第23話 哀來の母

「実は先生の他にも音楽講師の希望者がいました」

 希望者は俺だけじゃなかったのか。

「どうして隠していたのですか?」

「申し訳ありません。他に希望者がいた事を採用されたことに疑問を抱くのではないかと思いまして。他の応募者もいる中で面接も無しに採用すると怪しく思われてしまうかと」

 なるほど、だからあんなウソをついたのか。

「あなたは燕家の復讐で来たと思います。しかし、どうしても哀來様と一緒になっていただきたかったのです。彩彦様との約束を守る為に」

「どういう事だ! お前は大光さんに仕えているんじゃないのか!?」

 綾峰さんの声は荒げている。

「いいえ、私のご主人様は彩彦様と哀來お嬢様だけです。大光様にお仕えした覚えはありません!」

「何!?」

 そうか。だから俺と哀來が一緒になればいい、とか言っていたんだ。

「柏野! どうして哀來ちゃんには仕えて父親である大光さんには仕えないんだ!」

 そういえば俺と柏野さん以外は知らないんだっけ。哀來の本当の父親。

「お嬢様の父親は大光様ではないのです」

「何だって!?」

 綾峰さんはさすがに驚いていた。

「じゃあ本当の父親は誰なんだ!?」

「彩彦様です」

「何!? ……待て! 彩彦さんは独身だった、と聞いたぞ! 母親は誰なんだ!」

 母親は聞いていないな。一体誰なんだ?

「……大光様の奥様です」

『ええっ!!』

 ちょっと待て!

 という事は……。

「哀來ちゃんは彩彦さんと義理母さんの間に生まれた子供だっていうのか!」

「はい。結婚して五年経っても、大光様と奥様の間にはお世継ぎができず、それは奥様のせいだと大光様は毎日文句ばかり言っておりました」

 やっぱりヒドイ奴だな、燕大光。

「そんな奥様を毎日なぐさめていたのが彩彦様です。お二人は義兄妹以上に親密になり、密会をするようになりました」

 なるほどな。

「奥様はついに妊娠なされ大光様は喜ばれました。しかし奥様は私に『この子は彩彦様との子供です』とおっしゃり、すべてお聞きしました」

 だからそんな大事な事を知っていたのか。

「奥様は哀來様をお産みになられました。しかしすぐに大光様がDNA検査を要求されたのです」

「ま、まさか……」

 綾峰さんは理由をわかったようだ。俺もだけど。

「お二人の密会をご存知だったのでしょう。結果はご存知の通りです。大光様は彩彦様を屋敷から追い出し、奥様には次の子供を産むように毎日せがまれました」

 毎日、か。

 プライドがすごい高い奴にとってはかなり悔しかったんだろうな。

「しかし大光様との子供はできず奥様は大病にかかり、お亡くなりになりました。それからお嬢様は『大光様の娘』として育て上げられています。大光様は様々な業界にお嬢様を『自慢の娘』と誇らしげにアピールしておられます」

「そんな……では哀來ちゃんはこの事実を知らないで今でも大光さんを本当の父親だと思っているって事なのか!? 可愛そうに……」

 待てよ?

 彩彦さんが追い出されたのは哀來が産まれてすぐの事だ。

 しかし燕舞がデザイナーを雇い始めたのは十七年前。

 さらに彩彦さんが殺されたのは同じく十七年前。

 ま、まさか! 

 彩彦さんは自分の子供を取り返そうと思って専属のデザイナーになったのか!?

 そしてその後に……。

「……」

「どうかしました? 朱雀先生?」

「柏野さん。どこか別の所でお話したいです」

「わかりました。では私の部屋でお話しましょう。綾峰様はこれからどうなさいますか?」


「今日は哀來と一緒にいる」


「え!?」

 俺は思わず声に出して驚いた。

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