第30話 一ヵ月半ぶりの帰宅

「な!?」

「どうして!?」

「申し訳ありません。本当はご一緒したいのですが……どうしてもできないのです。どうかお許しください」

「柏野……」

 口調がすごく重々しい。どうしても断れない事情なのだろう。

「哀來、柏野さんのおかげで自由になったんだ。ここは柏野さんの意見を優先しよう」

「……そうですね。わかったわ柏野。貴方が言うのなら」

「どうかお許しください。お嬢様」

 それにしても、どうしても一緒に住めない理由って何だ?

「柏野、一緒に住めない理由って何なの?」

「……今は言えません。いつか話せる時がきたら話します」

 ……仕方ないな。

 あんなに思い口調で話しているから、無理に聞くと迷惑だ。

 ん? そういえば

「柏野さん。今、何処に向かっているのですか?」

「小夜様のご自宅です。道は覚えているので任せてください」

「追いかけてきたりは……」

「できないでしょう。警察が会場に来ているのですから」

「あのー。それって俺達は大丈夫なんですか?」

「大丈夫です」

 なんか少し不安になってきた。

「おや、もう小夜様が住んでおられている街に着きましたよ」

 窓を見ると見慣れた景色が見えた。。

 約一ヶ月半ぶりに帰ってきた為か、安堵のため息が出た。

 ……帰ってきたんだな。

「小夜様お疲れ様でした」

 俺を心配してくれたのか哀來が声を掛けてきてくれた。

 改めて思ったが『人の花嫁を連れて会場を脱走する』というドラマみたいなとんでもない事を俺はやったんだな。

「小夜様。ここでわたくしも暮らすのですね」

「楽しみか?」

「楽しみです。どんな所でも貴方と一緒なら平気です」

 妻みたいな事を言ってきたので俺はドキっとした。

 哀來と暮らすのか。

 俺の周りには彼女がいる奴はいるが、同棲をしている奴はいないだろう。

 自分だけ進展している展開に嬉しさが込みあがってきた。

「そろそろ着きますよ」

 窓を見ると家が見えた。

 柏野さんは家の前に車を止めると先に降りて後部座席のドアを開けた。

 俺と哀來が降りた後に携帯を取り出して誰かに電話した。

 通話は早く終わり、しばらくすると玄関のドアからお袋が出てきた。

「お、お袋! いや、これはその……」


「いいの小夜。柏野さんから全部聞いているから」


「え?」

 『全部聞いている』?

「はじめまして。貴方が燕哀來さんね」

「は、はじめまして! 小夜様のお母様!」

「今日からよろしくね。自分の家だと思って暮らして頂戴」

「はい!」

 なんかテンポがいいな。

 お袋が哀來に挨拶を済ませると柏野さんの近くに来た。

「柏野さん……この子、本当にあの人にそっくりですね」

「はい。お嬢様は彩彦様にそっくりです。見た目も性格も」

 そうか、哀來は彩彦さん似なんだ。 

 大光には見た目も性格も似ていなかったな。

「どうかお嬢様をよろしくお願いします」

 柏野さんはお袋に向かって深々とお辞儀をした。

「私もあの人の約束を守りたいので……任せてください!」

 お袋は自信満々で柏野さんに告げた。

「お嬢様……」

 柏野さんが哀來に近づき、哀來の両手を手に取った。

「どうか小夜様とお幸せに暮らしてください。私はお嬢様と小夜様、そして朱雀家の幸せをいつまでも願っています」

 最後は強く握り締めたように見えた。

「大好きな人とようやく一緒になれたもの。絶対幸せになるわ!」

 哀來も強く柏野さんの手を握り締めたように見えた。

「小夜様」

 今度は俺に近づき、両手を握られた。

「お嬢様はとても繊細な方です。どうか大切に守り、そして末永く幸せでいてください」

「いててっ!」

 握り方がかなり強い。柏野さんてこんなに力があったんだ。

 執事だから当たり前か。

「申し訳ありません。つい……」

「いいえ。柏野さんの気持ちはしっかり受け取りました!」

 柏野さんの思い、無駄にはしない!

「それでは……私はこれにて失礼します」

 柏野さんは車に乗って行ってしまった。

 柏野さん。本当にありがとうございました!

「さあさあ二人共。いつまでもここにいないで家に入りましょう。アルトも待っているわ」

「アルトさん?」

「俺の弟。さ、入ろう」

「はい!」

 こうして俺の復讐劇は終わった。

 だが、まだ謎が残っている。それは後にわかった。

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