05 光は毒

 彼はいるだろうか。

 私は昨日彼と出会った場所____本屋に足を運んだ。

 今日は午後から残念なことに小雨が降っていた。彼がいるとは限らない。

 "また明日"とは言ったけれど、口約束をしたにすぎないのだから、彼が来なくとも責めるつもりは毛頭なかった。

 本屋には年老いた店主以外、従業員もいなければ客もいない。

 店主は隅の肘掛け椅子に座って、うつらうつら眠りこけていた。

 店内を見回しても彼はいない。私は店内に置いてある椅子に腰掛けた。彼が来るまで、こうして待っていよう。


 _____私はその日、アシエルを待ち続けた。

 雨が上がっても、綺麗な虹を1人眺めながら待った。

 夜の闇に包まれても、星を数えながら待った。


 _____アシエルは、来なかった。



 "明日は会える"

 それでも私は、この時そう思っていた。

 大事なものが手のひらからすり抜けていくのに気付かないまま。

 


 蛇は、決して"獲物"を逃さない_________。




✽✽✽✽✽


 休暇の4日目の夜。

 私は足を引きずりながら、自室に戻った。

 認めたくはないが、心は諦めを受け入れ始めていた。

 アシエルには、もう会えないだろうと____。



 アシエルは初めて会った日以来、忽然と姿を消していた。

 宿の主人にも訪ねてみたが、彼は1日だけ泊まると、朝に出掛けて行ったらしい。「すぐに戻る」と一言主人に告げて。アシエルは結局そのまま、宿には戻ってきていない。それも、荷物すら置いたままだ。

 明らかに、不自然だと思った。

 この国は治安がいいとは決して言えない。

 貴族階級と平民とで貧富の差は激しく、貧しい平民の中には犯罪に手を染め生活を成り立たせている者も多かった。

 

 良くて誘拐。悪くて_____彼が死んでいる可能性もある。 


 それに加え、アシエルは旅人ワンダラーでこの近隣に身内もいない。

 誘拐しても、殺しても、何の騒ぎにもならないのだから、尚更目を付けられやすいはずだ。

 私の推測は、おそらく正しい。

 でも、それを否定して欲しくてこの3日間アシエルを探し続けた。

 街中を駆け回り、道行く人に話を聞いた。

 きっと、また会える。まだ、彼の命は燃え尽きてはいないはずだ。もしかすると、外出が長引いているだけかもしれない______。 

 だが、現実は甘くない。そんな淡い期待は、見事に散っていった。


 その時、私は思い出したのだ。

 この世界は、不公平が当たり前に存在するところで、それ故に生きづらい。そして、幾ら無垢な少女の真似事をしても私は暗殺者アサシンだ。 

 人を最後に殺したのはつい先日のことなのに遠い昔を思い出すようだった。


 夢はこれで終幕にしよう。

 良かった。

 これ以上、"毒"の光に眩み、目を潰してしまう前に気付けて。

 私にアシエルは眩しすぎた。

 

 __これからは安心して闇に堕ちていける________。


 涙なんて、とうの昔に枯れている。

 泣き方なんて、とうの昔に忘れた。


 私は人を悼むことすら出来ないのか。常に死の温度に触れている私は"死"に対して鈍感だった。

 この部屋の窓から、アシエルがひょっこり現れるかも___。

 軽薄でくだらない妄想を片手に、私は深い眠りに落ちていった。

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