04 魔法への好奇心
①魔力を練り、それを体外へと放出。
・その際、掌や指先からが一般的で効率が良い。
・その魔力の総量は人によって違い、才能や訓練に左右される。
②発動する魔法をイメージし、具現化する。
・詠唱を挟むことによって簡略化可能。
・無詠唱で行える魔法には限りがある。
③具現化した魔法を、放出した魔力に投影する。
・詠唱を挟むことによって簡略化可能。
・無詠唱で行える魔法には限りがある。
・魔法には属性が存在し、人によって得手不得手がある。
あの後、鼻息を荒げながらアメリアを連れてきたメリファと、同じように鼻息を荒げ始めたアメリアに教えられた、魔法の簡単な発動手順だ。
コーウェンはそれを一度頭で整理すると、最初の手順である魔力の放出を試みる。
「じゃあメリファ、やってみるよ?」
「はい、どうぞ」
メリファの返事を確認したコーウェンは、差し出された両手を掴み魔力を流し始める。魔力を練るという行為を具体的に説明することは難しく、人によって感覚や考え方は違うと聞いた。だから、コーウェンが思い浮かべるのは、魔力を水としてそれをかき回す洗濯機だ。
全身を渦として、全身を魔力として考える。
それを、湯船に張った水をかき回すようなイメージでひたすら練る。
そうこうして魔力を感じ取れたら後は簡単だ。両腕からメリファへと“移す”イメージで開放する――
「――あ、感じます! 魔力が流れてきました!」
成功だ。
「ふぅ、よかった……」
失敗するとは思っていなかったコーウェンだが、それでも一発で成功したという事実は喜ばしい。
そうやって安堵しているコーウェンの隣では、アメリアとメリファが鼻息だけで過呼吸になるのではないか、というほど興奮している。
「凄いわ! たった一回で成功させるなんて!」
「本当ですよ! 何よりもその速さ! もう簡単な魔法なら使えるかもしれませんよ!」
「た、確かに……、うん! そうよね! ウェンならできるよね!」
そう納得したアメリアは、胸に手を当てて必死に落ち着こうと努力し始める。
やがて落ち着いてきたアメリアは、コーウェンの両手を掴み、顔を覗き込みながら言う。
「いい? 魔力が練れるなら後はイメージよ。そして具現化、投影。本来なら詠唱を組み込んでほぼ自動化できるけど、今回は練習のために無詠唱でやってみて」
「うん、わかった」
素直に返事をしたコーウェンの頭を、アメリアは優しく撫でる。
詠唱はどうしても長いものになりがちだが、指先に炎を灯したりといった簡単な魔法ならばその限りではなく、メリファ並の使い手になれば無詠唱で行う者がほとんどだ。
コーウェンに才能ありと確信したからこその判断だった。
「指先から魔力を少しだけ出すの。出しすぎちゃダメよ? 染み出す感じで」
「うん……」
「最初は安全な水属性からいくわよ。メリファ」
「はい」
アメリアに呼ばれたメリファは、床に小さなお皿を置いた。そこに水を出せ、ということだろう。
コーウェンは二人の素晴らしい連携に嘆息しながら、頭の中で言われたことを整理しながら実行する。
(魔力を染み出す……)
指先限定で魔力の汗をかく、そんなイメージで魔力を練ると、指先から陽炎のような液体のようなものが滲みだしてきた。感覚だってある。
次は、実際に水魔法を発動する。
指先を切って、その時に血ではなく水が流れ出すイメージ。指先が濡れて、風が当たった時のスースーする感覚まで、より具体的に。
それをただのイメージではなく、頭の中で完成させ、本物にする――具現化。
具現化した、頭の中でフワフワと浮いているそれを指先に貼り付け、魔力と融合する――投影。
その瞬間、コーウェンの指先から水が流れ落ちる。細い指をつたい、チョロチョロと呑気な音を立てるそれを見て、魔法を発動させたという事実に心が高鳴る。
「たった一回で……凄いわ、凄いわ!」
「はい! コーウェン様は天才でいらっしゃいます!」
だがそれ以上にアメリアとメリファの喜びようが凄まじく、喜ぶに喜べなかった。
そんな二人を生温かい目で見守りながら、魔法について思考する。
コーウェンにとって初めての魔法、だからこそ慎重にじっくりと手順を確かめながら行ったのだが、彼にはこの一回でも十分に感じ取れた。
――俺にとって魔法はそれほど難しいものではない。
コーウェンには魔法の発動に既視感があった。それは前世、初めて自転車を乗りこなせるようになった時の感覚に近い。
自転車の乗り方を言葉で全て説明すると複雑だ。ペダルへの力の入れ方、信号、交差点での身の振る舞い方など。だが、それでも大抵の日本人は小学生の時点で乗りこなしていたし、隼人に至っては幼稚園児の時点で補助輪を外していたくらいだ。
魔法の発動も身体が勝手に覚え、脳内でプログラミングさせれば簡単にできるだろう。
もちろん限度はあるし、今のような簡単な魔法に限るが、コーウェンには詠唱の必要性は感じられなかった。彼にとって詠唱とは、何秒もかけて自転車のハンドル操作を自動にするだけのものだ。結局ペダルは自分で漕がなければいけない。
そのことから、すでに技術面ではメリファに負けず劣らずな程度だと予想できる。
(知識や経験はまだまだ足りないし、そもそもメリファが世間一般的にどれくらいの魔法使いなのか知らないけど)
そのことに自信をつけたコーウェンは、いまだ興奮を隠せない二人へと向き直り、笑顔を向ける。
「ねえ、他にももっと教えてほしいな!」
「うん! もちろんよ!」
「私も喜んで!」
窓から差し込む光が大きくその角度を変え、暖かなオレンジ色へと様変わりしていた。時間の経過が伺える。それを見たアメリアとメリファは、お互い忙しい身ということもあり、今日の魔法練習は一先ず終えるという判断を下す。
「じゃあねウェン、私たちはもう行くわ。お疲れ様」
去り際にアメリアがコーウェンの頭を撫で、本日の成果を労う。その様子からはさきほどまでの異常な興奮は感じられず、この状況への慣れを感じさせた。この家族の常識は麻痺する一方だ。
「ではコーウェン様、失礼します」
「二人ともありがとう」
コーウェンの礼に微笑みを返した二人は、そのまま部屋から出ていく。
コーウェンの上昇した聴覚が、扉の向こうの「ウェンは天才よ」「ええ、歴史に名を残しますね」という会話を拾うが、それはスルーする。
コーウェンは今日だけで四つの基本属性を全て成功させた。
基本属性とは“火属性・水属性・風属性・土属性”の四つであり、一般的な魔法使いなら大体二属性を使用できるとメリファが言っていた。そのことから、全ての属性をたった一日で成功させたコーウェンの才能は、周囲の魔法使いとは比較にならないものだということがわかる。
これについて、コーウェンは思考を巡らせる。
どうしてこうも魔法適正が高いのか?
