第12話 狂ってしまった計画
人生初の復讐。
仕返しは小さい頃から何度かやった事があるが、それとは比べ物にならないほどの事をしでかそうとして燕家にやって来た。
なのに……潜入して二週間目。
「小夜様、これが亡くなられたわたくしのお母様のウエディングドレス姿です。わたくしもこれを着て貴方と結婚式を挙げたいです」
予想もしていなかった展開を迎えてしまった。
教師と生徒、という関係だったのに哀來は先生である俺に対して告白を通り越して求婚をしてきたのだ。
まるで禁断の恋愛物語みたいな展開だ。
「もう十八歳ですから大学に入学してからでも婚姻届を出しましょうか? それとも学生なので事実婚や同棲という形でも……」
あれから哀來の部屋に連れて行かれた。
女の部屋に入るなんて初めてなので、今でも緊張しっぱなしだ。
電話番号を交換しろとせがまれて嫌々やった後、どこからか哀來の両親の結婚式のアルバムを取り出して俺に見せてきた。
俺はまともに見ずに、何か言われてもテキトーな生返事をしていた。
アルバムを見せながら説明しているときの哀來は今までより明るく、よく喋りまくっていて別人みたいになっていた。
やっぱり女はお喋りな生き物なんだな。
「お父様のタキシード姿の写真もありますよ。小夜様も式のときに着てください! とってもお似合いだと思います。わたくしが保証します」
あいつと同じ服を着るなんて正に『服従』じゃないか!
絶対着るか!
「次はこれも見てください。わたくしを抱っこしてなさっているのがわたくしの叔父様です。十年以上前に亡くなられましたが……」
「哀來さん。私は」
「小夜様。わたくしのことは『哀來』でよろしいとさきほどから申しているではありませんか」
「無理です」
心の中では呼び捨てだがどうも口に出して言うのは抵抗が出る。
敵意をむき出しにしているみたいだからな。
「哀來さん。聞きたい事があるのですが」
「何でも聞いてください」
「哀來さんは私のどこがいいのですか?」
さりげなく質問したがやっぱり気になっていた。
俺は告られたことがない。告られる方が珍しいと思うが。
「優しい性格です。授業でわからない所を優しく丁寧に教えてくれるところが素敵です」
そりゃあ、ちゃんと丁寧に教えないとクビになってしまうからな。
そして俺はお前の家族に復讐しようと思っている。
決して優しい性格ではない。
「次にピアノが上手なところです。小夜様がお弾きになるピアノはとても素晴らしく曲の世界に引き込まれそうです。歌も上手で、わたくしには真似できません」
当たり前だ! 幼稚園のときからやってきたんだぞ。
普通の人よりうまい自信があるから教師のバイトしているんだ!
「そして……わたくしは自己主張をしない男性が好みなのです。お金持ちの男性はやはり自己主張の強い男性が多いのです」
「なるほど」
最後は納得した。綾峰さんが良い例だ。
「貴方の気持ちはわかりました。しかし、これから厄介な事になりますよ」
「綾峰様ですか? それともお父様ですか?」
「特に……旦那様、です」
俺はいいが哀來にとっては一番厄介な相手になるだろうな。
「お父様ですね。確かに小夜様との結婚を認めるには難しいです。ですが心配無用です。わたくしが燕家から出て行けばいいのですから」
「出て行ったとしても連れ戻される可能性は高いと思いますよ」
ちなみにお前を家に連れて行こうという気持ちは無い。
「うっ……それもそうですね。わたくしが保育科の大学進学を許可した理由も『立派な世継ぎを育てるための良い勉強になるため』でしたし」
だったらなおさらじゃないか。
決まりだな。哀來は一生燕家から出られない。
「小夜様。もしそのような事があったとしてもわたくしを助けてくださいね。助けてくれなかったらわたくしの心は深く傷ついてしまいます」
俺はヒーローじゃないんだぞ。しかも助けるつもりは無い。
ん? 『深く傷つく』?
これってむしろいいんじゃないか?
哀來の心を傷つける、という事は復讐にもなるじゃないか!
最愛の娘が深く傷ついたまま結婚式を挙げる、全然めでたくない。
やっと復讐方法を考えることができた。
無計画から生まれることもあるんだな。
「ちょっと綾峰さんのところに行ってきます」
「どうしてですか? もしかしたら襲い掛かってくるかもしれませんよ」
「まぁ、倒れたのは私のせいみたいなものですし。謝りに行きます」
これ以上、結婚の話を聞くつもりは無い。
「わかりました。どうかご無事で」
まるで戦地に行くみたいだな。
似たようなものだけど。
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