第16話 事件現場へ

「小夜様。お出掛けですか?」

 ビクッ

 いきなり話しかけられた事と、声の主に体ごと驚いていしまった。

 玄関の扉の前にいた俺を見つけて哀來が声を掛けてきた。

 俺の服装が燕尾服ではなく普段着になっている事も気になって話しかけたのだろう。

「はい。午後の練習が終わったら出かける予定を昨日から立てていました。柏野さんには伝えていますので」

 そういえば哀來には言っていなかった。

「わたくしもご一緒したいのですが、午後の練習と社交ダンスの先生とお話をする予定がありますので」

「そうですか」

 むしろ来て欲しくない。行き先が親父の事務所だからな。

 あのメールの次の日、架谷崎さんから直接連絡が来た。

『明日の午後に事務所の前で待っててくれないかな』と書かれていた。

「どなたかとお会いになるのですか?」

 何でそんな事を聞くんだ?

「はい。色々話すことがあるので帰ってくるのが遅くなりますが」

「その方は女性ですか?」

「はい」

 答えた途端、哀來は引きつったような顔になった。

「そ、その方とは一体、どういう関係で?」

 うーん……なんて説明したらいいんだ?

「父の会社の部下です」

 あながち間違っていない説明だ。嘘はついていない。

「そうでしたか。てっきり他の女性とお付き合いでもなさっているのかと思いました。そうですよね、わたくしと結婚する方が他の女性とお付き合いなどなさっている訳がありませんよね」

「……」

 だから女と聞いて顔が引きつっていたのか。

 ていうか、結婚なんてするつもりないから他の女と会おうが俺の勝手だろ。

「黙ってしまわれてどうしたのですか? まさか本当に他の女性とお付き合いを?」

「いいえ。そんな事ありませんから」

 もしかして誰かと付き合っているように見えるのか?

 女と付き合った事は一度も無い。

 つまり童貞だ。

 哀來には童貞っぽく見えないのか? いいんだか悪いんだか。

 ……っていうか、お前も超がつくほどの処女だろ。

「帰ってきたとき香水の匂いなんてしたら……怒りますよ?」

 笑顔だが怒っているようにしか見えない。

「……そろそろ時間なので。行って来ます」

 扉を開けて外に出た。

 閉めているときに哀來の顔を見たが不機嫌そうな顔だった。

 『浮気なんてしない』とか言って欲しかったのだろうか? 

 しかし、好きじゃない女に向かって言うのはどうだろう。

 別に必要ない。

 近くのバス停に着き、燕家に初めて来た時と同じバスに乗った。

 自宅から最寄りの停留所で降り、親父の事務所がある方向に歩いていった。

 事務所はバス停から近いのですぐに見えてきた。

 駐車場の前には『立ち入り禁止』と書かれた黄色いテープが張っていた。殺人事件があったからな。

 テープの前には警官が一人立っていたので話しかけた。

「すみません。ちょっとよろしいですか?」

「き、君はもしかして、被害者の息子さん?」

 そうか。家にも警察が事情徴収とかで何人か来たからな。

 それで俺の事を知っているのだろう。

「はい。秘書の架谷崎さんはいますか?」

「ああ、第一発見者の。いますよ、そろそろ取調べが終わる頃だと思うけど」

「そうですか」

 するとタイミングよく、入り口からグレーのスーツ姿の架谷崎さんが出てきた。

「架谷崎さん!」

「小夜君。ちょうど良かったわ」

「架谷崎さん! 取調べご苦労様です!」

 ん? 警官が勢いよく架谷崎さんに挨拶してきたな。

「貴方もご苦労様」

「架谷崎さん! この事件が無事解決するよう頑張ります。解決したら……お、お茶でもどうですか! 架谷崎さんはお茶が好物だとか!」

 なんでどの語尾も強めなんだよ? つーかそれナンパだよな? 確実に。

「ええ、お茶は好物よ。そうね……解決したら、考えてもいいわ」

「身をクズにして頑張ります!」

 『粉』だろ。高校生の俺でもわかるぞ。

「粉、ですよ」

「そうでした! でも粉にもクズにもなるくらい精一杯頑張ります!」

「よろしくお願いしますね」

 架谷崎さんが笑顔で伝えると警官は顔を赤くしてにやけたような顔になった。わかりやすい人だな。

 ……よく考えると、美人に頼まれているんだよな。

 黒のフレームの長方形型レンズのメガネに紫色のボブカットの小柄な美人秘書だ。 

 大人の男性にとっては魅力的な女性だろう。

 俺は年上過ぎてタイプではないが。

「さあ行きましょう。歩きがらでもいい?」

「はい。大丈夫です」

 俺は架谷崎さんと一緒に歩き始めた。

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