どうして今朝からそれを実感したのか?
生まれ変わりに記憶と人格を引き継いだのに伴い、身体能力も引き継いだということを前提にした考えだが、コーウェンはある可能性を疑う。
・地球人にも潜在的な魔力は存在しているが、地球の環境が魔法の発動に適さないため、魔法の存在は知られていない。
・隼人にもコーウェンにも元々かなり魔法の才能があり、それが合わさったことによってこれほどまでに魔法適正が高くなった。
この二つが真実ならば、辻褄が合う。もちろん色々と疑問はあるが。
だが、それについてどれだけ考えようと答えなど出るはずもないことは、最初にここで目を覚ました時から変わることではない。
コーウェンはその事実に辟易とするが、疑問が解消したところで意味がないこともまた事実だ。
そのまま思考を放棄した。
(それよりも、もっと魔法を練習しよう)
コーウェンの才能は魔力の多さにも影響している。メリファが言うには、すでに全身に脱力感を覚えるほどに消耗しているのが普通らしい。
魔力の多さはそのまま魔法の練習に繋がると、それを聞かされた時のコーウェンはとても喜んだ。
そんなコーウェンは、派生属性の修得を試みる。
派生属性とは、基本属性を合わせたり応用したりすることによって生まれる属性だ。色の三原色が基本属性、その他の色が派生属性と考えればわかりやすく、いまだに発見されていない属性も多いと言われている。
(まずは氷属性……)
おそらく水魔法の応用で発動できるだろうと、最初の目的を氷魔法へと定めた。
先ほどまで散々練習した水魔法を、イメージの段階でさらに低温のものへと変える。具現化を焦らずに、イメージをしっかり定着させる。
イメージするのは、掌で行き場をなくした小さな氷だ。
そして、それを具現化し、投影――だが、具現化したものが崩れ去るイメージになり、投影まで上手くいかなかった。魔力を維持できず、まるで腹話術をしているかのようなもどかしさ。
失敗――コーウェンは実力不足を理解する。
(メリファが、派生属性の無詠唱はレベルが高いって言ってたな)
だったら詠唱で全自動にすればいい、そう結論付けるのは簡単だ。だが、もっと上を目指すべきだ。
そこでコーウェンが思い付いたのは、詠唱の部分利用だ。
(そもそも詠唱が長いのは、具現化から投影まで全てを任せるからなんじゃないのか?)
コーウェンにとって派生魔法とは、自動車の運転のようなものだった。慣れれば問題はないだろうが、前世で免許を持っていなかった彼にとって、交通ルール通りに車を走らせるのは些か不安だ。だから、縦列駐車やバック駐車のような難しいものだけを詠唱に頼ればいい。それならば詠唱も短くて済む。
複雑な部分を詠唱にプログラミングするイメージで、あらかじめ組み込む。
一度、軽く深呼吸をし、魔力を練り始める。
イメージ、具現化、投影、それらに詠唱を組み合わせる。
「アイス!」
すると、頭の中で完成していた冷たい感覚が、本物としてコーウェンの掌の上に姿を現した――成功だ。
胸のつっかえがとれるような快感、気持ちの良い鳥肌が身体の底から滲みだしてくる。それは久しぶりに感じる達成感だ。自分で考え自分で成功させた。そんな事実が更なる感情の高ぶりを後押しする。
「よし……! 上手くいった」
自動化する部分が少なかったために詠唱は魔法名だけだった。もちろん『アイス』とはコーウェンが考えたものだ。
この魔法も魔力の量やイメージ、プログラミングの組換え次第でもっと派手になったり、飛ばすことによっての物理攻撃、吹雪かせることによっての状態異常系攻撃など、その可能性は無限大だ。
コーウェンはその事実に、胸の内から湧き上がる好奇心を抑えられないでいた。
そして、それは必然的に次の魔法の練習へと意識を向けさせる。
そしてその日、コーウェンは一日中魔法の実験をして過ごすこととなった。
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