06 籠の中の、
「申し訳ありません」
私は、精一杯の謝罪を込めて頭を下げた。恐怖からか、声が震えている。背中に冷たい汗が伝っていた。
「頭を上げ給え」
カルロスの声色は、予想していたのとは裏腹に普段と何ら変わらないものだった。カロイスは怖いぐらいに冷静な態度を見せる。
「アメリア、君はとても優秀だ。16歳の女子とは思えない戦闘能力、暗殺の腕、それは間違いなく天性の才能だろう。________そんな君が、何故こんな生温い任務で失態を犯したのかな」
カルロスは煙草に火をつけると、口に咥えた。ふぅ、と酷く気怠げに白い煙を吐き出す。私は無意識に拳を握りしめていた。
蛇に睨まれた蛙はこんな気分なのだろう。_____自分の命を、他人に握られる感覚。
私は休暇を終えてからすぐに任務に就いた。
いつもの暗殺業だ。
ターゲットに接触、油断を誘い、隙をついて襲った。
だが、相手の喉笛をかき切ることに一瞬躊躇した。
その結果ターゲットは逃亡。
任務は失敗に終わった。
私とカロイスは睨み合うようにして互いを見つめる。
相手の腹の中を探りながら、考えているのだ。どうやって、この場を優位に立とうかと。
「………どんな罰則が君には似合うだろうね。なんなら、俺の新しい銃の獲物になってくれるかい?」
カロイスは机の引き出しから銃を取り出し、愛おしそうに撫でた。
そして、自身の唇をべろりと舐める。その仕草はとても妖艶で、同時にこの男の狂気を感じさせた。思わず背筋にゾクリと悪寒が走る。
でも、これは単なる脅しだ。屈して弱味を出してはいけない。
「貴方は私を撃たない」
「何故そう思うのかな?」
カロイスは銃を手放して私の話に耳を傾ける。
「私の暗殺の腕は組織でも飛び抜けている。私を殺したとしても、貴方は優秀な"道具"を無くすだけ。何の利益も生まれない。合理的な貴方が私を殺すなんて莫迦な真似をするはずがない」
カロイスは感心したように手を叩いた。
「流石だね、優秀だ。その通りだよ、"君は"殺さない」
「………なら、誰を殺すのですか」
私は声に精一杯の威嚇と嫌悪を込めた。
「……例えば、君の友人のアシエルだとか?」
カロイスの唇が三日月を描く。
「…………彼は友人ではありません。それに、彼は____」
死んでいるはず。
其れ以上は、言葉に出来なかった。言葉にするのも苦しかった。
何故カロイスが彼を知っているのだろう。大方、私の休日中の行動を部下に見張らせていたのか。
_____相変わらず、抜け目のない男。
「……そう。彼は友達、ではなかったんだね。なら、"ちゃんと"殺せるね_____次の任務は、その"アシエル・モルグ"を殺すことだ」
私は耳を疑った。アシエルは生きているの?
希望が生まれたような気がした。
でも、違った。
これは新たな絶望だ。
「彼を殺す理由がわかりません」
動揺を隠しきれず、私はカロイスにたずねた。
私達組織が暗殺するのは国政を邪魔する者や犯罪者____つまり国を犯す者達だ。
何故、アシエルのような流れ者の
カロイスが眉間に皺を寄せる。
「アメリア、君は知らないのかい?___"彼の伝説を"」
伝説?
なんだそれは。
私は何も知らない。
なのに、なんでこの男が知っているのだろう。
私は自分の無知さに心底嫌気がさした。視界がぐらぐらと揺れる。気分が悪い。
「アシエルの居場所はもう把握済みだ。明日の夜、いつも通りに殺せ。………それから、瞳を刳りとってきてね」
カロイスが私の肩に手を置いて、優しく微笑んだ。
喉の奥から吐き気が込み上げる。思わず、地に膝をついた。
「君が今回の任務を果たせば、俺の"目的"は叶うんだ。それに、君は"光"から断ち切られて、闇に落ちていける。俺は血に濡れたアメリアが好きなんだ。なのに、アシエル・モルグが余計なことを君に吹き込んだ」
"彼のせいで、人が殺せなくなったんだろう?"
カロイスの言葉は正しかった。
私は、
そこは底無し沼のように広がっていて、一度堕ちれば、二度と戻れない。
それでも私は光に手を伸ばした。その結果が、この通りだ。
______
カロイスは、きっと最初から私にアシエルを殺させるつもりだったんだろう。カロイスの目的は私なんかには全くわからない。
ただ、私は彼の操り人形なんだと改めて思い知らされた気分は、この世の絶望という絶望を掻き集めても足りないぐらいに、最悪だった。
「籠の中の鳥は、どこまでも愚かで無知だね_____可哀想に」
カロイスが嘲るように囁いた。
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