配させるな、って事だ」
「……」
な、なんかかなり夫らしい事を言ってしまった!
黙ったままの哀來を見ていたら恥ずかしくなってきた!
「わかりました。アナタ」
「っ!」
うわぁぁぁ! なんだよ急に!
初めて『アナタ』っ呼ばれた! 嬉しい反面、恥ずかしい!
「『アナタ』って言い方、夫婦らしくていいですね! これからは『アナタ』って呼びますね」
「い、いやそれは二人っきりの時だけにしてくれないか?」
「どうしてですか?」
『恥ずかしいから』なんて言えないしな……そうだ!
「ほら、なんだか親密で特別な感じがするだろ、二人っきりの時って。ほら、俺の部屋にいる時とかさ」
「さ、小夜様! つまりは、その、そういう時だけ、って事ですか!?」
何だ? 哀來の顔が急にタコみたいに赤くなった。
「まぁ、そういう事だな」
哀來の顔はさらに赤くなった。
「さ、小夜様ったら! ……大胆ですね」
「大胆?」
「小夜様の部屋で二人きり……恥ずかしいです……」
俺の部屋で二人きりが恥ずかしい?
……あ、ああ!
「い、いや、そういう訳じゃ!」
「小夜様!」
いきなり顔を近づけてきた。
「な、何だよ」
「練習の為に……キスしていいですか」
「……」
俺に熱い視線が送られている。
周りに人は……いない。
俺は哀來の両目を右手で隠した。
「な、何をされ……」
俺は哀來の質問を喋らずに答えた。
二度目のキス。
誰もいないので前よりも長くキスした。
……! この感じ、まさか!
俺は口を外すと哀來の目を遮っていた右手を離した。
「目隠しなんてしなくてもいいですのに」
「……哀來」
「はい」
「お前、舌入れようとしただろ」
「! ど、どうしてそんな!」
「隠しても駄目だ。すぐにわかったぞ」
「……いきなり目隠しさせた小夜様への仕返しです」
哀來はさっきよりも顔を赤くして口を尖らせていた。
哀來ってイジると可愛い反応見せるんだな。ますます俺好み。
親父、哀來の親父さん。
こんなに可愛い女の子を俺の許婚にしてくれてありがとうございます!
「まさか哀來からディープキス求められるとは意外だったな」
「わたくしは小夜様を世界で一番愛していますから」
「お前って普通にそういう事言うんだな」
「だ、駄目でしょうか?」
「いや、そういう言葉って毎回言わないからこそ価値があると思うぞ」
「わかりました。これからは『大好き』って言いますね」
それも『愛している』と変わらない気がするんだが……いいだろう。
俺はそういう素直なところが好きだからな。
「お前と早く結婚したいよ」
「わたくしもです。ですが、それは大学を卒業してからにしましょう」
「そうだな」
近くにある桜の木がほぼ満開になっている。
もうすぐ四月だ。
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