第7話 ミュージカル
次の日の午後、俺は哀來に歌の指導をしていた。
「やっぱりうまいですね」
「ありがとうございます。この歌、なんだか好きになりました」
「選んだ身としても嬉しいです。今よりもっとうまくなりたいですか?」
「できるのですか!?」
「はい。歌のテーマを意識しながら歌うのです」
「テーマ、ですか?」
「どんな歌にもテーマがあります。テーマを意識して歌えば、ただ歌詞を見ながら歌うより事ができて、歌詞も覚えやすくなります」
俺の経験から得た知識だが。
「テーマですね。わかりました。この歌のテーマは一体何なのですか?」
「これはミュージカルの歌なので、まずは物語を知らなければなりません」
ガガガガガガ
この曲が使われている物語の話をしようとした矢先、出入り口の扉が開いた。
「お勉強中失礼します」
扉を開けたのは柏野さんだった。
「どうしたの? 柏野」
「実は青龍先生に折り入ってご相談が」
「はい。何でしょう」
一体何を相談されるんだ?
柏野さんは俺に近づいて話してきた。
「お耳を貸していただけますか?」
「は、はい?」
そんなに秘密の相談を俺に?
ますます気になる。
「実は明日、午後の授業を全部潰してお嬢様を連れてお出かけをしてもらいたいのです」
「え!? どういう事ですか?」
俺は柏野さんと同じくらい小さい声で驚いた。
「詳しい事は授業が終わった後にお話します。なんとか口実をつけてお嬢様とお屋敷を出てください」
「いきなりそんな……」
「いつまで先生とお話なさっているの柏野!」
哀來は少し怒っていた。自分だけ外されて近くで内緒話されると誰だって気になるからな。
「申し訳ありません。……おや? 先生がお持ちになっているその楽譜はミュージカルの曲ではありませんか」
「柏野、知ってるの?」
「はい。話の内容はわかりませんが……そうだ!」
柏野さんは俺の楽譜を見て何かひらめいたようだ。
「このミュージカル、もしかしたら公演しているかもしれません!」
「ああ、していますよ。劇団
好きな劇団なのでおもしろいのがないかいつもチェックしている。
今月にやっているのを何度か確認した。
「ではお二人で見に行ってはいかかですか? チケットは私が取り寄せます」
「ありがとう柏野!」
「ありがとうございます。柏野さん」
内心俺も喜んでいる。あの作品には少し興味があったからだ。
学割が効かない劇場で公演されているので断念していたが、まさかこんな形で俺の小遣いを使わずに見れる事ができるとは!
先生になって良かった。
「なるべく一番良い席をお取り寄せいたします」
「すみません。わざわざ」
「先生にはお世話になっておりますので。……それに出かける口実にもなります」
なるほど。
最後に俺の耳元で囁いた一言で納得した。
ミュージカル鑑賞を口実に哀來を連れてこの屋敷から出て行く、か。
……それってデートじゃねえか!!
俺の人生初デートの相手が仇の娘。
当然、嬉しくない。
「柏野。一番いい席頼んだわよ」
「お任せください。この柏野、全力でお二人のための特等席をご用意いたします!」
俺の気持ちをよそに二人は盛り上がっていた。
……特等席取れたらいいな。
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