02 出会い

 ジョンのことを少し調べた。

 彼は私と同じで、孤児だったそうだ。母親はジョンを産んだ直後に死亡している。父親は行方知らずだ。彼は祖母に育てられた。だが、11歳の頃に祖母は流行病で亡くなる。行き場を亡くした彼が拾われたのは犯罪組織だった。

 この街、この国でよくある孤児の成れの果てだ。

 彼に限っての話ではない。

 私が彼と違ったのは、王国直属の暗殺部隊に拾われたことだった。




 「アメリア、ご苦労だった。やはり、君は優秀だな」

 「労いのお言葉、感謝致します」

 王宮の地下に潜む、私達の拠点。地下は薄暗く、湿っぽいが、この部屋だけはきらびやかだ。

 赤いビロードのカーテンに、天井から吊り上げられたシャンデリア。

 暗殺部隊の長の執務室となれば立派なものだ。

 「カルロス様、次の任務を」

 「そう慌てるな。お前には少し暇を与えようと思ってな」

 聞きなれない単語に、少し驚いた。

 「暇、でございますか。しかし、私に暇など……」

 カルロスの蒼い瞳がキラリと光った。黒い革張りの椅子から優雅に立ち、私との距離を詰める。ふいにこちらに向かって手を伸ばした。

 「気に食わない」

 低い声でそう呟くと、私の髪を一房手にする。

 「"カルロス"と呼べと、いつも言っているだろう?」

 妖艶な囁き。

 この囁きに、何人もの女性が虜になり、身を滅ぼしたことか。

 それを重々承知している私はもちろん騙されない。

 「……では、カルロス。何故私に暇を?」

 彼は納得したように微笑むと私の髪を放した。

 「君は少々働きすぎだ。仕事熱心なのは素晴らしいが、身体が第一だからね。俺なりに考えた結果だ」

 仕事熱心。私はそんなふうに見られているのだろうか。

 こんな職についていて、仕事熱心と言われても喜ばしくない。

 結局そのまま、4日間の休暇を押し付けられた。

 執務室を出て、大きく息を吐き出す。あの人は昔から苦手だ。何を考えているのか読めない。

 任務の報告に足を運んだだけなのに、こんなに疲労を感じるとは。


✽✽✽✽✽


 私達、暗殺者アサシンは組織の拠点がある王宮の地下で生活している。外で生活していると、自然に人との関わりが増える。関わりが増えれば、顔が割れるからだ。

 私達は王宮お抱えの部隊だが、表向きに存在は知られていない。

 王宮が殺人を依頼していることが国民に露見したら、国王達はとても決まりが悪いだろう。

 普段は王宮に食事も服も、生活に必要なものは全て揃っている。

 自分で買物に行く必要がないのだ。

 そのため、任務以外で外出をするのは稀なことだった。


 思わず、日の光に目を瞑る。

 久しぶりに見る太陽は、やけに眩しく感じられた。

 街の中心部は活気に溢れ、沢山の人が行き交う。人波に呑まれないように気をつけながら足を進めた。

 珍しいことに、私は外出していた。

 なにしろ、4日間も休暇を貰ったのだ。たまには外に出てみようと思い立った。

 「綺麗なお嬢さん、この林檎買っていかないかい?甘くて美味しいんだよ」

 ふっくらとした体型のおばさんから林檎を勧められる。

 確かに、赤くて美味しそうだ。

 「じゃあ、この林檎を3つください」

 「はいよ、3つで320キールだよ」

 私は硬貨で代金を支払い、果物屋を後にした。

 果物屋に八百屋、布屋に占い屋。様々な店が立ち並び、商人が明るい声で客呼びをしている。

 ____昔はよく、盗みを働いたものだ。

 あの頃は生きることに必死で、明日を迎えられるのかもわからない程、貧しかった。そう考えると、手に持った林檎が重たい。

 だが、貧しくても今の暮らしよりはいいだろう。

 人を殺すたびに温度を無くしていく、私の心のほうが、地べたで眠ることよりもずっと寒く冷たい。

 なんとなくお店を見ていると、古めかしい本屋に目が留まった。

 気まぐれだったと思う。

 私は本屋に入って、高い本棚を見上げた。ずらりと並ぶ書物を見ると、何故か心が安らいだ。

 試しに1冊、本棚から取り出して頁をパラパラとめくる。

 ありきたりな恋愛小説だった。

 本棚にその小説を戻すとき、ある白い表紙の本に目がとまった。その白い表紙は黄ばんでいて、かなり古めかしいものだとわかる。

 タイトルは白鯨モビー・ディック

 白鯨モビー・ディックって確か__伝説の_____


 「君、白鯨モビー・ディックを知っているんだね」


 突然声をかけられた私は、驚いた。私の隣には背の高い青年がいたからだ。いつから隣にいたのだろう。


 「そんなに詳しいわけじゃないの。なんとなく、小耳に挟んだことがあるだけ」


 青年の瞳はルビーを埋め込んだように真紅で、綺麗だった。それに加え、日の光にきらきらと輝く銀髪。顔立ちは端正で優しげな表情を浮かべている。 おそらく私よりも、年上だろう。見たところ、17~19歳ぐらいだろうか。


 「俺と、一緒にきてくれ」


 彼はニヤリと悪戯っぽい、けれど人懐っこい笑顔を浮かべて、私の手を強く引いた。

 そして外に駆け出す。


 「な、何を____」

 「何もしない。ただ、少し付き合って欲しいんだ」

 

 適当に理由をつけて、断ればすむ話。でも、強引なようで私の手を優しく握る彼を振りほどけなかった。

 

 _____人の温度は、こんなにも温かいのか。


 名前も知らない彼の手を、私は壊れ物をさわるようにそっと握っていた。

 

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